竜王の救済
《天照ノ大祓》
ドォォォォォォォォォォッ――!!
白銀の神光が墓場全体を包み込んだ。
竜王が天を裂くような咆哮を上げた。
胸へ突き刺さった黒き杭が激しく脈打つ。
ドクン――。
ドクン――。
《天照ノ大祓》の白銀の神光と、杭から溢れ出す瘴気が激しくぶつかり合う。
「グアァァァァァァァァァァッ!!」
竜王は苦しみながら暴れ始めた。
巨大な尾が大地を薙ぎ払い、前脚が墓石を砕き、翼が暴風を巻き起こす。
「総員、防げぇぇぇ!!」
エリスが叫ぶ。
ドゴォォォォォォォォン!!
巨大な前脚が振り下ろされる。
エリスは聖剣を両手で構え、真正面から迎え撃った。
「聖なる光よ。
我が剣へ宿り、
邪を断つ神剣となれ――」
《セイクリッド・ブレイク》
眩い聖光が聖剣を包み込む。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガギィィィィィィィィン!!
光の斬撃が竜王の前脚を真正面から押し返した。
凄まじい衝撃が戦場を揺るがす。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
足が地面へめり込む。
それでもエリスは一歩も退かない。
「今だ!!」
「アリアナ!!」
「任せろ。」
アリアナは静かに細剣を構えた。
翠色の魔法陣が幾重にも重なる。
「風を統べる精霊王よ。
我が呼び声へ応えよ。
全てを薙ぎ払う神風となれ――」
《テンペスト》
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
暴風が竜王の巨体を包み込む。
「グォォォォォォォッ!?」
巨大な身体がわずかによろめいた。
「今です!!」
アテナが杖を掲げる。
「大地を司る精霊よ。
その怒りを光の鎖へ変え、
暴れる魂を縛りたまえ――」
《グランド・チェイン》
無数の黄金の鎖が地面から飛び出し、竜王の四肢へ絡み付く。
「グォォォォォォォォォォォッ!!」
竜王は暴れる。
鎖が軋む。
「くっ……!」
アテナの腕が震える。
「長くは……保ちません!!」
「十分っす!!」
フレイヤが豪快に笑った。
「師匠!!」
シロは大きく頷く。
「ワウッ!!」
白銀のブレスが戦斧へ流れ込む。
神々しい輝きが刃を包んだ。
「オラァァァァァァァァッ!!」
ドガァァァァァァァン!!
白銀の一撃が異形の群れをまとめて飲み込む。
黒き異形は悲鳴を上げる間もなく浄化され、光の粒となって消えていった。
「道は開いたっす!!」
フェネクスは最後の魔力を振り絞る。
「皆さん……。」
「これが最後の祝福です。」
《エターナル・ブレッシング》
紅蓮の光が仲間たちを包み込む。
疲弊した身体へ再び力が宿る。
エレンはゆっくりと父を見つめた。
苦しみ続ける竜王。
胸で脈打つ黒き杭。
そして、自分のために命を懸けてくれている仲間たち。
「皆さん……。」
「ありがとうございます。」
静かに剣を構える。
「父上。」
「必ず……。」
「必ず、お救いいたします。」
エレンは大地を強く蹴った。
仲間たちが命を懸けて繋いだ一本道を、一切迷うことなく駆け抜ける。
その瞳に映るのは――
竜王ではない。
胸へ突き刺さった、黒き杭ただ一つだった。
「グォォォォォォォォォォォォッ!!」
赤黒く染まっていた瞳の奥で、一瞬だけ黄金の光が灯る。
「……エ……レン……。」
掠れた声。
苦しみに震えながらも、その口は確かに娘の名を呼んでいた。
「父上……!」
エレンの瞳から涙が溢れる。
「待っていてください!」
「今、助けます!」
しかし、その瞬間――
ドクンッ!!
