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13:薬草採取

 森の中を、三人の人間が必死に駆けていた。


 枝を払い、ぬかるんだ地面を蹴り、荒い呼吸を漏らしながら走る。冒険者パーティ“星剣”。中級へ上がったばかりの彼らは、今まさに全滅の危機に陥っていた。


 原因は焦りだった。戦争が終わって以降、街の周辺は以前より安全になっている。騎士団や衛兵が巡回を強化し、危険な魔物も積極的に討伐されるようになった。


 その結果、冒険者向けの依頼は減った。特に問題だったのは、“ほどほどに危険で、ほどほどに儲かる依頼”が激減したことだ。初心者向けの雑用同然の仕事は残っている。逆に、上級冒険者向けの高難度依頼もある。だが、中級者が安定して食べていける仕事が少ない。星剣の三人も、その煽りを受けていた。


 一週間近く、まともな依頼を達成できていない。宿代。武器の手入れ代。食費。


 金は減る一方だった。だから彼らは、報酬は低いものの確実性の高い薬草採取依頼を受けた。ついでに森で弱い魔物を狩り、少しでも稼ぎを増やそう――そんな考えだった。


 最初は、うまくいっていた。薬草は順調に見つかった。途中で遭遇したゴブリンも数匹倒した。怪我もない。消耗も少ない。


 剣士の男――ゴルドは、その時点で判断を迫られていた。このまま帰るか。それとも、もう少し奥へ進むか。魔法使いの女、グラスにはまだ十分な魔力が残っていた。斥候役のスピナーも疲労は軽い。ならば、もう少しだけ奥へ行けば、さらに稼げるかもしれない。パーティのリーダーとして奥に進むことをゴルドは決定した。


 結果として、その判断が間違いだった。森の奥で、彼らを待っていたのは巨大なトロールだった。人間の三倍はある巨体。灰色の皮膚。腐った肉のような臭気。そして、一本の大木を削ったような巨大な棍棒。


 最初に発見したのはスピナーだった。だが、相手もすでにこちらへ気づいていた。トロールは視力こそ鈍い。その代わり、鼻が異常に利く。煙玉で視界を遮っても意味がなかった。煙の向こうから、正確にこちらを追ってくる。


 しかも、一歩が大きい。動き自体は鈍重なのに、距離が離れない。


 単純な怪力型の魔物なら、まだ対処はできた。実際、彼らは以前、巨大な熊型魔物を討伐した経験がある。


 問題は、再生能力だった。トロールは、即死でなければ傷が塞がる。腕を切ろうが、腹を裂こうが、時間が経てば回復する。


 星剣で最大火力を出せるグラスでも、一撃で仕留め切れるほどの火力はない。だから最初は、炎魔法で再生を阻害しながら戦うつもりだった。だが、トロールの棍棒が近くの岩を粉砕した瞬間、その考えは吹き飛んだ。


 真正面から戦えば、前衛のゴルドが攻撃を受けることになる。だが、あの一撃を耐えられる気がしない。結果、撤退を選んだ。


 しかし、炎を浴びせられたトロールは完全に怒っていた。執拗に追い続けてくる。


 そして今に至る。


 後ろを走るグラスの呼吸が明らかに乱れていた。魔法使いは体力が少ない。足も遅い。このままでは、森を抜ける前に力尽きる。


 逆に、グラスを置いていけば。ゴルドとスピナーだけなら、逃げ切れる可能性は高かった。


「どうする、ゴルド」


 走りながら、スピナーが低く問う。ゴルドは答えない。


 ちらりと後ろを見る。グラスが泣きそうな顔で走っていた。


 呼吸は乱れ、転びそうになっている。当然だ。目の前で“置いていくかどうか”を相談されているのだから。


 合理的に考えれば、答えは決まっている。一人を切り捨てれば、二人が助かる。だが。仲間を見捨てるなど、したくなかった。


 迷っている時間はない。背後では木々をへし折る音が近づいてくる。


「……俺が時間を稼ぐ!」


 ゴルドが立ち止まり、剣を抜いた。


 覚悟を決めた声だった。この状況になったのは、自分が“奥へ進む”と決めたせいだ。なら、犠牲になるべきは自分だ。ゴルドはそう考えた。


「おい!」


「ゴルド!?」


 スピナーとグラスが叫ぶ。だが、ゴルドはもう振り返らない。そのままトロールへ向かって駆け出した。雄叫びを上げながら、一気に間合いを詰める。狙うのは脚。一本でも潰せば、時間は稼げる。


