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グリモワール  作者: えんぺら
第二章:消えない傷
22/30

22:依頼

 服屋の店先には、何種類かのクロークが吊るされていた。


 その中でも、赤いクロークだけが目立つように山積みにされている。


 最近のガルドラボークは治安が悪い。盗賊、獣人狩り、行方不明。血生臭い噂には事欠かず、夜道で目立つ赤など、好んで身につけたがる者はいなかった。


 店主は暇そうに頬杖をつきながら、ぼんやりと通りを眺めていた。その時、石畳を踏む足音が近づいてくる。客か、と思って顔を上げ──ぎょっとした。


 そこに立っていた男は、顔の右半分が酷いやけど跡に覆われていた。白く濁った右目。鋭い目つき。店主は思わず息を呑む。だが男は、そんな視線には慣れきっているのか、何の反応も示さなかった。


 無言のまま、店先に積まれていた赤いクロークを指差す。


「これを売ってくれ」




     ◇




 赤いクロークを深く羽織った男──グリムは、石畳の通りを歩いていた。買ったばかりのクロークは、まだ布が硬い。歩くたびに裾が擦れ、かすかな音を立てる。


 メルは、あのあと帰ってこなかった。朝になって廃材置き場へ向かったが、残されていたのは、あのりんごだけだった。


 グリムは無意識に胸元へ手を当てる。過去のことだ。もう終わったことだ。そう割り切って生きてきた。


 それなのに、メルの叫びが妙に頭から離れない。


 グリムは小さく息を吐いた。考えても意味はない。


 もともと、メルには少し稽古をつけていただけだ。同じ家で暮らし、食事をして、少し面倒を見ていただけ。それがなくなって、元の日常に戻った。ただそれだけだ。


 そう自分に言い聞かせながら歩いていると、不意に声をかけられた。


「お、おい!」


 声をかけられ、グリムは足を止めた。振り向くと、そこにいたのはルナを追い回していた八百屋の店主だった。


 以前よりも明らかにやつれている。目の下には濃い隈が浮かび、髪も乱れていた。落ち着きなく周囲を見回しながら、店主はグリムのもとへ駆け寄ってくる。


「あ、あの時は悪かった!」


 グリムは何も答えず、黙って店主を見た。


「あの獣人のことだ!もう危害は加えない!盗みを働かれたことも水に流す!」


 必死だった。


 もっとも、ルナがりんごを盗んだのなら、謝る必要など本来ないはずだ。それどころか、追いかけていた店主を妨害したグリムのほうが、衛兵へ突き出されてもおかしくはない。


「だから助けてくれ!」


 縋るような声だった。グリムはわずかに眉をひそめる。


「助ける?」


「あ、あの後、別の獣人に脅されたんだ……!食料を出せって……家までつけられて、また来るって……!」


 店主の声は震えていた。


「家族も危ないんだ……頼む……!」


 グリムは店主から視線を外す。


「衛兵に通報しろ」


「したさ!」


 店主が悲鳴のように叫んだ。


「でも、まともに取り合ってくれねえんだよ!証拠はあるのかって!そんなことで動けるかって!」


 店主はごくりと唾を飲み込む。


「あ、あんたなら話を通せるだろ!?あの獣人たちと関係あるんじゃないのか!?」


「関係ない」


 即答だった。


「でも、お前と同じクロークを──」


「もういない」


 店主が言葉に詰まる。グリムは淡々と続けた。


「お前が切りつけた獣人は死んだ」


 店主の顔が青ざめる。反射的に一歩後ずさった。張り詰めた空気が流れる。






「でしたら、冒険者に依頼すればいいのでは?」


 ふいに、別の声が割って入った。


 グリムが振り向くと、そこには以前助けた冒険者の剣士──ゴルドが立っていた。


「報酬金さえ払えば、受けてくれる冒険者はいるかもしれませんよ」


 ゴルドは穏やかな口調でそう言いながらも、ちらりとグリムのほうを見る。その視線には、どこか探るような色が混じっていた。




     ◇




 冒険者ギルドへ向かっていく店主の後ろ姿を眺めながら、ゴルドが口を開く。


「すいません。盗み聞きするつもりはなかったんですが、話しかけるタイミングを伺っていたら、話が聞こえてしまって……邪魔でしたかね?」


 申し訳なさそうに頭を掻いている。


「いや、助かった」


 グリムは短く答えたあと、ゴルドへ視線を向ける。


「……それで、何の用だ?あの男の依頼は受けないぞ」


「まあ、そうですよね」


 ゴルドは苦笑した。


「実は、グリムさんに指名の依頼が入ってるって話をギルドで聞きまして。偶然見かけたので、知らせておこうかなと」


「どんな依頼だ?」


「街の外れに強力な魔物が出たらしいんです。その討伐を、グリムさんにお願いしたいみたいで」


 指名依頼。


 薬草採取の依頼達成──というより、トロール討伐の噂が広まったせいだろう。


「そうか」


 今は身につけていないが、家には冒険者プレートがある。どうしたものかと、グリムはわずかに考え込んだ。


「……その依頼を達成したら、プレートの色も変わるかもしれませんね」


 ゴルドが何気ない調子で言う。その言葉に惹かれたわけではないが、ギルドには一度顔を出す必要があるとグリムは判断した。


「わかった。近いうちに行く」


 ゴルドはにこりと笑った。しかし、そのあと少しだけ表情を曇らせ、声を落とす。


「……その、何か僕らに手伝えることがあったら言ってください」


 先ほどの店主との会話のことだろう。隣にメルの姿がないことも含め、色々察しているのかもしれなかった。気を遣ってくれているのが伝わってくる。


 グリムは少し黙り込んだあと、口を開いた。


「……じゃあ、一つ頼みがある」


 ゴルドは意外そうに目を瞬かせたあと、すぐに身を乗り出してくる。


「はい!グリムさんは命の恩人ですから、できることなら何でも協力します!」


「お前たちのパーティに、魔法使いがいただろ」


 ゴルドのパーティ”星剣”は、剣士、斥候、魔法使いの三人構成だったはずだ。


「はい。うちのグラスが中級までの魔法を使えます」


「そいつに、やってほしいことがあるんだ」


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