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             異世界送魂師ヒルメ  ~涙は地に還り、想いは空へ還る~  作者: ケンボー


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18/20

琥珀

帝都へ戻った一行は、馴染みの食堂で遅めの昼食を取っていた。


店内は多くの客で賑わい、料理の香りと楽しげな笑い声が響いている。


ヒルメはスープを一口飲むと、小さく息を吐いた。


「美味しいですね。」


フレイヤは大きな肉へかぶりつきながら笑う。


「帝都のご飯は最高っす!」


アテナは苦笑しながらパンをちぎった。


「ゆっくり食べてください。」


フェネクスは穏やかに微笑む。


「皆さんとこうして食事をする時間も、すっかり当たり前になりましたね。」


穏やかな時間が流れる。


やがてエリスが木のコップを置き、静かに口を開いた。


「そういえば。」


「これから、お前たちはどうするつもりだ?」


その一言に、皆の視線が自然と集まる。


ヒルメは少し考え込み、小さく笑った。


「実は……まだ何も決めてなくて。」


「行き当たりばったりなんです。」


フレイヤは思わず吹き出す。


「ヒルメらしいっす!」


「ワウッ!」


シロも元気よく鳴いた。


アリアナは静かに食事の手を止める。


「私は決めた。」


その一言で空気が変わる。


「一度、エルフの里へ戻る。」


ヒルメはアリアナを見る。


「大精霊のことですか?」


「ああ。」


アリアナは頷く。


「図書館で見た記録が気になる。」


「里には、帝国には残されていない文献もある。」


「長老たちなら何か知っているかもしれない。」


「それに……。」


アリアナはヒルメを真っ直ぐ見つめる。


「お前の力についても調べてみる。」


ヒルメは驚いたように目を丸くした。


「私の……?」


「記録が残っていないなら、自分たちで探すしかない。」


「何か分かったら、お前たちを探す。」


ヒルメは少し寂しそうに笑った。


「じゃあ、お別れですね。」


アリアナは静かに首を横へ振る。


「別れではない。」


「しばらく別行動になるだけだ。」


そう言うと、懐へ手を入れる。


取り出したのは、一枚の小さな木札だった。


淡い緑色をした、不思議な木で作られた護り札。


表にはエルフの古い文字が刻まれている。


アリアナはその木札をヒルメへ差し出した。


「持っていろ。」


ヒルメは両手で受け取り、不思議そうに眺める。


「これは?」


「友の証だ。」


静かな口調で答える。


「エルフでは、信頼した友へ贈る習わしがある。」


ヒルメは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。」


しかし、アリアナは続ける。


「それだけではない。」


「この木札には、私の魔力を刻んである。」


「お前の身に命の危険が迫れば、この木札を通して私にも伝わる。」


ヒルメは思わず木札を見つめた。


「そんなことが……。」


「距離には限界がある。」


「だが、本当に危険な時なら必ず分かる。」


アリアナは真っ直ぐヒルメを見据える。


「だから、絶対になくすな。」


ヒルメは木札を胸へ抱きしめ、力強く頷いた。


「はい!」


「大切にします!」


アリアナはほんの少しだけ口元を緩めた。


「……それでいい。」


穏やかな空気が流れる。


誰も口にはしなかった。


だが、それがしばらくの別れを意味していることを、皆が理解していた。


アリアナと別れた後。


エリスはヒルメへ向き直った。


「私たちも、そろそろ戻る。」


ヒルメは少し驚く。


「もうですか?」


「ああ。」


「休暇も今日までだ。」


「明日からは、また任務が始まる。」


フレイヤは名残惜しそうに頭を掻いた。


「もっと遊びたかったっすけどねぇ。」


アテナも苦笑する。


「仕方ありません。」


「私たちは帝国騎士ですから。」


フェネクスは静かにエリスを見る。


「皆様には、本当にお世話になりました。」


エリスは首を横に振った。


「礼を言うのはこちらだ。」


「お前たちがいなければ、竜王も救えなかった。」


「私たちは、一生その恩を忘れない。」


