22:依頼
服屋の店先には、何種類かのクロークが吊るされていた。
その中でも、赤いクロークだけが目立つように山積みにされている。
最近のガルドラボークは治安が悪い。盗賊、獣人狩り、行方不明。血生臭い噂には事欠かず、夜道で目立つ赤など、好んで身につけたがる者はいなかった。
店主は暇そうに頬杖をつきながら、ぼんやりと通りを眺めていた。その時、石畳を踏む足音が近づいてくる。客か、と思って顔を上げ──ぎょっとした。
そこに立っていた男は、顔の右半分が酷いやけど跡に覆われていた。白く濁った右目。鋭い目つき。店主は思わず息を呑む。だが男は、そんな視線には慣れきっているのか、何の反応も示さなかった。
無言のまま、店先に積まれていた赤いクロークを指差す。
「これを売ってくれ」
◇
赤いクロークを深く羽織った男──グリムは、石畳の通りを歩いていた。買ったばかりのクロークは、まだ布が硬い。歩くたびに裾が擦れ、かすかな音を立てる。
メルは、あのあと帰ってこなかった。朝になって廃材置き場へ向かったが、残されていたのは、あのりんごだけだった。
グリムは無意識に胸元へ手を当てる。過去のことだ。もう終わったことだ。そう割り切って生きてきた。
それなのに、メルの叫びが妙に頭から離れない。
グリムは小さく息を吐いた。考えても意味はない。
もともと、メルには少し稽古をつけていただけだ。同じ家で暮らし、食事をして、少し面倒を見ていただけ。それがなくなって、元の日常に戻った。ただそれだけだ。
そう自分に言い聞かせながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「お、おい!」
声をかけられ、グリムは足を止めた。振り向くと、そこにいたのはルナを追い回していた八百屋の店主だった。
以前よりも明らかにやつれている。目の下には濃い隈が浮かび、髪も乱れていた。落ち着きなく周囲を見回しながら、店主はグリムのもとへ駆け寄ってくる。
「あ、あの時は悪かった!」
グリムは何も答えず、黙って店主を見た。
「あの獣人のことだ!もう危害は加えない!盗みを働かれたことも水に流す!」
必死だった。
もっとも、ルナがりんごを盗んだのなら、謝る必要など本来ないはずだ。それどころか、追いかけていた店主を妨害したグリムのほうが、衛兵へ突き出されてもおかしくはない。
「だから助けてくれ!」
縋るような声だった。グリムはわずかに眉をひそめる。
「助ける?」
「あ、あの後、別の獣人に脅されたんだ……!食料を出せって……家までつけられて、また来るって……!」
店主の声は震えていた。
「家族も危ないんだ……頼む……!」
グリムは店主から視線を外す。
「衛兵に通報しろ」
「したさ!」
店主が悲鳴のように叫んだ。
「でも、まともに取り合ってくれねえんだよ!証拠はあるのかって!そんなことで動けるかって!」
店主はごくりと唾を飲み込む。
「あ、あんたなら話を通せるだろ!?あの獣人たちと関係あるんじゃないのか!?」
「関係ない」
即答だった。
「でも、お前と同じクロークを──」
「もういない」
店主が言葉に詰まる。グリムは淡々と続けた。
「お前が切りつけた獣人は死んだ」
店主の顔が青ざめる。反射的に一歩後ずさった。張り詰めた空気が流れる。
「でしたら、冒険者に依頼すればいいのでは?」
ふいに、別の声が割って入った。
グリムが振り向くと、そこには以前助けた冒険者の剣士──ゴルドが立っていた。
「報酬金さえ払えば、受けてくれる冒険者はいるかもしれませんよ」
ゴルドは穏やかな口調でそう言いながらも、ちらりとグリムのほうを見る。その視線には、どこか探るような色が混じっていた。
◇
冒険者ギルドへ向かっていく店主の後ろ姿を眺めながら、ゴルドが口を開く。
「すいません。盗み聞きするつもりはなかったんですが、話しかけるタイミングを伺っていたら、話が聞こえてしまって……邪魔でしたかね?」
申し訳なさそうに頭を掻いている。
「いや、助かった」
グリムは短く答えたあと、ゴルドへ視線を向ける。
「……それで、何の用だ?あの男の依頼は受けないぞ」
「まあ、そうですよね」
ゴルドは苦笑した。
「実は、グリムさんに指名の依頼が入ってるって話をギルドで聞きまして。偶然見かけたので、知らせておこうかなと」
「どんな依頼だ?」
「街の外れに強力な魔物が出たらしいんです。その討伐を、グリムさんにお願いしたいみたいで」
指名依頼。
薬草採取の依頼達成──というより、トロール討伐の噂が広まったせいだろう。
「そうか」
今は身につけていないが、家には冒険者プレートがある。どうしたものかと、グリムはわずかに考え込んだ。
「……その依頼を達成したら、プレートの色も変わるかもしれませんね」
ゴルドが何気ない調子で言う。その言葉に惹かれたわけではないが、ギルドには一度顔を出す必要があるとグリムは判断した。
「わかった。近いうちに行く」
ゴルドはにこりと笑った。しかし、そのあと少しだけ表情を曇らせ、声を落とす。
「……その、何か僕らに手伝えることがあったら言ってください」
先ほどの店主との会話のことだろう。隣にメルの姿がないことも含め、色々察しているのかもしれなかった。気を遣ってくれているのが伝わってくる。
グリムは少し黙り込んだあと、口を開いた。
「……じゃあ、一つ頼みがある」
ゴルドは意外そうに目を瞬かせたあと、すぐに身を乗り出してくる。
「はい!グリムさんは命の恩人ですから、できることなら何でも協力します!」
「お前たちのパーティに、魔法使いがいただろ」
ゴルドのパーティ”星剣”は、剣士、斥候、魔法使いの三人構成だったはずだ。
「はい。うちのグラスが中級までの魔法を使えます」
「そいつに、やってほしいことがあるんだ」




