帝国へ
翌朝。
小鳥のさえずりが静かな草原に響く。
朝日がゆっくりと昇り、一行は簡単な朝食を済ませていた。
ヒルメは伸びをしながら笑う。
「よく眠れました!」
「昨日はぐっすりでした。」
フレイヤはパンを頬張りながら思い出したように声を上げる。
「あっ!」
「昨日の続きっす!」
ヒルメは首を傾げる。
「続き?」
「身の上話っす!」
「まだ私たちとフェネクスの番が終わってないっす!」
「あっ、そうでした!」
ヒルメは小さく手を叩く。
フレイヤは胸を張る。
「じゃあ今度こそ私たちっす!」
アテナは少し照れくさそうに微笑んだ。
「私たちは、小さな村で生まれ育ちました。」
「決して裕福ではありませんでしたが、毎日がとても賑やかな村でした。」
フレイヤも懐かしそうに笑う。
「子どもの頃は毎日山を駆け回ってたっす!」
「森の魔物ともよく喧嘩したっす!」
ヒルメは目を丸くする。
「こ、子どもの頃からですか!?」
「もちろんっす!」
「負けたことなんてほとんどないっす!」
アテナは苦笑した。
「本当に無茶ばかりする子でした。」
「私が止めても聞かなくて……。」
「だって勝てるんすもん!」
フレイヤは悪びれもせず笑う。
エリスは腕を組みながら頷く。
「初めて会った時も驚いた。」
「騎士団の試験官が相手にならなかったからな。」
「えへへ。」
フレイヤは頭を掻いた。
「ちょっと本気出しちゃったっす。」
アテナはため息をつく。
「"ちょっと"ではありません。」
「試験場が半壊しました。」
「え?」
ヒルメが固まる。
フレイヤは照れ笑いを浮かべる。
「事故っす!」
「事故じゃない。」
アリアナが即座に突っ込む。
皆が思わず吹き出した。
笑い声が草原へ広がる。
少し笑いが落ち着いたところで、ヒルメが尋ねた。
「それで……。」
「どうして帝国へ来たんですか?」
アテナは静かに答える。
「村だけでは生活が苦しくなってしまったんです。」
「私たちにできることは戦うことだけでした。」
「だから二人で話し合って、帝国で騎士になることを決めました。」
フレイヤは頷く。
「せっかくなら一番強い人の下で働こうって思ったっす!」
そう言って、隣に座るエリスを見る。
「それで隊長と出会ったっす。」
エリスは苦笑した。
「あの日は今でも覚えている。」
「新人とは思えない動きだった。」
「隊へ誘ったのは、私だ。」
フレイヤは満面の笑みを浮かべる。
「それが今では家族みたいなもんっす!」
アテナも優しく頷いた。
「はい。」
「私たちにとって、隊長は大切な恩人です。」
エリスは少し照れたように咳払いをした。
「……そういうことは、あまり面と向かって言うな。」
フレイヤはケラケラと笑う。
「照れてるっす!」
その場に再び笑い声が響いた。
ヒルメは感心したように頷いた。
「だからお二人とも、あんなに強いんですね。」
フレイヤは胸を張る。
「もちろんっす!」
「小さい頃から喧嘩ばっかりだったっすから!」
「フレイヤ。」
アテナが呆れたようにため息をつく。
「喧嘩ではありません。」
「鍛錬です。」
「えー?」
「魔物と戦ってたんだから、喧嘩みたいなもんっす!」
その言葉に、エリスが思わず笑みを漏らした。
「確かにな。」
「初めて会った時から、お前たちは十分すぎるほど強かった。」
「隊長が珍しく驚いてたっす!」
フレイヤがからかうように笑う。
エリスは苦笑しながら肩を竦めた。
「否定はしない。」
「新人であれほど動ける者は、そうはいない。」
アテナは少し照れくさそうに微笑む。
「そう言っていただけると嬉しいです。」
ヒルメは二人を見比べながら笑った。
「でも、お二人が一緒にいる理由がよく分かりました。」
「すごく仲が良いんですね。」
フレイヤは迷うことなく答える。
「当たり前っす!」
「アテナ姉ちゃんは、私のたった一人の家族っすから!」
アテナは優しくフレイヤの頭へ手を置いた。
「私も同じです。」
「この子がいるから、私はここまで来られました。」
少しだけ照れくさそうに笑う二人を見て、ヒルメも自然と笑顔になる。
「素敵ですね。」
穏やかな空気が流れる。
焚き火の炎が静かに揺れた。
ヒルメは隣に座るフェネクスへ視線を向ける。
「じゃあ、次はフェネクスさんですね。」
フェネクスは少し驚いたように目を瞬かせた。
「……私ですか?」
フェネクスは焚き火の炎を静かに見つめた。
「私は……霊獣族です。」
「母は、霊獣族の王です。」
皆が静かに耳を傾ける。
「ですが、母は重い病に倒れてしまいました。」
「その間、里は父が王の代理として治めることになったのです。」
フェネクスは少し俯く。
「初めは皆、母が回復する日を信じていました。」
