第31話 彼女は甘々モード
夜8時。ようやく暖愛さんから解放された俺たちは、二人で静かな帰り道を歩いていた。
「咲良、今日は良かったの?」
「何がですか?」
「いやー、他の女子と一緒といるの嫌かなって」
「そりゃ嫌ですよ?」
街頭に照らされた咲良は、意地悪な笑みを浮かべていた。
「でも、ちょっとならいいかなって。家だったら新君を独り占めできますし!」
ニコッと微笑む咲良の顔がまた輝いている。2週間前とは別人みたいだ。
「確かにそうだね」
「ただ、あんまり距離近くなりすぎないでくださいね。あんまりベタベタしてると、私も嫉妬しちゃいますからね」
「分かってます……」
暖愛さんはそんな目的で俺に近づいてない……はず。こないだのカフェでの会話を思い出すが、きっとあれもいつもみたいに揶揄われただけだ。
『……私、まだ新のこと諦めたわけじゃないから』
あの時の暖愛さんの笑顔がくっきりと頭の中に残っている。暖愛さんの気持ちは分からない。普段は天真爛漫な彼女もやはり闇の部分を抱えていた。でもこの言葉は本心のような気がして――
「新君? どうかしました?」
「うん? あっいや、何でもない」
「そうですか。そういえば明日はなんか予定あるんですか?」
「特に考えてなかったけど……日曜日は買い出しあるから、二人で過ごせるのは明日だけかな」
咲良が少しだけしゅんとする。かわいい。
「じゃあ、明日はお家でゴロゴロしましょ?」
「俺は良いけど、せっかくの休みなのに、いいの?」
「はい! 新君と一緒に居られるだけで嬉しいです」
はっきりとそんなこと言われちゃうと、思わず口角があがってしまう。ずるいよ……
アパートに帰ってくると、明日からの休日に胸が高鳴る。学生に与えられた2日間の固定休は、1週間の疲れを癒す大事なオアシスだった。
夕食、お風呂を終えた俺たちは、そそくさとベットの上に移動していた。
「……近くない?」
近い。咲良の頭は完全に俺の胸の中に沈められていた。
「これが良いの……」
ウチの彼女は眠くなると甘々になるみたいで……
「ねえ、あれは?」
「あれって?」
「むぅぅ、あれだよあれ!」
そういって、ズイズイと顔を近づけてくる咲良。もう俺に逃げ場はない。
チュッ。
柔らかな唇に意識を支配される。普段の見かけからは全く想像できないくらいグイグイくるので、最初は戸惑ってしまったが、こうやって恋人同士になったからには躊躇うことも無くなった。
「うへへ……」
かわいさがカンストしている咲良の頭を撫でる。
「んん、くすぐったい〜」
『家だったら独り占め』
そんな言葉の通り、俺は完全に咲良の支配下だ。でも、それが心地良くて。
「朝の約束覚えてますよね?」
「朝……?」
「ほら、私が先に起きれたらってやつ」
「あぁ、あれね……」
「私が新君とより早く起きられたら、何しても良いって言ってましたよね?」
「そこまでは言ってないけど、まぁ大体そんな感じかな」
少々の語弊がある気がするが目をギラッギラに輝かせている咲良の圧に押されてしまう。
「明日、絶対に早起きしますからね!」
咲良が自信満々に足をバタバタさせている。この行為が彼女の自信と何の関係があるのかは分からないが、元気そうでなによりです。
「じゃあ、早起きするためにはさっさと寝た方が良いんじゃないの?」
俺の言葉に、ジトっとした目をされてしまう。
「……新君はもう寝たいってことですか?」
「いっいや、別にそういう意味じゃ……」
思わず言葉が詰まってしまう。
「ふーん。まぁ、別に良いですけどね」
放たれる言葉がいつもよりトゲトゲしてるのは俺の勘違いでしょうか。
「じゃあ、なんかお話しする?」
「いいですよ、新君が決めて」
女の子って難しい……!
ただでさえ初めての恋愛なのに、この隠れ小悪魔ヤンデレ気味美少女を相手するのはあまりにも重荷すぎる。
「じゃあ、寝ようかな――」
「それはダメです!」
うん。ミスったらしい。
「じゃあ何するの?」
「……何もしなくていいです」
え?
「さっきも言いましたけど、私は新君と入れるだけで幸せなんです。だから、こうやってべったりくっついてるだけで……」
また咲良が距離を詰めてくる。顔を近づけながら足は俺の足と絡まされ……って、刺激が強すぎませんかねぇ?
「すぅ……、すぅ……」
俺に体を預けていた咲良は、しばらくするといつも通りの寝息を立てていた。
あれだけ寝るのはダメって言っときながら自分で寝ちゃう彼女。うん、かわいい。かわいすぎます。
俺も寝るか……
一人で勝手に興奮冷めやらぬと言った感じだったが、明日早く起きれないと、咲良に好きにされちゃう(?)らしいので、念には念を入れて。
「おやすみ、咲良」
小さく呟いて、少しだけ咲良を抱きしめる腕に力を入れて、俺は眠りについた。
何の変哲もない土曜日の朝。しっかりといつも通りの時間に起きられた……
……はずだったんだけどなぁ?
朝目覚めた俺の目に飛び込んできたのは、俺の腰の上に跨っている咲良の姿だった。
「おはようございます、新君……!」
どうやらやらかしてしまったようです。