 突然反転して向かってきたことに反応が遅れたのか、トロールの棍棒がわずかに遅れる。ゴルドはそれを回避し、そのまま左脚を斬りつけた。肉を裂く感触。だが、即座にじくじくと音を立てて傷が再生していく。


「くっ……!」


 すぐに剣を引き抜こうとした瞬間、横から衝撃が叩き込まれた。蹴り。剣で防御したが、威力を殺しきれない。身体が吹き飛び、地面を転がる。


「がっ……!」


 肺の空気が抜ける。それでも起き上がろうと顔を上げた瞬間、視界いっぱいに棍棒が映った。


 振り上げられている。間に合わない。避けられない。


 ここまでか。


 そう理解した瞬間、不思議と頭が冷えた。せめて最後に、一太刀でも入れてやろう。


 そう覚悟を決めた、その時だった。


 轟音。


 トロールの顔面で炎が炸裂する。


「グオオオオオッ!!」


 悲鳴とともに棍棒の軌道が逸れた。巨大な一撃が、ゴルドのすぐ横へ叩きつけられる。地面が爆ぜ、土と石が舞い上がる。


 ゴルドが振り返る。そこには杖を構えたグラスがいた。肩で息をしながら、それでも立っている。


「置いていけるわけ……ないでしょ」


 震えた声だった。だが、その目は逃げていない。


「そういうこった」


 気づけば、隣にはスピナーも立っていた。そのままゴルドの腕を掴み、強引に立たせる。


「二人とも……」


 ゴルドが何か言おうとする。だが、その声をトロールの咆哮がかき消した。


 炎に焼かれた顔を押さえながら、完全に怒り狂っている。三人は並ぶ。汗が流れる。息は荒い。勝てる保証など、どこにもない。


 それでも。誰も逃げなかった。星剣の三人は、武器を構え、巨大なトロールと対峙した。












 メルは順調に薬草を採取していた。


 森で育った獣人である彼女にとって、こうした作業は慣れたものだった。草の色、葉の形、土の匂い。ほんのわずかな違いで見分けていく。


 しゃがみ込み、根元を傷つけないように引き抜く。土を軽く払う。それを、後ろを歩くグリムの背負ったかごへ放り込む。その動作が、驚くほど早い。かごの中には、すでにかなりの量の薬草が溜まっていた。


 逆に、グリムは苦戦していた。薬草の見分けがまったくつかないのである。


「それは薬草じゃねえ」


 グリムが摘んだ草を見て、メルが即座に言う。


「……これじゃないのか」


「ただの雑草だ」


 また別のものを摘む。


「それも違う」


「似てるだろ」


「全然違う」


 そんなやり取りを何度か繰り返した結果、今ではグリムは完全に荷物持ちの案山子になっていた。薬草を採るたび、メルがひょいひょいとかごへ放り込んでいく。


「こんなもんでいいか」


 メルが満足そうに言う。かごは八割ほど埋まっていた。これだけあれば依頼達成には十分だろう。


「やるじゃないか」


 グリムが素直に言う。メルは得意げに鼻を鳴らした。


「あたしがいなかったら、仕事になってなかったな」


 実際、その通りだった。メルは匂いで大体の位置を把握している。湿った土。草の青臭さ。薬草特有の苦い香り。それらを嗅ぎ分け、次々と見つけていく。今、かごに入っている薬草のほとんどはメルが採取したものだった。


