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第5話 どっちが本当?

 ……誰だ、この美少女……?


 ――いや、違う。


 分かってる。分かってるはずなのに、目の前の光景がどうしても現実として処理できない。


 彼女は、そう、森本咲良だ。


 昨日まで、教室の隅で目立たなかったあの子が、今、俺のベッドの上で、無防備に眠っている。


 ……こんなの、反則だろ。


 学校での彼女とはまるで違う。どこか無防備で、静かで、美しい――


 ――かわいい。


 ……いや待て待て待て。

 何考えてんだ俺。相手はクラスメイトだぞ?


 寝顔を見て、『かわいい』って、普通にキモいよな……


 俺は慌てて目を逸らした。いくらウチに泊まっているとはいえ、同級生の寝顔を無断で眺めるのは良くない。



「咲良さん、朝だよ」


 俺が意を決して声をかけると、咲良さんがゆっくりと起き上がった。


「……ぁあ、おはようございます」


「おはよう」


 体を起こした咲良さんと目が合う。


 いつもはメガネで隠されている純粋な瞳が、俺の心を揺さぶる。


 彼女の目をまっすぐ見つめながら、俺の中に浮かんできたのは、さっきと同じ四文字だった。


 ――かわいい。


「「……あ」」


 俺と咲良さんが同時に声を上げた。


「めっ、メガネ……!」


 咲良さんが部屋を見渡している。


 俺は、さっき頭の中に浮かんできた言葉を喉の下の方に頑張ってしまいながら、彼女のメガネ探しを手伝う。


「あっ、あったよ」


 テーブルの上にポツンと置かれていたメガネを咲良さんに手渡す。


「あっ、ありがとうございます……!」


 咲良さんがメガネをゆっくりかける。


 うん、いつも通りの咲良さんだな。俺は少し安心しながらも、どこか残念に思いながら、朝ごはんの用意に取り掛かる。


「咲良さん、朝はご飯とパンどっち?」


「あぁ……多いのはパンですかね。面倒くさい時は食べないこともちょくちょく……」


「じゃあパンにするね」


 段々と咲良さんのズボラ具合が分かってきたが、その点には触れないでおこう。



 俺が朝ごはんの準備をしている間、咲良さんは、制服と教材を部屋から持ってきてから、学校に行く準備を進めていた。


「咲良さん、朝ごはん出来たよ〜」


 俺が声をかけるのと同時に、準備を終えた咲良さんが洗面所から戻ってきた。


「うわぁー! すごーい!」


 テーブルに並べられた朝食を見て、咲良さんが目をキラキラさせる。


 いつもよりは数段気合いを入れて準備したので、この反応は嬉しい……!


「好きなの食べてね」


「じゃあ……いただきます!」


 準備したといっても、そこまで手間はかけていないのだが……


「うーん! 美味しいです!」


 咲良さんは一口一口を頬張る度に、学校では見せない笑顔を浮かべていた。


「それなら良かった」


 俺もいつもとは違う咲良さんに、まだ少しドキドキしながら、朝ごはんを食べ進める。


「そういえば、咲良さん?」


「はい?」


「大家さんのとこ行った?」


「あぁ、ご飯食べたら行こうと思ってました」


「一人で大丈夫そう?」


 俺の問いかけに、咲良さんがいつも通りの不安げな顔を見せる。


「一緒に来てもらっても……?」


「……いいよ。俺もこれ食べたら準備しちゃうから」


「すみません、色々ご迷惑お掛けして……」


「大丈夫。全然迷惑じゃないよ」


 俺の言葉に、咲良さんの表情が少し明るくなる。学校でも、これくらい明るく過ごせればいいのに……



 俺たちは朝ごはんを食べ終わり、片付けも終えた俺は、制服に袖を通す。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは102号室を出て、咲良さんの部屋とは逆側、103号室の方へと向かう。 


