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             異世界送魂師ヒルメ  ~涙は地に還り、想いは空へ還る~  作者: ケンボー


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14/18

帰路の焚き火

その瞬間。


竜王の身体は無数の白い光となって崩れ始めた。


光は夜空へ舞い上がり、一頭の巨大な白き竜の姿となる。


最後にもう一度だけエレンを見つめ、


優しく頷く。


そして天高く昇り、


星空の彼方へ消えていった。


◇ ◇ ◇


墓場から遥か遠く離れた丘の上。


一人の黒衣の男が、その光景を静かに見つめていた。


「……失敗か。」


男は静かに呟く。


その瞳は、眠るヒルメだけを見つめていた。


「なんなのだ……あの力は。」


「面白い。」


「調べる価値がある。」


男の口元が、不気味に歪む。


次の瞬間。


その身体は黒い霧となり、跡形もなく姿を消した。


◇ ◇ ◇


さらにその後方。


岩陰へ身を潜めていた帝国の密偵は、全身を震わせながら戦場を見つめていた。


「ば、馬鹿な……。」


「竜王が……浄化された……?」


喉が渇く。


手が震える。


「あの少女は何者だ……。」


「すぐに陛下へ報告しなければ……!」


密偵は馬へ飛び乗る。


砂煙を巻き上げながら、帝国へ向かって駆け出した。


◇ ◇ ◇


墓場では、誰一人その出来事を知る者はいなかった。


エレンは静かにヒルメの元へ歩み寄る。


眠るヒルメの前へ片膝をつき、優しく微笑んだ。


「小さな英雄。」


「本当に……ありがとう。」


そう呟くと、エレンは右手の人差し指へそっと牙を当てた。


ぷつりと皮膚が裂け、一滴の鮮やかな紅い血が指先から零れ落ちる。


フェネクスが目を見開いた。


「エレン様……!」


「それは……竜王の血。」


エレンは静かに頷く。


「竜王の血には、生命力と魔力を癒やす力が宿る。」


「魔力を使い果たした彼女なら……きっと力になってくれる。」


そう言うと、指先をヒルメの唇へそっと触れさせる。


紅い雫は淡い光となり、ゆっくりとヒルメの身体へ溶け込んでいった。


「父上。」


「あなたが命を懸けて守ろうとした竜族は、私が必ず守ります。」


「そして、この方への御恩も。」


エレンは静かに立ち上がり、竜族たちを見渡した。


「聞け、竜族よ。」


「ヒルメは、我ら竜族の恩人である。」


「彼女は父上を救い、我ら竜族を救った。」


「これより先、彼女へ牙を向ける者は、竜族すべてを敵に回すものと知れ。」


竜族たちは一斉に胸へ拳を当て、深く頭を垂れた。


「御意!!」


その光景を見つめていたエリスは、小さく息を吐く。


「……驚いたな。」


「誇り高き竜族が、一人の人族へここまで敬意を払うとは。」


「だが、それも当然か。」


「私たちも、ヒルメ殿に救われたのだから。」


アテナは眠るヒルメの傍らへ歩み寄り、優しくその手を包み込んだ。


「ヒルメ様……。」


「本当に、ありがとうございました。」


(なんて可愛いんでしょう……。)


