表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
             異世界送魂師ヒルメ  ~涙は地に還り、想いは空へ還る~  作者: ケンボー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/19

母の想い

朝日が帝都を優しく照らす。


宿の一室。


ヒルメは大きく伸びをすると、窓を開けた。


「いい天気……。」


爽やかな風が部屋へ吹き込む。


「今日はエリスさんの故郷ですね。」


隣の部屋からフレイヤの元気な声が聞こえてくる。


「師匠ー!」


「起きるっすー!」


「ワウッ!」


シロも元気よく鳴いた。


ヒルメは思わず笑う。


「朝から元気ですね。」


身支度を整え、一階へ降りると、皆が既に揃っていた。


エリスは腕を組みながら頷く。


「全員いるな。」


「では出発しよう。」


宿を出た一行は帝都の西門へ向かう。


朝の市場は活気に溢れ、多くの商人が店を開いていた。


「新鮮な野菜だよ!」


「焼きたてのパンはいかが!」


ヒルメはきょろきょろと辺りを見回す。


「朝からすごい人ですね。」


アテナは微笑んだ。


「帝都は朝が一番活気がありますから。」


門を抜けると、景色は一変した。


広大な草原。


遠くには山々が連なり、街道の両脇には黄金色の麦畑が広がっている。


ヒルメは思わず息を呑んだ。


「綺麗……。」


エリスはその景色を見つめ、どこか懐かしそうに微笑んだ。


「この道は、子どもの頃から何度も歩いた。」


「騎士になるため帝都へ向かった時も、この道だった。」


フレイヤは荷馬車へ飛び乗る。


「今日は馬車でのんびり行くっす!」


御者も笑顔で頷いた。


「昼前には着きますよ。」


ガタゴトと馬車が動き始める。


帝都を背に、一行はエリスの故郷へ向けて進んでいく。


穏やかな風が吹き抜ける中、誰もが今日という一日を楽しみにしていた。


だが、その先で待ち受ける出来事を、この時の彼らはまだ知る由もなかった。


馬車は街道をゆっくりと進んでいた。


帝都の喧騒はすでに遠くなり、聞こえるのは鳥のさえずりと車輪の音だけだった。


ヒルメは窓の外を眺めながら、小さく微笑む。


「のどかですね。」


「ああ。」


エリスも外へ目を向ける。


「帝都とは違い、この辺りは農村ばかりだ。」


「大きな町もない。」


「だが、私はこの景色が好きなんだ。」


ヒルメはエリスの横顔を見つめた。


「やっぱり故郷って特別なんですね。」


エリスは静かに笑う。


「そうだな。」


「騎士になってからは帰る機会も少なくなった。」


「父には随分心配を掛けたと思う。」


フレイヤは馬車の後ろへ寝転がりながら笑った。


「隊長のお父さんって、やっぱり隊長に似てるんすか?」


エリスは少し考える。


「……似ていないな。」


「私は母に似たらしい。」


「父はもっと無口だ。」


「えっ。」


ヒルメは少し驚く。


「エリスさんよりですか?」


「そうだ。」


「必要なことしか話さない。」


アテナは思わず笑みを浮かべた。


「少し想像できますね。」


「でも、本当に優しい方なんですよね。」


「ああ。」


エリスは迷いなく答える。


「不器用な人だが、誰よりも優しい。」


その言葉には、父への尊敬が滲んでいた。


アリアナは静かに外を眺めながら呟く。


「親を尊敬できるのは、良いことだ。」


エリスは小さく頷いた。


「だから、一度紹介したかった。」


「私の仲間を。」


ヒルメたちは顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべる。


その時だった。


御者が前方を指差す。


「見えてきましたよ。」


「エリス様の村です。」


全員が窓の外へ視線を向ける。


緩やかな丘の向こう。


煙突から白い煙が立ち上る、小さく穏やかな村が姿を現した。


畑では農夫たちが鍬を振るい、


子どもたちは笑いながら駆け回っている。


牛や羊がのんびりと草を食み、


どこか懐かしい時間が流れていた。


ヒルメは思わず微笑む。


「素敵な村ですね。」


「ああ。」


エリスは懐かしそうに村を見つめる。


「私が生まれ育った村だ。」


「何もない場所だが……私にとっては大切な故郷だ。」


馬車が村へ入ると、村人たちはエリスの姿に気付き、次々と笑顔を浮かべた。


「おお!」


「エリスじゃないか!」


「帰ってきたのか!」


「あら、本当にエリスちゃんだ!」


エリスは照れくさそうに頭を下げる。


「ただいま。」


「少し休暇をいただいたので帰ってきました。」


「ははは!」


「相変わらず真面目だな!」


「今日はゆっくりしていけ!」


村人たちへ軽く手を振りながら、一行は村の奥へと歩いていく。


やがて、一軒の小さな木造の家の前でエリスは足を止めた。


庭には色とりどりの花が咲き、小さな畑には季節の野菜が植えられている。


エリスは静かに家を見上げ、小さく息を吐いた。


「……着いた。」


そう呟くと、ゆっくりと玄関の扉を叩いた。


コンコン――。


静かなノックの音が響く。


しばらくすると、家の中からゆっくりと足音が近付いてきた。


ガチャリ――。


扉が開く。


そこに立っていたのは、白髪交じりの壮年の男だった。


日に焼けた肌。


鍛えられた身体。


派手さはないが、その立ち姿には長年積み重ねてきた強さが滲み出ている。


男はエリスを見ると、一瞬だけ目を見開いた。


「……帰ったか。」


エリスは小さく微笑み、深く頭を下げる。


「ただいま、父さん。」


男は静かに頷く。


「ああ。」


「帰ってきたな。」


それだけだった。


だが、その短い言葉には娘の無事を喜ぶ想いが込められていた。


フレイヤは思わずヒルメへ小声で囁く。


「隊長のお父さん……。」


「そっくりっす。」


ヒルメは苦笑する。


「確かに、口数が少ないですね。」


男は一行へ視線を向けた。


「客か。」


エリスは頷く。


「ああ。」


「私の大切な仲間たちだ。」


「休暇を利用して、一緒に来てもらった。」


男は一人ひとりへ視線を向ける。


ヒルメ。


アテナ。


フレイヤ。


フェネクス。


シロ。


そして――


アリアナ。


その瞬間だけ、男の視線が止まった。


「……。」


表情は変わらない。


だが、ほんの僅かに目を細める。


(このエルフの娘は……。)


