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14:報酬

 空が赤く染まり始めた頃、冒険者ギルドの扉が開いた。


 中へ入ってきたのは五人。冒険者パーティ“星剣”と、赤いクロークの二人組だった。


「早いな」


 朝、依頼へ向かう前に声をかけてきた禿頭の冒険者が、訝しげに眉をひそめる。


「ああ、楽勝だった」


 メルが得意げに胸を張る。


 それを見た男の顔が、さらに怪しいものを見る表情へ変わった。


「……お前ら、本当に薬草採取行ってきたのか?」


「行ってきたって。なんなら魔物退治だってしてきたぞ」


 メルが鼻を鳴らす。


 その横で、ゴルドが苦笑しながら割って入った。


「まあまあ、フリッツさん。そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか」


「……お前らも一緒だったのか」


 禿頭の冒険者――フリッツが星剣の三人を見る。


「なら、早く帰ってきたのも納得はいくが……」


「ええっと」


 グラスが困ったように視線を泳がせる。


「実は、助けられたのは私たちの方でして……」


「は?」


 フリッツの眉がぴくりと動いた。


「何言ってんだ。冗談だろ?」







 そんなやり取りを横目に、グリムは受付へ向かう。


「ようこそ、冒険者ギルドへ――あら、お早いご帰還ですね」


 朝に登録を担当した受付嬢が、営業用の笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「依頼達成の報酬を受け取りたい。あと、魔物討伐の証明部位も確認してくれ」


 グリムは背負っていたかごと、大きな布袋をカウンターへ置いた。どさり、と重い音が鳴る。


「はい、確認いたしますので少々お待ちください」


 受付嬢がかごと袋を受け取り、床へ下ろす。その途中で、何気なく尋ねた。


「ちなみに、どのような魔物を討伐されたんですか?」


「トロールだ」


 受付嬢の動きが止まる。


「……トロール?」


 一瞬、素で聞き返した。


「本当ですか?」


 疑わしげな目が向けられる。だが、すぐにはっとしたように表情を戻した。


「あ、失礼しました」


 慌てて営業スマイルへ切り替える。


「確認に少しお時間をいただきますので、あちらのお席でお待ちいただけますか?」


 近くの席を示す。


「わかった」


 グリムは素直に頷いた。そのまま席へ向かおうとした時だった。フリッツがこちらへ歩いてくる。顔は妙に真剣だった。


「お前がトロールを倒したと聞いたんだが、本当か?」


「ああ」


 グリムは淡々と答える。


「……実は魔法使いだったのか?」


「違う」


 即答だった。


 魔力自体は誰でも持っている。人間も。異種族も。魔物も。だが、魔法を扱うには特別な才能が必要だ。グリムにその才能はない。


「……じゃあ、その剣か?」


 フリッツがグリムの腰を見る。


「実はすげえ魔法武器だったとか」


「それも違う」


 ぼろぼろの剣だった。確かに妙な雰囲気はある。しかし、ぼろぼろだが強い力を持った魔法の剣というのは、おとぎ話の中でしか聞かない。


 そもそも、まともな魔法武器など上級冒険者ですら滅多に持てない。値段が桁違いなのだ。もちろん、グリムは持っていない。


「グリムさん、その剣でトロールの首を落としたんですよ」


 いつの間にか近くへ来ていたゴルドが口を挟む。


「しかも、一撃でだ」


 スピナーも続けた。


「正直、何が起きたか見えなかったわ」


 グラスが疲れたように笑う。


「ありえねえ……」


 フリッツが頭を押さえる。


 星剣の三人が、尊敬と畏怖の混じった目でグリムを見る一方、フリッツは完全に引いていた。


 メルはその反応を面白そうに眺めている。少しだけ胸がすっとした。自分が強いわけではない。だが、“自分の知っているグリム”が周囲を驚かせているのが妙に誇らしかった。


「お待たせしました」


 受付嬢が戻ってくる。その表情は、先ほどまでとは少し違っていた。驚きと警戒、そして隠しきれない興奮が混ざっている。


「確認が取れました。トロール討伐の報酬は、金貨十枚になります」


 そう言って、小袋を差し出す。中で硬貨同士がぶつかり、重たい金属音が鳴った。


「それと、薬草採取依頼達成の報酬です。こちらは銀貨十枚になります。お確かめください」


 追加で別の袋が置かれる。受付嬢は一礼すると、


「では、失礼します」


 と、どこか落ち着かない様子で受付の方へ戻っていった。


 周囲の視線は、まだこちらに集まっている。特に、グリムを見る目が変わっていた。トロールを単独で仕留めた。しかも、魔法も使わずに。その事実が、じわじわとギルド内へ広がり始めている。