ヒルメは照れくさそうに笑う。


「そんな、大げさですよ。」


「私も皆さんに助けてもらいましたから。」


エリスは腰の剣へ手を添え、小さく微笑んだ。


「また会おう。」


「帝国へ来ることがあれば、私を訪ねてくればいい。」


フレイヤは元気よく手を振る。


「今度は任務じゃなくて遊ぶっす!」


「師匠も一緒っすよ!」


「ワウッ!」


シロも嬉しそうに尻尾を振った。


アテナは優しく頭を下げる。


「皆様、お元気で。」


フェネクスも微笑む。


「また、お会いしましょう。」


ヒルメは大きく頷く。


「はい!」


「また必ず!」


エリスは静かに背を向ける。


「行くぞ。」


「はい!」


三人は帝国騎士団本部へ向かって歩き出した。


その背中を、ヒルメたちは静かに見送る。


やがて人混みの中へ溶け込むように、その姿は見えなくなった。


ヒルメは小さく息を吐く。


「……みんな、行っちゃいましたね。」


フェネクスは穏やかに微笑む。


「少し寂しくなりましたね。」


ヒルメは胸元の木札へそっと触れる。


「でも。」


「また会えます。」


そう呟くと、空を見上げ、小さく笑った。


エリスは別れ際、ふと思い出したように足を止めた。


「そうだ。」


ヒルメたちが振り返る。


「お前たち、行き先はまだ決まっていないんだったな。」


「はい。」


ヒルメは苦笑しながら頷く。


「まだ何も……。」


エリスは少し考え込むように腕を組んだ。


「なら、一つ心当たりがある。」


「帝国の北に、ミラーク王国という国がある。」


「魔法研究が盛んな国で、『魔法大国』とも呼ばれている。」


アテナも頷く。


「あそこには各地から魔導師や学者が集まります。」


フレイヤは笑いながら付け加えた。


「魔法しか頭にない変わった人も多いっすけどね。」


エリスは苦笑する。


「否定はしない。」


「だが、魔法や古代文明の研究では世界でも有数だ。」


「図書館にもなかった記録が、あの国には残っているかもしれない。」


ヒルメはフェネクスと顔を見合わせた。


「魔法大国……。」


フェネクスも静かに頷く。


「ヒルメ様の力についても、何か分かるかもしれませんね。」


エリスは小さく頷いた。


「保証はできない。」


「だが、今のお前たちが向かうには悪くない場所だ。」


ヒルメは嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます。」


「じゃあ……。」


「次はミラーク王国を目指します!」


エリスは満足そうに微笑んだ。


「ああ。」


「道中、気を付けて行け。」


帝国を後にしたヒルメたちは、北へ続く街道を歩いていた。


目的地は、魔法大国ミラーク。


魔法研究が盛んな国であり、ヒルメの力についても何か手掛かりが見つかるかもしれない。


そんな期待を胸に、一行は穏やかな森の中を進んでいた。


帝国を後にしたヒルメたちは、北へ続く街道を歩いていた。


目的地は、魔法大国ミラーク。


帝国騎士であるエリスから教えられた、世界有数の魔法研究国家だ。


ヒルメの力についても、何か手掛かりが見つかるかもしれない。


そんな希望を胸に、一行は森の中を進んでいた。


「あと二日ほどで着きそうですね。」


ヒルメが地図を見ながら微笑む。


フェネクスも小さく頷いた。


「はい。」


「この街道を北へ進めば、ミラーク王国です。」


シロは先頭を歩きながら、時折草むらへ飛び込んでは戻ってくる。


「ワウッ!」


ヒルメは思わず笑う。


「シロは元気ですね。」


穏やかな時間だった。


しかし、その空気が突然変わる。


フェネクスの表情が険しくなった。


「……。」


立ち止まり、ゆっくりと周囲を見渡す。


「フェネクスちゃん?」


ヒルメが声を掛ける。


フェネクスは小さく首を振った。


「……来ます。」


その瞬間だった。


森の奥から黒い影が一斉に飛び出す。


獣耳と尾を持つ霊獣族。


その数は五人。


「見つけたぞ!!」


「裏切り者フェネクス!!」


「今日こそ、その命をもらう!!」


フェネクスは一歩前へ出た。


「皆さん、下がってください!」


霊獣族の一人が地面を蹴る。


凄まじい速さでフェネクスとの距離を詰めた。


「死ねぇ!!」


鋭い爪が振り下ろされる。


その瞬間――。


ドォォォン!!