 大家の西岡さんは103号室に一人で暮らしている。いつもは俺を見送ろうと、いや、本当は俺と咲良さんをだったんだろうけど、外に出て待っていてくれる。


 けど、いつも家を出るより30分くらい早い時間だったこともあり、まだ大家さんの姿は見えなかった。


「ごめんくださーい」


 ピンポンを押しながら声をかけると、小さく返事が帰ってきた。


「はいはい、朝からどうしました……って、一条君! それから咲良ちゃんも!」


「大家さん、おはようございます」


「何、あんたたち、仲良かったのねぇ」


 大家さんは驚きの表情を浮かべながら、俺と咲良さんの顔を交互に見つめている。


「大家さん、実は――」


 俺と咲良さんは、昨日の夜に発生した101号室の水漏れについて、事細かく説明した。


 実際に101号室の惨状を目にした大家さんは、ゆっくりと口を開いた。


「咲良ちゃん、昨日気づいてあげられなくて、ごめんなさいねぇ」


「いえいえ……! 昨日は一条君のトコに泊めさせてもらったので……!」


「ふーん、一条君のところにねえ?」


 大家さんが、意地悪な笑みを浮かべながら俺を肘でつついてくる。


 何ですか? 別にやましいことはしてませんが……?


「よし、じゃあ咲良ちゃん、今日中に業者の人に入ってもらうから」


「分かりました! お願いします」


「じゃあ、行ってきます」


「はい、いってらっしゃい」



 俺と咲良さんは、いつも通りの通学路を歩く。


 でも、やっぱりまだ慣れない。学校に行ったら彼氏のフリをしなければいけない。何とも言えないような緊張感が二人の間に流れていた。


 俺と咲良さんが教室に入ると、いつもいるはずの正樹君の姿が見えなかった。


 ふと時計を見ると、いつもより10分ほど高く登校してきたようだ。


 まぁ、そろそろ来るか。


 俺が席に着くと同時に、正樹君が元気な挨拶と共に入ってきた。


「おはよー!って、今日は一番乗りじゃない!?」


「おはよ、正樹君」


「新君、今日は早かったんだね」


「うん、まぁ、俺だけじゃないから」


 正樹君が教室を見渡すと、やっと咲良さんの存在に気付いたようだ。


「あっ、咲良さんも。今日早いんだね」


「……おはようございます」


 学校についてからの咲良さんは昨日までと同じく、メガネの印象が強い、地味な女の子だった。


 まぁ、これだけ他の人にアンテナを張り巡らせる正樹君が気づかないようだから、クラスでは相当存在感が薄いんだろう。


 俺も昨日までは全く気にかけてなかったが。


 ――本当に同一人物なんだよな……?