 そんな空気など気にも留めず、グリムは袋の重さを軽く確かめると、隣のメルへ視線を向けた。


「報酬は山分け、だったな」


 メルは目を丸くする。


「……え?」


 思わず間抜けな声が漏れた。


「いや、でも……トロール倒したの、お前だろ?」


「あの薬草採取は、お前がいなければ終わらなかった」


 淡々とした声だった。


「依頼は二人で受けた。なら半分だ」


 そう言って、グリムは金貨の入った袋を開ける。中で、黄金色の硬貨が鈍く光った。メルの喉が、ごくりと鳴る。今まで見たこともない額だった。


 銅貨を数えて、治療費を返そうとしていたのが馬鹿らしく思えるほどに。











 メルは、真剣に悩んでいた。


「なあ……」


 後ろから、呆れたようなグリムの声が飛んでくる。


「ま、待ってくれ。これは慎重に決めないといけないんだ」


 メルは両手に剣を持ったまま、振り返らずに言い返した。


 グリムとメルは武器屋に来ていた。念願だった本物の剣を前にして、メルはかれこれ一時間近く悩み続けている。


 最初は、今回の報酬はできるだけ残しておこうと思っていた。だが、冒険者ギルドを出た瞬間、真正面に武器屋が見えてしまった。その途端、自分がずっと剣を欲しがっていたことを思い出した。そして同時に、ギルドで装備を馬鹿にされたことまで蘇ってくる。


 戦いを生業にする者たちが集まる場所の近くに武器屋を置く。商売としては、実に正しい。そしてメルは、見事に釣られた。

 半ば強引にグリムを引っ張って店へ入り、そのまま現在に至る。


 武器屋の中には、鉄と油の匂いが満ちていた。壁には剣や槍が並び、棚には短剣や革鎧が積まれている。奥では店員らしき男が砥石で刃を研いでおり、一定のリズムで金属音が響いていた。


 最初、メルはグリムも剣を買い替えるものだと思っていた。だが、グリムは「俺はいい」とだけ言って、壁際に立ったままメルを眺めているだけだった。あのボロボロの剣を、本当に使い続けるつもりらしい。


「……俺は飯を買って先に帰るぞ」


 ついにグリムがしびれを切らした。メルが慌てて顔を上げる。


「ま、待てって!」


「廃材置き場で待ってる」


 グリムは淡々と続けた。


「あの赤毛の獣人も待っているんじゃないか?」


「うっ」


 ルナのことを完全に忘れていた。この店を見てから、頭の中は剣のことでいっぱいだった。少しだけ罪悪感が湧く。


「……わかった。すぐ行く」


 今日は、いつもよりいいものを持って行こう。そう心の中で決める。


 だが、「すぐ行く」と言ってからも、メルはさらに長い時間悩み続けた。


 候補は二本。


 一つは、自分の体格に合った直剣。細身だが扱いやすく、重さのバランスもいい。値段は金貨二枚。


 もう一つは、それより少し長い直剣だった。メルにはやや大きいが、その分だけ刃も厚い。こちらは金貨一枚。安い。しかし、振るたびに少し無理をしている感覚がある。


「うーん……」


 右手と左手で交互に構える。悩ましい。


「お客さん、ずいぶん悩んでるみたいだな」


 筋骨隆々の店主が、にやにやしながら近づいてきた。日に焼けた太い腕を組み、メルの持つ剣を見下ろしている。


「二本まとめて買ってくれるなら、このポーションをつけて金貨五枚にしとくが、どうだ?」


 小瓶を軽く振って見せる。中の液体は、妙にどろりとしていた。メルはじっと店主を見る。


 流石に分かる。この流れは、絶対にろくでもない。粗悪品を掴まされるか、ぼったくられるか。そのどちらかだ。


「……こいつだけでいい」


 最終的に選んだのは、自分の体に合ったほうの直剣だった。値段は高い。だが、毎日振るなら、こっちのほうがいい。そう判断した。


「お堅いねえ。まいどあり」


 店主は肩をすくめながら剣を鞘ごと差し出す。メルは金貨二枚を払うと、腰へ剣を吊るした。重みが加わる。鉄パイプとは違う感触だった。腰に本物の武器がある。その事実だけで、胸の奥が少し熱くなる。メルは満足げに頷いた。


「……よかったら試し斬りしていかないか? 銅貨二枚で――」


「しねえよ!」


 即答だった。


 店主の笑い声を背中で聞きながら、メルは武器屋を後にする。外へ出ると、夕方の風がフードを揺らした。


 メルは一度だけ、新しい剣の柄を軽く握る。


 その感触を確かめるように。

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