何かが横から飛び込み、霊獣族を吹き飛ばした。


敵は木々を何本もなぎ倒しながら地面を転がる。


「ぐっ……!」


全員が視線を向ける。


そこには、一人の女性が立っていた。


長い黒髪を後ろで束ね、細身の剣を片手に静かに敵を見据えている。


その姿には一切の隙がない。


女性は振り返り、安堵したように微笑んだ。


「フェネクスちゃん。」


「ご無事で何より。」


フェネクスは目を見開く。


「……琥珀!」


「どうしてここに……!」


琥珀は小さく一礼した。


「そのお話は後です。」


「まずは、この者たちを片付けます。」


敵の一人が怒鳴る。


「琥珀!」


「王家を裏切る気か!」


琥珀は冷たく視線を向ける。


「裏切る?」


「勘違いしないでください。」


「私が忠誠を誓うのは、フェネクス様と王妃様だけです。」


そう言うと、一歩前へ出る。


「フェネクス様へ刃を向ける者は、私が斬ります。」


敵たちは顔を歪めた。


「人族もまとめて始末しろ!!」


五人が一斉に飛び出す。


二人は琥珀へ。


二人はフェネクスへ。


そして最後の一人が回り込み、ヒルメへ一直線に襲い掛かった。


「人族から殺す!!」


ヒルメが息を呑む。


その前へ、白い影が飛び出した。


ガギィィィン!!


鋭い爪を真正面から受け止める。


「グルルルル……!」


シロだった。


敵は目を見開く。


「なっ!?」


琥珀もその光景へ視線を向ける。


「……。」


一瞬、言葉を失う。


「犬……?」


もう一度シロを見る。


「…………犬?」


「犬が霊獣族の攻撃を止めた?」


フェネクスは慌てて声を上げた。


「やめてください!」


「シロは普通の犬ではありません!」


シロは敵を睨みつけたまま、


「ワウッ!!」


と誇らしげに一声鳴いた。


敵の一人がヒルメへ飛び掛かる。


シロは攻撃を受け止めるだけでは終わらなかった。


大きく息を吸い込む。


「ワウゥゥゥ……!」


次の瞬間。


ゴォォォォッ!!


灼熱の炎が一直線に放たれる。


敵は咄嗟に飛び退く。


「なっ!?」


「炎のブレスだと!?」


追撃するようにシロは再び息を吸い込む。


今度は冷気。


バキバキバキッ!!


氷が地面を駆け抜け、敵の足元を一瞬で凍らせる。


「ぐっ!」


敵は体勢を崩す。


その隙を逃さず、琥珀が一閃。


ズバッ!!