 メルは少し気分が良くなる。これまで何をやっても、グリムの方が上だった。強さも。仕事も。精神力も。


 だが、今回は違う。初めて、自分の方が役に立っていると思えた。依頼を受けた時、受付嬢には「丸一日はかかるでしょう」と言われていた。だが、実際には半日もかかっていない。

 

 報酬は銀貨十枚。二人で山分けすると決めていたため、メルの取り分は銀貨五枚になる。働きだけを見れば、メルの方が貢献していた。それでも、そのことで文句を言うつもりはなかった。約束は約束だ。それでも、街で仕事をするよりは稼げている。


「帰るか」


 グリムが空を見上げながら言う。太陽の位置を確認し、森の出口の方向へ歩き出した。二人は都市から北東へ進んできていたため、今度は逆方向へ向かう。


 しばらく歩いた、その時だった。メルの耳がぴくりと動く。足が止まった。大きな獣耳が、わずかに角度を変える。


「どうした?」


 グリムも立ち止まり、振り返る。メルは答えない。


 耳を澄ませている。木々の揺れる音。虫の羽音。小動物の足音。その中に、異質なものが混ざっていた。


 次の瞬間。


 ドン、と大きな衝撃音が森へ響いた。空気が震える。二人が同時に音のした方向を見る。


「……何か戦ってる」


 メルが低く呟く。グリムは少しだけ考えるように目を細めた。


「行ってみるか?」


 確認するように尋ねる。メルは短く息を吐いた。


「……行こう」


 次の瞬間には、二人とも地面を蹴っていた。木々の間を縫うように駆け抜ける。枝が顔をかすめ、湿った土が跳ねる。森の奥からは、再び重い衝撃音が響いていた。


 走るにつれて、音はどんどん大きくなる。木が折れる音。地面を叩く轟音。人の叫び声。戦闘が起きていることが、嫌でも分かった。


 そして、木々の隙間から見えたのは巨大な影。遠近感が狂うほど、大きい。


「トロール……!」


 メルが息を呑む。


 森で暮らしていた頃、一度だけ遠目に見たことがあった。父親の狩猟隊についていった時だ。その時、父親は即座に撤退を決めた。普段なら強気な獣人の戦士たちが、誰一人反対しなかったのを覚えている。


 後で聞いた。異様な嗅覚。致命傷すら塞ぐ再生能力。並の武器では殺し切れない怪物。火や魔法でも使わなければ、絶対に倒せないと。


 そして、それを語っていた父親こそ、メルの知る中で最も強い戦士だった。グリムとどちらが強いのかは分からない。だが、父親の方が強くあってほしいと、メルはどこかで思っていた。だからこそ、背筋が冷える。


 メルは速度を落とし、グリムへ叫んだ。


「あたしたちじゃ勝てない! 逃げよう!」


 グリムは走る速度を合わせたまま、短く返す。


「そうなのか?」


「ああ! 再生能力があって――」


 その時だった。


 視界の先で、トロールと接近戦をしていた剣士が吹き飛ばされる。


 地面を転がり、巨大な棍棒が振り上げられる。


 まずい。


 そう思った瞬間。


 視界の端から、グリムが消えた。















 何が起きたのか分からなかった。


 光ったと思ったら、トロールの首がはねられていたのだ。

 












 ずしん、と巨大な頭部が地面へ落ちる。


 メルもその場にいた冒険者たちも。誰一人、理解が追いついていなかった。


 何が起きた?どうやって?


 そんな疑問より先に、圧倒的な光景だけが目に焼き付く。


 少し遅れて、トロールの胴体が崩れ落ちた。地面が震え、轟音が響く。


 再生は始まらない。即死だった。


 首を落とされたトロールの死体を前に、赤いクロークの男――グリムが立っている。


 抜き放った剣には血はついていなかった。グリムは倒れたトロールを見下ろす。


 それから、近くで尻もちをついていた剣士へ視線を向けた。


「こいつの証明部位はどこだ?」

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