第4話 隣の彼女と越える夜
「咲良さん、何もそんな端っこの方に立ってなくても……」
いつも以上にモジモジしている咲良さん。
「あっ、すみません……」
うん。大分気まずい――
何かいつもより部屋の空気が重い気がする。
もちろん、ここはいつも通りの俺の部屋だ。ただ一つ、咲良さんがいることを除いては――。
どこか落ち着かないのは、俺も咲良さんも同じなのだろう。
「とりあえず、どこで寝るか決めようか」
「はい……。あの、私は床で大丈夫です……」
当たり前だが、俺の部屋にはベッドが一つ。ソファとかもないので、どっちかが床に寝るしか無いのだが……
「咲良さんはベッドで寝て」
「でも、これは一条君のベッドですし。それに、泊めさせて頂いてるだけで十分ですので……」
「俺のことは気にしないで。慣れない所なんだから、尚更ベッドで寝た方が良いよ。俺はどこでも寝れるからさ」
なかなか首を縦に振らない咲良さん。恐らく遠慮しているんだろうけど、女子を床で寝せて、自分はベッドで寝られるほどの度胸はない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
俺に押し切られる形で、咲良さんが渋々承諾した。
「一条君の部屋、綺麗ですね」
「そうかな?」
さっき頑張って掃除したからね、なんて恥ずかしくて言えない……
咲良さんが俺の部屋をジロジロと眺めている。
――なんか恥ずかしんですけど……?
「咲良さん何か飲む?」
「じゃあ、お茶とかあれば頂きたいです」
咲良さんの注意を部屋から逸らすように、俺はお茶をいれにいく。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
俺がお茶を手渡そうとすると、一瞬手が触れる。
「「あっ……」」
思わず声が重なる。
恥ずかしそうに俯きながら、俺のブカブカのTシャツを着ている咲良さんがマグカップを手で包み込む。
「一条君って、家事上手ですね」
「まぁ、人並みにはね」
「すごいです。私はまだまだで……」
咲良さんが、お茶を口に運びながら言葉を紡ぐ。
「俺も最初は何から手を付けていいか全然分からなかったよ。結局は慣れだよね〜」
俺の言葉に静かに頷いている咲良さん。
まだ彼女について全然掴めない。無理に会話をしようとするわけでもない。でも、この静かな状況も何か心地よい――
「一条君は、料理とかもするんですか?」
「うん、まぁ、いつもは自炊だね。咲良さんは?」
「私は全然……!」
一応聞いてみたが、やはり家事全般に苦手意識があるみたいだ。
お茶を飲み終わった俺たちは、他愛のない話をつらつらと続けていた。
「そろそろ寝ようか」
いつの間にか、日付が変わろうとしていた。明日も学校だ。これ以上の夜更かしはあまり良くないだろう。
「明日の朝イチで大家さんのとこ行こうか」
「はい、今日はお世話になります」
「じゃあ、おやすみなさい」
咲良さんはベッドで、俺は床で、それぞれが眠る準備を始める。
「寒くない?」
「……大丈夫です」
咲良さんはそう言いながらも、体を小さく丸めている。
「一応、もう一枚かけとくね」
俺は自分の毛布をもう一枚重ねた。
「……ありがとうございます」
「ううん、じゃあ、電気消すよ」
俺が電気を消すと、一気に静寂が姿を現す。
今日一日、色んなことがあった。今までほとんど関わってこなかったクラスの女の子。それなのに、彼氏のフリをし、こうして同じ部屋で眠りにつこうとしている。
この状況を理解しようとすればするほど、俺の目は冴えていく。
横になってから20分ほど経った。
――が、俺はいまだに寝れていなかった。時々襲ってくる睡魔の波に抗うように、俺の脳は、この部屋に漂う適度な緊張感を感じ取って、また俺を目覚めさせた。
「あの、一条君……」
何とかして眠ろうとしている俺の頭上から、か細い声が降ってきた。
「どうした?」
俺は振り向くことなく咲良さんの呼びかけに答える。
「まだ、起きてました……?」
「うん。起きてたよ」
咲良さんもなかなか寝付けなかったのだろう。俺もいつもと違う環境で寝るのは得意ではないので、気持ちはわかる。
「……そのー、今日はありがとうございました。学校で、助けてくれて……」
「別に大したことないよ。今日は何とかなったけど、これからはどうなるか分からないし」
「そうですよね……。でも、すっごい嬉しかったです」
咲良さんの言葉に、俺の心臓の拍動が少しだけ速くなる。
おい、何ドキドキしてんだよ……?
自分にツッコミを入れながら、冷静になろうと、また目を瞑る。
「あっ、それと!」
少しの沈黙に破るように、咲良さんがまた言葉を発する。
「ん?」
「今日、ここに泊まれてすごい安心しました……!」
咲良さんは安心したと言ってくれたが、逆に俺の方が落ち着かないんですけど……?
「……正直、ちょっと怖かったです」
「え?」
「部屋、あんな風になってて……」
一瞬、咲良さんの声が震えたような気がした。まぁ、今日は、学校でも、帰ってからも相当ハードな一日だったろう。
「一条君の部屋、なんか、すごい居心地良くて」
「それなら良かった……」
咲良さんの言葉に俺も少し安心する。女子を家に上げるなんて初めてだったし、もちろん、泊めたこともない。ここが咲良さんにとって、少しでも落ち着ける場所だったなら、それで十分だ。
「すみません、たくさん話しちゃって……!」
咲良さんの申し訳なさが、声だけで伝わってくる。
「ううん、全然大丈夫だよ。それじゃ、おやすみ」
「……おやすみなさい!」
また眠りへと意識を集中させる。なのに、俺の頭の中は、さっきの咲良さんの言葉が渦を巻くように繰り返されていた。
――はぁ、またドキドキしてる……!
結局、気持ちが落ち着くまで相当な時間を要してから、俺はだんだんと意識が薄らいでいった。
「……うぅん。もう、朝か……」
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、俺の目を目覚めさせた。
いつもより少しだけ早い起床。昨日なかなか寝付けなかったのも相まって、少しだけ体が重く感じられる。
「そうだ、大家さんのトコ……」
水漏れについて大家さんに伝えなくてはいけない。出来るだけ早い方がいいだろう。
俺は咲良さんを起こそうと、ベッドの方へ振り向いた。
……えっ?
思わず、目を疑った。
ベッドで眠っている咲良さんの顔には、いつもの黒縁メガネがない。
それだけじゃない。
柔らかくほどけた髪と、穏やかな寝顔が、まるで別人みたいで――
「……誰だ、この美少女……?」
いや、違う。
俺は彼女が誰であるかなんて分かってる。
分かってるのに――
俺はしばらくその場から目を離すことができなかった。