敵の武器が真っ二つになる。


琥珀は冷たく剣を向けた。


「まだ続けますか?」


敵たちは顔を見合わせる。


「……撤退だ!」


「くそっ!」


「覚えていろ!」


霊獣族たちは森の奥へ姿を消した。


静寂が戻る。


琥珀は剣を鞘へ納めると、フェネクスへ深く一礼した。


「フェネクス様。」


「お迎えに参りました。」


フェネクスは表情を曇らせる。


「母上は……。」


琥珀は静かに頷いた。


「王派との戦いは激しくなっております。」


「王妃様は里を離れ、安全な場所へ避難しておりますが……。」


一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「ご病状は、あまり芳しくありません。」


「フェネクス様に、お会いしたいと。」


フェネクスは静かに目を伏せた。


「……分かりました。」


そしてヒルメへ振り向く。


「ヒルメちゃん。」


「お願いがあります。」


「私と一緒に来ていただけませんか。」


ヒルメは迷うことなく笑顔で頷いた。


「もちろん!」


「フェネクスちゃんは友達だもん!」


「一緒に行くよ!」


しかし、琥珀は一歩前へ出た。


「申し訳ございません。」


「それはお断りいたします。」


「これから向かうのは霊獣族の里。」


「人族をお連れするわけにはまいりません。」


フェネクスは静かに首を横へ振る。


「嫌です。」


琥珀は驚いたように目を見開く。


「フェネクス様……?」


フェネクスはヒルメの隣へ歩み寄った。


「ヒルメちゃんは、私の大切なお友達です。」


「シロも、大切な家族です。」


「二人を置いて帰るつもりはありません。」


「もし認めていただけないのであれば……。」


「私は、一人で帰ります。」


琥珀は言葉を失った。


「…………。」


しばらく沈黙が流れる。


やがて、琥珀は小さく目を閉じる。


(フェネクス様が……。)


(お友達を……。)


幼い頃から誰よりも優しく、それでいて立場ゆえに人と距離を置いてきた王女。


そのフェネクスが、自ら「友達」と口にした。


琥珀は込み上げるものを抑えるように、小さく息を吐く。


「……王妃様がお聞きになれば、きっとお喜びになります。」


そう呟くと、ヒルメへ向き直り、深く頭を下げた。


「先ほどは失礼いたしました。」


「フェネクス様が信頼されるご友人なら、私も歓迎いたします。」


「どうか、お力をお貸しください。」


フェネクスはヒルメへ向かって深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「ヒルメちゃん。」


「本当に心強いです。」


ヒルメは照れくさそうに笑う。


「困った時は助け合うんだよ。」


「友達なんだから。」


フェネクスも優しく微笑んだ。


「はい。」


その笑顔を見た琥珀は、小さく目を伏せる。


「では……参りましょう。」


「王妃様がお待ちです。」


一行は街道を外れ、森の奥へと足を踏み入れた。


人の手が入らない深い森。


木々は空を覆い隠し、昼間だというのに薄暗い。


獣の気配はあっても、不思議と鳥のさえずりは聞こえなかった。


ヒルメは辺りを見回す。


「すごい森ですね……。」


琥珀は前を歩きながら答える。


「霊獣族の里へ続く森です。」


「許可なく入った者は、まず辿り着けません。」


「幻惑の結界が張られています。」


ヒルメは思わず足を止めた。


「結界?」


「はい。」


「同じ場所を何度も歩かされたり、出口へ戻されたり。」


「霊獣族以外には抜けられないようになっています。」


シロは鼻をひくひくさせながら歩いている。


「ワウ?」


琥珀はシロをちらりと見た。


「でも、その子には関係なさそうですね。」


「結界の影響を受けている様子がありません。」


シロは得意げに胸を張る。


「ワウッ!」


ヒルメは思わず笑った。


「シロは方向音痴なのに、不思議だね。」


「ワウ!?」


シロは抗議するように一声鳴く。


その様子にフェネクスは小さく笑った。


「ふふっ。」


「相変わらず仲が良いですね。」


穏やかな空気が流れる。


しかし、その表情はすぐに曇る。


「母上……。」


小さく漏らしたその声には、不安が滲んでいた。


琥珀は歩みを止めることなく静かに口を開く。


「大丈夫です。」


「王妃様は、ずっとフェネクス様の帰りを信じて待っておられます。」


「ですから……。」


「どうか笑顔で会って差し上げてください。」


フェネクスは小さく息を吸い、力強く頷いた。


「……はい。」


一行は琥珀の後を追い、深い森の中へ足を踏み入れていく。


霊獣族の未来を左右する戦い。


そして、フェネクスの母との再会。


誰もまだ、その先で待ち受ける運命を知らなかった。


森の奥から吹く風だけが、静かに木々を揺らしていた。


――霊獣族の隠れ里へ。

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