男は何事もなかったように視線を戻した。


「遠いところ、ご苦労だった。」


「こんな家だが、ゆっくりしていくといい。」


フェネクスは胸に手を当て、丁寧に一礼する。


「突然お伺いしたにもかかわらず、お迎えいただきありがとうございます。」


男は静かに頷く。


「気にするな。」


「エリスの仲間なら歓迎する。」


ヒルメたちも続いて頭を下げた。


「お邪魔します。」


男は静かに踵を返す。


「荷物を置いたら……。」


「母さんにも顔を見せてやれ。」


その一言に、エリスは静かに頷いた。


「ああ。」


「そうする。」


荷物を置き終えると、エリスは皆を振り返った。


「このあと、母の墓へ行こうと思う。」


ヒルメたちは静かにエリスを見る。


エリスは少しだけ照れくさそうに笑った。


「父には皆を紹介できた。」


「だから、母にも紹介しておきたいんだ。」


フレイヤはすぐに頷く。


「もちろんっす!」


アテナも穏やかに微笑んだ。


「ぜひ、ご一緒させてください。」


フェネクスも胸へ手を当てる。


「私もご挨拶したいです。」


ヒルメは優しく笑った。


「はい。」


「私もお会いしたいです。」


エリスは小さく頷く。


「ありがとう。」


一行はエリスに続き、家の裏手へ向かった。


畑の脇を抜け、小さな林へ入る。


木漏れ日の先に、一基の墓が静かに佇んでいた。


墓石の傍らには、一振りの剣が深く大地へ突き立てられている。


ヒルメは思わず足を止めた。


「あの剣は……。」


エリスは墓前へ歩み寄り、静かに答える。


「母が騎士だった頃に使っていた剣だ。」


「父が、墓標代わりにここへ立てたらしい。」


そう言って墓石へ花を供える。


「母さん。」


「ただいま。」


「今日は、私の大切な仲間たちを連れてきた。」


エリスは皆を振り返り、穏やかに微笑んだ。


ヒルメは墓石の前へ静かに歩み出た。


「エリスさん。」


「少しだけ、お祈りをしてもいいですか?」


エリスは優しく頷く。


「ああ。」


ヒルメは墓石へ向かって静かに一礼すると、胸の前で両手を重ね、ゆっくりと目を閉じた。


穏やかな風が木々を揺らす。


静寂の中、ヒルメの優しい声だけが響いた。


「涙は地に還り……。」


「想いは空へ還る……。」


「我が祈りを導とし……。」


「魂のあるべき場所へ導かん……。」


《ソウル・アセンション》


その瞬間――。


淡い白銀の光がヒルメの足元から静かに広がっていく。


墓石を優しく包み込み、


墓の傍らへ突き立てられた剣もまた、淡い光を帯び始めた。


穏やかな風が一度だけ吹き抜ける。


誰にも見えない。


誰にも聞こえない。


だが、ヒルメの前だけに、一人の女性が静かに姿を現した。


腰まで届く髪を後ろで束ね、凛とした瞳を持つ女性。


墓の傍らへ突き立てられた剣と同じ意匠の剣を腰に下げ、腕を組みながらヒルメを見つめる。


「あら。」


「貴女……とんでもない力を持っているのね。」


その口調はどこかぶっきらぼうで、飾らない。


それでいて、不思議と温かさを感じさせる笑みを浮かべていた。


女性は墓の前に立つエリスを見て、思わず吹き出した。


「ふふっ。」


「大きくなったじゃない。」


「……やだ。」


「私に似て美人じゃない。」


腕を組みながら、どこか誇らしげに笑う。


「父親に似なくて本当によかった。」


ヒルメは思わず笑みをこぼす。


「ふふっ……。」


女性は肩を竦める。


「あの人に似てたら、あんな仏頂面になってたもの。」


「まあ、あれはあれで嫌いじゃないけど。」


そう言って、優しく夫へ視線を向ける。


そして再びエリスを見る。


「立派な騎士になったね。」


「ちゃんと仲間にも恵まれたみたいだし。」


「もう心配することなんて何もないか。」


女性は満足そうに頷くと、今度はヒルメへ視線を向けた。


「あんた。」


「本当に、とんでもない子ね。」


「まさか私みたいなのまで見つけるなんて。」


「しかも、この力……。」


「ただ送るだけじゃない。」


「魂を、本来あるべき場所へ導く力。」


「……綺麗な力ね。」