胸へ突き刺さった黒き杭が激しく脈打つ。
「グォォォォォォォォォォォォッ!!」
竜王は絶叫し、全身から黒い瘴気を噴き上げた。
「しまった!」
アテナが顔色を変える。
「杭が抵抗しています!」
黒い瘴気は白銀の神光を押し返すように渦を巻き、竜王の理性を再び飲み込もうとする。
「父上ぇぇぇぇっ!!」
エレンは叫びながら剣を握り締めた。
「まだだ!」
エリスが聖剣を構える。
「ここで終わらせる!」
「アリアナ!」
「分かっている。」
アリアナは静かに細剣を構えた。
足元から翠色の風が巻き上がる。
「風を司る精霊よ。
我が剣へ集いて。
全てを断つ疾風となれ。」
《シルフィード》
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
翠色の暴風が竜王へ叩き付けられる。
「グォォォォォォォォォォォッ!!」
竜王の巨体が大きくよろめいた。
「まだだ!」
アリアナは細剣を握り締める。
「倒れろぉぉぉぉっ!!」
風はさらに勢いを増し、竜王の身体を押し込んでいく。
その隙を逃さず、アテナが前へ出た。
「今です!!」
杖を高く掲げる。
「大地を司る精霊よ。
その怒りを光の鎖へ変え、
暴れる魂を縛りたまえ――」
《グランド・チェイン》
ドォンッ!!
無数の黄金の鎖が地面を突き破り、竜王の四肢へ巻き付いた。
「グォォォォォォォォォォォッ!!」
竜王は咆哮を上げ、暴れ狂う。
鎖が軋む。
「くっ……!」
アテナは歯を食いしばった。
「お願い……!」
「あと少しだけ!」
その叫びに応えるように、エリスが聖剣を握り直す。
「私たちが繋ぐ!」
「エレン!」
「迷うな!!」
「はい!!」
エレンは頷き、再び地面を蹴った。
しかし。
あと一歩届かない。
その距離を見たフレイヤが豪快に笑う。
「届かないなら――」
「飛ばすっす!!」
「師匠!!」
「ワウッ!!」
シロは迷うことなくフレイヤの前へ駆け寄る。
フレイヤはシロを抱き上げ、大きく振りかぶった。
「行くっすよぉぉぉぉ!!」
ブォンッ!!
勢いよくシロを空高く投げる。
「ワウゥゥゥゥッ!!」
空中で一回転したシロは、白銀のブレスを放ちながら一直線にエレンへ向かって飛ぶ。
ドンッ!!
シロがエレンの背中を力強く押した。
「行けぇぇぇぇぇ!!」
エレンの身体が一気に加速する。
その姿を見たフェネクスは、静かに微笑んだ。
「皆さん……。」
「どうか、この想いを。」
《エターナル・ブレッシング》
紅蓮の光がエレンを優しく包み込む。
その身体は、まるで光そのものになったかのように軽くなっていく。
そしてヒルメの《天照ノ大祓》の神光が、エレンの剣へと流れ込み始めた。
白銀に輝く刃が、黒き杭だけを真っ直ぐ捉える。
「父上……。」
「今、救います。」
エレンは剣を強く握り締めた。
仲間たちの声が背中を押す。
ヒルメの祈り。
エリスの覚悟。
アリアナの風。
アテナの鎖。
フレイヤと師匠が繋いでくれた道。
フェネクスの祝福。
その全てが、この一振りへ宿っていた。
「父上……。」
「あなたから教わった誇りを。」
「今ここで、返します。」
エレンは大きく息を吸い込んだ。
「竜族王家奥義――」
その瞬間。
竜王の瞳が再び揺らぐ。
「……エレン……。」
微かに漏れたその声に、エレンは静かに微笑んだ。
「はい。」
「迎えに来ました。」
「父上。」
「これで終わりです。」
剣が天高く掲げられる。
白銀の神光が刀身を包み込み、黄金の輝きと混ざり合う。
「《竜皇牙》ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドォォォォォォォォォォォォン!!
一筋の光が夜空を裂いた。
エレンの剣は、竜王の身体へ一切触れることなく――
胸へ突き刺さった黒き杭だけを真っ直ぐ斬り裂く。
ガギィィィィィィィィン!!
黒き杭に亀裂が走る。
「グォォォォォォォォォォォォッ!!」
竜王が絶叫した。
杭は激しく脈打ち、黒い瘴気を噴き上げる。
「まだだ!」
エリスが叫ぶ。
「押し切れぇぇぇ!!」
ヒルメは杖を握る手へさらに力を込めた。
《天照ノ大祓》の光が一気に杭へ流れ込む。
「お願い……!」
「その魂を……返してください!」
ピシッ――。
小さな音が響く。
黒き杭の亀裂がさらに広がっていく。
一本。
二本。
三本――。
そして。
バキィィィィィィィン!!