「……可愛い。」


「え?」


思わず口から零れた言葉に、アテナ自身が固まる。


「ち、違います!」


「今のは違うんです!」


顔を真っ赤にしながら慌てて両手を振る。


「本当は……。」


「ありがとうございましたって言おうとしたんです!」


「心の中では、ありがとうございましたって……。」


「なのに、また間違えましたぁ……。」


恥ずかしさのあまり、その場にしゃがみ込んで顔を覆う。


フレイヤは腹を抱えて笑った。


「アテナ姉ちゃん!」


「またやったっすね!」


「ヒルメは確かに可愛いっすけど!」


「もうっ!」


アテナはさらに顔を赤くする。


フレイヤはヒルメの前へしゃがみ込む。


「ヒルメ。」


「ありがとっす。」


「みんな助かったっす。」


そう言って、眠るヒルメの頭を優しく撫でる。


その隣ではシロが嬉しそうに尻尾を振り、


「ワウッ!」


と一声鳴いた。


フェネクスも静かに一歩前へ出る。


胸へ手を当て、深く頭を下げた。


「ヒルメ様。」


「あなたは竜王様だけではありません。」


「竜族、そして私たち全員を救ってくださいました。」


「ありがとうございました。」


アリアナも静かにヒルメを見つめる。


「……礼を言う。」


「ありがとう。」


「お前がいなければ、この結末はなかった。」


一瞬の静寂。


そしてアリアナは全員を見渡した。


「だが、一つだけ約束してほしい。」


「ヒルメの力を、決して口外するな。」


「この力の存在を知れば、必ず利用しようとする者が現れる。」


「ヒルメを守るためにも、この場にいる者だけの秘密だ。」


エリスは真っ直ぐ頷いた。


「ああ。」


「私も同じ考えだ。」


「この件は、私が責任を持って報告する。」


「ヒルメの力については、一切話さない。」


アテナ、フレイヤ、フェネクス、エレンも静かに頷く。


誰一人、異論を口にする者はいなかった。


その時――。


「……ん。」


ヒルメの指先が小さく動いた。


ゆっくりと瞼が開く。


ぼんやりと空を見上げ、周囲を見回した。


「……あれ?」


「終わったんですか?」


エレンは穏やかに微笑む。


「ああ。」


「全て終わった。」


「父上も、安らかに旅立たれた。」


ヒルメは胸を撫で下ろす。


「……良かった。」


そう呟いた直後――


ぐぅぅぅぅぅ……


静かな墓場に、お腹の鳴る音が響いた。


ヒルメは固まる。


「…………。」


頬がみるみる赤くなる。


「……お腹、空きました。」


一瞬の静寂。


そして――


「ぷっ……。」


エリスが思わず吹き出した。


「ははははっ!」


フレイヤは腹を抱えて笑う。


「ヒルメらしいっす!」


「最後までヒルメっす!」


「ワウッ!」


シロも楽しそうに鳴いた。


フェネクスは口元へ手を当て、くすりと笑う。


アリアナも小さく息を漏らした。


「……ふっ。」


ヒルメは恥ずかしそうに俯く。


「わ、笑わないでください……。」


「魔力を全部使ったから、お腹が空いちゃって……。」


その言葉に、皆はさらに笑みを浮かべた。


張り詰めていた空気は完全に消え去り、墓場には穏やかな笑い声が広がっていた。


やがて笑い声が落ち着くと、エリスは静かに皆を見渡した。


「さて。」


「私たちも帝国へ戻ろう。」


「王への報告はこちらで済ませる。」


ヒルメは首を傾げる。


「私たちも帝国へ向かう途中ですけど……。」


エリスは頷いた。


「ああ、知っている。」


「なら、このまま一緒に行こう。」


「旅人を護衛しながら帰還した。」


「そう報告すれば問題ない。」


ヒルメは安心したように微笑んだ。


「ありがとうございます。」


アリアナは静かに口を開く。


「ヒルメ。」


「帝国へ着いても、今日のことは決して口にするな。」


「分かりました。」


ヒルメは真剣な表情で頷く。


エリスも力強く頷いた。


「安心しろ。」


「報告は私たちに任せればいい。」


「ヒルメのことは、必ず守る。」


アテナも微笑む。


「私も約束します。」


「誰にも話しません。」


フェネクスはヒルメの隣へ歩み寄った。


「ヒルメ様。」


「私はこれからも、皆さんと一緒にヒルメ様をお守りします。」


「どんな時でも。」


フレイヤは胸を張る。


「もちろんっす!」


「一緒に戦ったから、ヒルメはもう仲間っす!」


「誰かが狙うなら、私がぶっ飛ばすっす!」


「ワウッ!」


シロも力強く吠えた。


その様子にヒルメは照れくさそうに笑う。


「皆さん……。」


「ありがとうございます。」


エリスは小さく笑みを浮かべる。


「では、行こう。」