「ですが、時が経つにつれ、父に従う者と母を信じ続ける者に分かれ……。」
「里は二つに割れてしまいました。」
焚き火が静かに揺れる。
「父は、自分こそが新たな王だと考えるようになりました。」
「そして、王位を継ぐ資格を持つ私を邪魔な存在と見なしたのです。」
ヒルメは思わず息を呑む。
「そんな……。」
フェネクスは静かに頷く。
「母は、自らの命よりも私を選びました。」
「『生きなさい。必ずまた会える。』」
「そう言って、私を里の外へ逃がしてくださったのです。」
一瞬、沈黙が流れる。
「その後、私はヒルメ様と出会いました。」
「そして今、こうして皆さんと旅をしています。」
フェネクスは穏やかに微笑んだ。
「いつか必ず母を助け、霊獣族が再び一つになれる日を信じています。」
フェネクスは小さく微笑んだ。
「……これが、私の話です。」
一瞬、静かな空気が流れる。
ヒルメは優しく微笑んだ。
「話してくださって、ありがとうございます。」
「お母さん、きっとフェネクスさんのことを待っています。」
フェネクスは少し目を細めた。
「……そう信じています。」
アテナも穏やかに頷く。
「フェネクスさんのお話を聞けて良かったです。」
フレイヤも笑顔を見せる。
「これでまたフェネクスのことを知れたっす!」
エリスは立ち上がり、空を見上げた。
「さて。」
「そろそろ出発するぞ。」
「帝国までは、もう半日ほどだ。」
「はい!」
ヒルメは元気よく返事をする。
それぞれ荷物をまとめ、一行は再び帝国への街道を歩き始めた。
朝日に照らされたその背中には、昨日よりも少しだけ深まった仲間の絆が感じられた。
◇ ◇ ◇
帝国へ向かう街道を歩き続けること半日。
巨大な城壁が、その姿を現した。
「着いたっす!」
フレイヤが大きく伸びをする。
「相変わらずでっかいっすねぇ。」
ヒルメは見上げながら目を丸くした。
「これが……帝国。」
「すごい……。」
高くそびえる城壁。
絶え間なく行き交う人々。
商人や冒険者、馬車が列をなし、帝国の賑わいを物語っていた。
一行が城門へ近付くと、門番の騎士が敬礼する。
「エリス隊長。」
「お帰りなさいませ。」
エリスは軽く頷いた。
「ああ。」
門番はヒルメたちへ視線を向ける。
「そちらの方々は?」
エリスは落ち着いた口調で答えた。
「旅の者だ。」
「墓場へ向かう途中で出会った。」
「目的地が同じだったため、護衛を兼ねて同行してきた。」
門番は納得したように頷く。
「承知いたしました。」
「お通りください。」
重厚な城門がゆっくりと開かれる。
一行は帝国の中へ足を踏み入れた。
賑やかな市場。
立ち並ぶ店々。
活気ある人々の声。
ヒルメは辺りを見回し、思わず笑みを浮かべる。
「すごいですね……。」
「こんなに大きな街、初めて見ました。」
フレイヤは得意げに胸を張る。
「帝国は何でもあるっす!」
「迷子にならないように気を付けるっすよ!」
エリスは皆へ向き直る。
「私はこのまま王へ報告へ向かう。」
そしてフレイヤとアテナを見る。
「フレイヤ、アテナ。」
「お前たちは本日より休暇だ。」
「その間、ヒルメたちへ帝国を案内してやってくれ。」
二人は同時に敬礼する。
「「了解しました!」」
エリスは小さく頷き、ヒルメたちへ視線を向けた。
「報告が終わり次第、私も合流する。」
「それまで帝国を楽しんでいてくれ。」
「はい!」
ヒルメは笑顔で頷いた。
エリスは踵を返す。
その背中を見送りながら、フレイヤはにやりと笑った。
「それじゃあ、帝国観光の始まりっす!」
「まずはどこから行くっすか?」
ヒルメは期待に胸を膨らませながら、帝国の街並みを見渡した。
新たな出会いが、彼女たちを待っていた。
フレイヤは両手を腰に当て、大きく頷いた。
「まずは宿っすね!」
ヒルメは首を傾げる。
「宿ですか?」
アテナが穏やかに微笑む。
「はい。」
「旅を続けるのであれば、先に荷物を置く場所を決めた方が落ち着きます。」
「その方が、ゆっくり帝国をご案内できますから。」
「なるほど!」
ヒルメは納得したように頷いた。
フレイヤは得意げに胸を張る。
「任せるっす!」
「隊長が帝国へ戻る時によく使う宿を知ってるっす!」
「料理も美味しいし、お風呂も広いっす!」
「えっ!」
ヒルメの表情がぱっと明るくなる。
「お風呂があるんですか?」
「もちろんっす!」
「帝国じゃ結構有名な宿っすよ!」
アリアナは小さくため息をつく。
「……相変わらず食べ物と風呂の話になるな。」
「大事なことっす!」
フレイヤは悪びれもせず笑う。
「旅の疲れは、美味しいご飯とお風呂で取るっす!」
「ワウッ!」
シロも嬉しそうに鳴いた。
皆が思わず笑う。
「それじゃあ行くっす!」