ヒルメは静かに頭を下げた。


「ずっと……ここにいらしたんですね。」


女性は小さく笑う。


「そう。」


「未練なんて大したものじゃないよ。」


「ただね。」


墓の前に立つエリスへ優しい視線を向ける。


「あの子が心配だった。」


「あの人も、不器用だからさ。」


「残していくのが、少し気掛かりだっただけ。」


そう言って肩を竦める。


「気付いたら、ここから動けなくなってた。」


「困ったもんだよ。」


ヒルメは優しく微笑む。


「……皆さんを、大切に思っていたんですね。」


「当たり前でしょ。」


女性は即座に答えた。


「家族なんだから。」


「命を懸けて守った。」


「死んでも、それは変わらない。」


少し照れくさそうに鼻を鳴らす。


「ま、過保護だったかもしれないけどね。」


ヒルメは静かに頷く。


「でも、もう大丈夫です。」


女性はゆっくりとヒルメを見る。


「……そうだね。」


「不思議だよ。」


「さっきまで離れられなかったのに。」


「今は、ちゃんと前へ進める気がする。」


その身体から、淡い風のような光が少しずつ溢れ始める。


女性はその光を見下ろし、苦笑した。


「なるほど。」


「これが、あんたの力なんだね。」


「魂を無理に消すんじゃない。」


「あるべき場所へ導いてくれる。」


ヒルメは静かに微笑んだ。


「はい。」


「安心して、旅立ってください。」


女性は満足そうに笑う。


「……ありがとう。」


女性は穏やかにエリスを見つめた。


「あの子も、もう一人前だ。」


「仲間もできた。」


「もう私が縛られている理由なんてない。」


ヒルメは静かに頷く。


「はい。」


女性はふっと笑う。


「でもね。」


「家族を見守りたい気持ちは、死んでも変わらないんだよ。」


「母親って、そういうもの。」


その瞬間。


ヒルメを包んでいた白銀の光が、女性の身体を優しく包み込んだ。


風がふわりと吹き抜ける。


女性は少し驚いたように自分の手を見る。


「……あら。」


「これは予想外。」


身体は消えていくのではなく、柔らかな翠色の光へと姿を変え始めていた。


「消える……わけじゃないのね。」


ヒルメも初めて見る光景に目を見開く。


「そんな……。」


女性は目を閉じ、優しく微笑んだ。


「そうか。」


「私はこれから、家族を見守る存在になるのね。」


「本当に……不思議な力。」


その身体は一粒一粒の光となり、風に溶けるように舞い始める。


女性は最後にヒルメへ視線を向け、いつものぶっきらぼうな笑みを浮かべた。


「ありがと。」


「それと――」


「エリスには内緒にしておいて。」


「泣かれるのは、照れくさいからね。」


ヒルメは思わず笑みを浮かべる。


「……はい。」


「約束します。」


「いい子。」


女性は満足そうに頷いた。


そして光は風と共に墓の傍らへ突き立てられた剣へと吸い込まれていく。


カラン――。


誰にも触れられていないはずの剣が、小さく澄んだ音を響かせた。


その輝きは一瞬だけ。


まるで何事もなかったかのように、再び静かな剣へと戻る。


ヒルメはその光景を見つめたまま、小さく息を呑んだ。


「……。」


その時だった。


「ヒルメ?」


エリスの声が耳に届く。


ヒルメははっと我に返り、慌ててエリスの方を振り向いた。


「戻るぞ。」


父は短くそう告げると、ゆっくりと歩き始めた。


「ああ。」


エリスも静かに頷き、一行は墓を後にする。


穏やかな風が木々を揺らす。


墓石の傍らへ突き立てられた剣は、静かに陽の光を受けていた。


その剣を、父は一度だけ振り返る。


「……。」


何も言わない。


ただ、どこか安心したように小さく目を細める。


そして再び歩き出した。


誰も気付かない。


誰も知らない。


この日、一つの魂は長き眠りから解き放たれ――


新たな存在として、この地に生まれたことを。


一行は穏やかな陽射しの中、ゆっくりと家路につく。


それぞれの胸に、異なる想いを抱きながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