 昨日のウチでの印象が強すぎるせいで、どっちが本当の彼女か分からない。



 その後も、特に昨日と変わることなく、クラスメイトが続々と登校してくる。


 そして、いつも通り、あの二人も……


「おう、純平、龍一。二日連続間に合うなんて珍しいな」


「正樹、昨日も言っただろ。お前が早く来すぎなんだよ」


 いつもと同じようなやり取りを眺めていると、二人がゆったりとこちらに向かってくる。


「おい、一条」


「おはよ。どした?」


 俺の淡白な返事に、二人の顔が一瞬歪む。


「昨日はありがとなぁ。楽しいもん見せてもらったよ。悪りぃけど、少々口が滑って、お前らのこと色んな人に喋っちまった。ごめんなぁ?」


 二人の圧が昨日よりもさらに強く感じられる。それでも――


「あぁ、別に構わないよ。事実だし」


 教室の隅で咲良さんが不安そうに見つめている。


 ――大丈夫。任せといて。


「お前、あんまり俺らのこと舐めねぇ方が……」


 高橋が手を伸ばすと同時に、井上先生が入ってくる。


「おい! さっさと座れ! 出席取るぞー!」


「ちっ!」


 井上先生の目線がこちらに向くと、二人は渋々自分の座席へと向かっていった。



 午前の授業はいつも以上に長く感じられた。まぁ、昨日の寝不足のせいだろうけど……


「よっしゃー! 終わったー!」


 いつも通り、四時間目の終了と共に、多くの人が学食へと向かう。


「はぁ、俺も行くか」


 今日は弁当を作る時間がなかったので、俺も学食へと歩みを進める。


「おっ、一条じゃん」


 聞き慣れない声に呼び止められ、後ろを振り返る。


「あっ、清水さん」


 声をかけてきたのは、同じクラスの清水(しみず)暖愛(のあ)だった。


「ねぇ、誰かと食べる約束してた?」


「いや、してないけど……」


「じゃあ、一緒に食べない?」


 彼女は、クラスの中では、いわゆる一軍と呼ばれる地位にいた。比較的影響力がある。


「まぁ、いいよ」


 断ると後々面倒くさそうなんで、一応承諾しておく。


「ねぇ一条」


「ん?」


「彼女いるのに、他の女子とご飯ってどういうつもり?」


 ニヤッと笑いながら、そんなことを言ってくる。


 ――いや、そっちが誘ってきたんじゃん。


 そう言いかけた時、聞き覚えのある声が響いた。


「おっ、珍しい組み合わせだね」


 後ろからさらに声をかけてきたのは、正樹君だった。


「正樹、あんたも一緒食う?」


「まぁ、暖愛様のご命令とあらば」


 正樹君が冗談めかして答える。まぁ、二人きりも解消できたし、一件落着なのか……?


 という訳で、それぞれお昼を受け取った俺たちは、三人でテーブルにつく。


「席、空いてて良かったね」


「うん、本当に」


 他愛もない会話をしながら、それぞれの自己紹介をしていく。正直、あんまり興味ないんだけどな……


「あっ、あれ……!」


 急に正樹君が声を上げる。


 彼が指差す方向を見ると、そこには見慣れた顔が。


「おーい、咲良さーん!」


 声の先には、席を探している様子の森本咲良の姿があった。


「一緒に食べない?」


「えっ、いいんですか?」


「ちょうど空いてるし、二人もいいよね?」


「私はいいよ。一条は……って、聞くまでもないか」


 どうやら、俺たちの噂は清水さんの耳にも届いているようだ。まぁ、当たり前か。


 咲良さんがやっぱり申し訳なさそうに席に着く。


「ねぇ、あんまり話したことなかったよね?」


「はい、そうですね……」


 咲良さんが清水さんの圧に、分かりやすく押されている。


「ねぇ、森本さん」


「はい……?」


「あんたら、本当に付き合ってんの?」


 清水さんの言葉に、咲良さんが答えに詰まってしまう。


 咲良さんがこちらへ視線を送ってくる。これはSOSですかね……?


「本当に付き合ってるよ」


 思っていたのと違う方からの回答に、清水さんが少し驚く。


「やっぱ本当だったんだ」


「うん。本当です。まぁ、あんまり広めて欲しくはないけどね」


 俺の答えに、これ以上ツッコもうともせず、俺たちはそれぞれの食事へと戻っていった。


 咲良さんの方を見ると、小さく手を合わせてこっちを見ている。


 まぁ、これくらいは、ね。


 気まずい静寂を破るように、正樹君が新しい話題を放り投げてくれた。いつもより大分騒がしい昼食の時間がダラダラと過ぎていった。



 午後の授業は、午前よりも何倍も眠かった。


「じゃあ、解散!」


 帰りのホームルームも終わり、俺が帰りの準備をしていると、誰かに肩を叩かれた。


「……咲良さん?」


 俺の目の前には、恥ずかしそうに俯いている咲良さんの姿があった。


「あっ、あの、新君!」


「どした?」


「……今日も一緒に帰ってもいいですか?」


 その一言に、俺の心臓がわずかに跳ねる。


 ――ただの“帰り道”のはずなのに。

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