黒き杭は、眩い白銀の光に包まれながら粉々に砕け散った。
「グォォォォォォォォォォォォッ!!」
黒き杭が砕け散った瞬間。
竜王の全身から凄まじい量の瘴気が噴き上がる。
「ギャァァァァァァァァァァッ!!」
黒い瘴気は悲鳴を上げるように暴れ狂う。
しかし――
《天照ノ大祓》の白銀の神光が墓場全体を包み込んだ。
黒き瘴気は次々と浄化され、夜空へ白い光となって昇っていく。
やがて。
竜王を覆っていた瘴気は、完全に消え去った。
赤黒かった瞳は黄金色へ戻る。
ヒルメは意識を失い、その場に倒れた。
「ヒルメ!」
「ヒルメ様!」
アリアナとフェネクスが駆け寄る。
フェネクスはヒルメの胸元へ耳を寄せ、静かに息を吐いた。
「大丈夫です。魔力が枯渇して倒れただけです。」
「時間が経てば、目を覚まします。」
「……エレン。」
掠れるような声。
誰も反応しない。
エレンだけが、はっと顔を上げた。
「……父上?」
その声は、確かにエレンへ届いていた。
「立派になったな。」
「私は……もう十分だ。」
その言葉と共に。
竜王の身体へ亀裂が走る。
パキッ……。
黒く朽ち果てた鱗が、少しずつ白い粒子へ変わっていく。
「父上……?」
「私はとうの昔に命を落としていた。」
「この姿は……瘴気が生み出した、偽りの器に過ぎぬ。」
エレンは首を振る。
「嫌です!」
「やっと会えたのに!」
竜王は優しく笑う。
「泣くな。」
「王が民の前で涙を流し続けるものではない。」
「エレンよ」
「竜族を頼んだぞ」
そして竜王は、ヒルメへ視線を向けた。
「送魂師よ」
「ありがとう」
「ようやく……眠れる」
その瞬間。
竜王の身体は無数の白い光となって崩れ始めた。
光は夜空へ舞い上がり、一頭の巨大な白き竜の姿となる。
最後にもう一度だけエレンを見つめ、
優しく頷く。
そして天高く昇り、
星空の彼方へ消えていった。
そして天高く昇り、
星空の彼方へ消えていった。
誰も言葉を発することはできなかった。
ただ静かに、その光の軌跡を見送る。
やがて最後の光が夜空へ溶けると――
墓場を覆っていた黒い瘴気は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
重苦しかった空気は澄み渡り、夜風が静かに吹き抜ける。
砕け散った墓石の間には、白い光の粒が蛍のように舞い、ゆっくりと天へ昇っていく。
「……終わった。」
誰かが小さく呟いた。
その一言で、張り詰めていた空気が解ける。
騎士たちはその場へ膝をつき、竜族たちも静かに頭を垂れた。
誰もが満身創痍だった。
それでも、その表情には確かな安堵が浮かんでいた。
エレンは剣を地面へ突き立て、ゆっくりと空を見上げる。
父が消えていった夜空を。
涙が一筋、頬を伝った。
「……父上。」
その言葉だけを残し、深く頭を下げる。
王としてではない。
一人の娘として。
静かな別れだった。
その様子を見守っていたエリスは、そっと聖剣を鞘へ納める。
「見事だったぞ、エレン。」
アリアナも空を見上げ、小さく息を吐いた。
「ようやく、本当に終わったか。」
「ワウ。」
シロはヒルメの隣へ歩み寄ると、その頬へ鼻先をそっと寄せた。
まるで「よく頑張った」と伝えるように。
フレイヤはその光景を見て笑みを浮かべる。
「師匠も、お疲れさまっす。」
フェネクスは眠るヒルメを優しく抱きかかえた。
「皆さん……本当に、お疲れ様でした。」
その声に、誰もが静かに頷く。
見上げた夜空には、もう黒い瘴気は一片も残っていなかった。
満天の星々だけが、静かに世界を照らしていた。