「帝国まで、あと二日ほどだ。」


それぞれが歩き始める。


竜王との別れを胸に刻みながら。


新たな旅路が、再び始まった。


◇ ◇ ◇


夕焼けが空を赤く染め始める頃。


帝国への街道を進んでいた一行は、小さな川のほとりで足を止めた。


エリスは辺りを見回し、小さく頷く。


「今日はここで野営にしよう。」


「了解っす!」


フレイヤは元気よく返事をすると、シロを連れて薪拾いへ走っていく。


「師匠!」


「競争っす!」


「ワウッ!」


シロも嬉しそうに駆け出した。


アテナは荷物を下ろしながら微笑む。


「私は夕食の準備をしますね。」


フェネクスも袖をまくる。


「では、私も手伝います。」


ヒルメは慌てて立ち上がった。


「あ、私も!」


しかし。


「駄目だ。」


エリスが即座に止める。


「今日はゆっくり休め。」


「だが……。」


「魔力を使い果たしたのだろう?」


「無理をするな。」


ヒルメは少しだけ困ったように笑う。


「……はい。」


アリアナは木へ寄りかかりながら静かに空を見上げる。


「久しぶりに静かな夜になりそうだな。」


穏やかな風が草原を吹き抜ける。


戦いの気配は、もうどこにもなかった。


やがて日が沈み、焚き火の上では鍋が静かに湯気を立てていた。


「できましたよ。」


アテナが木皿へ料理をよそう。


野菜と干し肉をじっくり煮込んだ温かなスープ。


焼きたての黒パン。


香ばしい匂いが辺りへ広がる。


「いただきます!」


ヒルメは両手を合わせると、勢いよくスープを口へ運んだ。


「おいしい!」


「すごくおいしいです!」


アテナは嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。」


「そう言っていただけると作った甲斐があります。」


フレイヤは大きなパンへかぶりつきながら笑う。


「今日はいっぱい食べるっす!」


「師匠もいっぱい食べるっすよ!」


「ワウッ!」


シロは嬉しそうに尻尾を振りながら肉へかぶりつく。


フェネクスはその様子を見て小さく笑った。


「こうして皆さんと食卓を囲める日が来るとは思いませんでした。」


エリスは木の器を手にしながら静かに頷く。


「ああ。」


「平和というものは、こういう時間を言うのだろうな。」


誰もが穏やかな表情で食事を楽しむ。


つい数時間前まで命を懸けて戦っていたとは思えないほど、静かな夜だった。


食事を終えると、それぞれが焚き火を囲んで腰を下ろした。


薪が静かに爆ぜる。


パチッ――。


パチッ――。


しばらく誰も口を開かなかった。


その静けさを破ったのは、フレイヤだった。


「そういえばっす。」


「私たち、お互いのこと全然知らないっすよね?」


「せっかくだし、身の上話でもしないっすか?」


そう言って皆を見回し、にっと笑った。


フレイヤの一言に、皆は顔を見合わせた。


エリスが小さく笑う。


「確かにな。」


「一緒に旅をしている割には、お互いのことを何も知らない。」


アテナも微笑みながら頷く。


「そうですね。」


「こういう機会でもなければ、ゆっくりお話しすることもありませんし。」


フレイヤは目を輝かせる。


「じゃあ決まりっす!」


「一番気になるのはヒルメっす!」


「どんな人なのか教えてほしいっす!」


「えぇっ!? 私ですか?」


突然話を振られたヒルメは、自分を指差しながら慌てる。


「もちろんっす!」


「ヒルメのこと、まだ全然知らないっすから!」


シロもヒルメの隣で元気よく鳴いた。


「ワウッ!」


皆の視線が集まる。


ヒルメは少し照れくさそうに笑うと、焚き火の炎へ視線を落とした。


「うーん……。」


「でも、私には特別なお話があまりなくて……。」


少し考え込んでから、ゆっくりと口を開く。


「この力も……。」


「気が付いた時には使えるようになっていました。」


「どうして私だけ使えるのかも分からないんです。」


「誰かに教わったわけでもありません。」


皆は静かに耳を傾ける。


「ただ……。」


「目の前で苦しんでいる人を見ると。」


「助けたいって思うんです。」


「亡くなった人も、ちゃんと安らかに眠ってほしいって。」


「そう思うと、自然に身体が動いてしまうんです。」


ヒルメは照れ笑いを浮かべた。


「だから私、本当に普通なんですよ?」


「皆さんみたいに剣も使えませんし、使える魔法も少ないですし。」


「ただ、この力があるだけなんです。」


しばらく静かな時間が流れる。


やがてエリスが穏やかに笑った。


「普通の者は、自分の命を懸けてまで他人を救おうとはしない。」


「ヒルメ殿は、十分すごい人だ。」