フレイヤを先頭に、一行は石畳の大通りを歩き始めた。
賑わう市場を横目に、帝国の街並みを楽しみながら宿へと向かっていく。
◇ ◇ ◇
帝国城――。
エリスは一人、王城の長い廊下を歩いていた。
廊下の両脇へ並ぶ近衛騎士たちは、その姿を見ると一斉に敬礼する。
「エリス隊長。」
「お帰りなさいませ。」
エリスは軽く頷き、そのまま謁見の間へと向かった。
重厚な扉の前で立ち止まる。
衛兵が大きく扉を開いた。
「エリス隊長、ご帰還です。」
静まり返る謁見の間。
玉座へ腰掛ける王が静かに口を開く。
「入れ。」
エリスは玉座の前まで進み、片膝をついた。
「ただいま帰還いたしました。」
王は静かに頷く。
「ご苦労。」
「報告を。」
「はっ。」
エリスは真っ直ぐ前を見据えたまま口を開く。
「墓場にて、何者かによって利用されていた竜王の亡骸を確認。」
「現地にて事態は収束いたしました。」
「また、竜王の娘エレン殿と話し合いの場を設けました。」
「エレン殿は今後、竜族を率いる意思を示され、人族との争いを望まないと明言しております。」
王はゆっくりと目を閉じた。
「……そうか。」
「竜族との無益な争いが終わるのであれば、帝国にとっても良い知らせだ。」
エリスは深く頭を下げる。
「以上、報告を終わります。」
しばしの静寂。
やがて王は穏やかな声で告げた。
「此度の任務、大義であった。」
「エリス隊には休暇を与える。」
「ゆっくり休むがよい。」
エリスはもう一度深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
静かに立ち上がると、一礼し、謁見の間を後にした。
重厚な扉がゆっくりと閉じられる。
廊下へ出たエリスは、小さく息を吐く。
「さて……。」
「皆と合流するとしよう。」
そう呟くと、ヒルメたちがいる街へ向けて歩き出した。
重厚な扉が静かに閉まる。
エリスの足音が遠ざかると、王は静かに口を開いた。
「……入れ。」
その一言と共に、謁見の間の扉が再び開く。
砂埃にまみれた一人の男が姿を現した。
男は玉座の前まで進むと、片膝をつく。
「密偵部隊、ただいま帰還いたしました。」
「報告いたします。」
「申せ。」
王の声は静かだった。
密偵は深く頭を下げる。
「墓場にて、竜王の亡骸を利用していた何者かは確認できませんでした。」
「しかし、戦闘の最中、一人の少女が竜王の元へ歩み寄りました。」
王は黙って耳を傾ける。
「少女は祈りを捧げるように両手を合わせると、眩い光が墓場一帯を包み込みました。」
「その直後、竜王の魂は穏やかな表情を浮かべ、光となって天へ昇っていきました。」
「さらに、その場にいた竜族は少女へ深く頭を垂れ、恩人として敬意を示しておりました。」
王の表情が僅かに変わる。
「……ほう。」
密偵は続ける。
「少女の正体までは掴めませんでした。」
「ですが、エリス隊と共に帝国へ入ったことは確認しております。」
謁見の間に静寂が流れる。
王は玉座の肘掛けを指で軽く叩きながら、小さく呟いた。
「……欲しいな。」
「その力。」
側近は静かに王を見る。
王は視線を前へ向けたまま続ける。
「人を癒やし、竜族すら頭を垂れさせる力……。」
「帝国のためにも、手元へ置きたいものだ。」
側近は静かに頭を下げる。
「お調べいたしましょうか。」
王はゆっくりと頷いた。
「慎重にな。」
「決して騒ぎ立てるな。」
「まずは、あの娘が何者なのかを知りたい。」
「はっ。」
密偵は深く頭を下げる。
その姿を見下ろしながら、王は小さく息を吐いた。
「それにしても……。」
「エリスめ。」
「小娘一人のことを、ここまで伏せるとは。」
王の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「面白い。」
王は玉座の肘掛けを静かに指で叩く。
「……欲しいな。」
「その力。」
側近は黙って王の言葉を待つ。
王は静かに目を細めた。
「帝国の物に……。」
一拍置き、冷たく言い放つ。
「ならなければ。」
王は側近へ視線を向ける。
「……わかっているな?」
側近は表情一つ変えず、深く頭を垂れた。
「御意。」
王は再び玉座へ身を預ける。
「まずは探れ。」
「名も、素性も、その力の正体も。」
「決して悟られるな。」
「はっ。」
密偵と側近は一礼すると、静かに謁見の間を後にした。
誰もいなくなった謁見の間で、王は一人、小さく呟く。
「面白い。」
「あの娘が、この帝国に何をもたらすのか……。」
王は玉座へ深く身を預ける。
「……エリス隊か。」
小さく笑みを浮かべる。
「ふふっ。」
「あの小娘め。」
「面白い。」
王の呟きだけが、静まり返った謁見の間へ静かに響いた。