「そうっす!」


フレイヤも勢いよく頷く。


「だからみんなヒルメのこと好きなんすよ!」


「ワウッ!」


シロも嬉しそうに尻尾を振った。


ヒルメは照れくさそうに頬を掻く。


「えへへ……。」


少しだけ和やかな空気が流れたところで、ヒルメは今度はアリアナへ視線を向けた。


「じゃあ……。」


「次はアリアナさんのお話、聞かせてもらってもいいですか?」


アリアナは小さくため息をついた。


「私か。」


焚き火へ薪を一本くべる。


炎が静かに揺れた。


「私はエルフの里で生まれ育った。」


「それだけだ。」


フレイヤは頬を膨らませる。


「短すぎるっす!」


「絶対それだけじゃないっす!」


アテナも苦笑した。


「もう少し聞かせてください。」


アリアナは面倒そうに目を閉じる。


「……仕方ない。」


「私は、エルフ王候補の一人だ。」


その瞬間。


「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」


ヒルメたちの驚きの声が夜空へ響いた。


ヒルメは思わず立ち上がる。


「お、王様ですか!?」


アリアナは首を横に振る。


「違う。」


「候補なだけだ。」


「だが、私は興味がない。」


「王座など面倒なだけだ。」


フレイヤは目を丸くする。


「もったいないっす!」


「王様になれば好きなもの食べ放題じゃないっすか!」


アリアナは呆れたようにフレイヤを見る。


「お前は食べ物しか頭にないのか。」


「当然っす!」


「ワウッ!」


シロも元気よく鳴く。


思わず皆が笑った。


ヒルメは少し不思議そうに尋ねる。


「でも……。」


「王様になりたい人って、たくさんいるんじゃないですか?」


アリアナは静かに焚き火を見つめた。


「いるだろうな。」


「だからこそ私は嫌なんだ。」


「争ってまで手に入れたいものではない。」


「私は自由に生きたい。」


「ただ、それだけだ。」


静かな口調だったが、その言葉には強い意思が込められていた。


エリスは腕を組み、小さく頷く。


「……アリアナらしいな。」


アリアナは小さく肩を竦める。


「そういうことだ。」


フレイヤはニヤリと笑う。


「じゃあ次はエリス隊長っす!」


「隊長の話、聞きたいっす!」


エリスは苦笑しながら焚き火へ視線を向けた。


「私か……。」


エリスは少しだけ空を見上げた。


「私の話など、大したものではない。」


「父は農夫だ。」


「小さな畑を耕しながら、私を育ててくれた。」


ヒルメは穏やかに微笑む。


「優しいお父さんなんですね。」


「ああ。」


エリスも小さく頷く。


「口数は少ないが、誰よりも優しい人だ。」


「私が騎士になると言った時も、一言だけだった。」


『自分で決めた道なら、最後まで貫け。』


「それだけ言って送り出してくれた。」


フレイヤは感心したように頷く。


「かっこいいお父さんっす!」


エリスは少しだけ照れくさそうに笑った。


「母は……。」


その言葉で、一瞬だけ表情が柔らかくなる。


「昔、騎士だったそうだ。」


「私は幼い頃に亡くしてしまったから、ほとんど覚えていない。」


「父も母の話はあまりしない。」


「家の裏にある墓へ花を供える時だけ、少し昔話を聞かせてくれるくらいだ。」


ヒルメは静かに俯く。


「……そうだったんですね。」


「だから。」


エリスは焚き火を見つめながら続ける。


「今回、休暇をいただけたら久しぶりに帰ろうと思っている。」


「父も、一人だからな。」


フレイヤが勢いよく身を乗り出した。


「じゃあ、みんなで行くっす!」


「隊長のお父さんにも会ってみたいっす!」


アテナも嬉しそうに微笑む。


「私も賛成です。」


フェネクスも頷く。


「きっと賑やかな方が、お父様も喜ばれるでしょう。」


エリスは少し驚いたように皆を見渡し、やがて優しく笑った。


「そうか。」


「父も驚くだろうな。」


「では、その時は歓迎しよう。」


ヒルメも満面の笑みを浮かべた。


「楽しみです!」


焚き火の火が、ぱちりと小さく爆ぜた。


その温かな光の中、仲間たちの笑顔が静かに揺れていた。


先ほどまで死と隣り合わせの戦いを繰り広げていたとは思えないほど、穏やかな時間。


誰もが肩の力を抜き、それぞれの想いを胸に焚き火を見つめる。


まだ知らないことは、たくさんある。


互いの過去も、これまで歩んできた道も。


それでも今は――。


同じ焚き火を囲む、大切な仲間だった。


静かな夜は、まだ始まったばかりだった。

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