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第27話 俺の好きな人

 鉛のように重い沈黙は、木曜日の朝にも続いていた。


 昨日の夜にはあれ以上の言葉を交わすこともなく、さっさとそれぞれが布団に入った。


 同居が始まって1週間半。隣の咲良の部屋では水道管の工事が行われていた。ここまでの同居生活が一瞬で過ぎていったように、残りの2週間ちょっとも颯爽と去っていってしまうのかもしれない。


 このままではいけない。もう俺にとって咲良はただの同居人ではない。彼氏のフリをしているとかそんなのは関係なしに、俺は――


 ――森本咲良が、好きだ。



 学校についてからの咲良は、昨日までと何ら変わりはなかった。俺を避けるような素振りも見せなければ、わざわざ関わってくることもない。


 やっと心を開いてきてくれたと思ってたのに、俺は自分の手で彼女の心に蓋をしてしまった。


「おはよ……って、なんかテンション低くない?」


「あぁ、暖愛さん。別にいつも通りだけど?」


 平然を装うように作った笑顔はいつも以上にぎこちないものだったのだろう。暖愛さんが更に心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、新、やっぱり元気ないよね? 正樹もそう思うでしょ?」


 突然話を振られた正樹君も隣の席から俺の顔を覗き込んでくる。


「うーん、言われてみたら確かに……」


 俺はそんなに心情が読みやすい顔をしてるんでしょうか?


「新、なんかあったら相談してね。私たち友達なんだから。まぁ、あんたの悩み事なんてどうせ……」


 暖愛さんが意地悪そうに微笑みながら咲良の方を見る。もう暖愛さんにはお見通しのようだ。暖愛さんからしたら俺の心を見透かすことなどお手のものなのだろう。


「ありがとね、暖愛さんの読み通りだけど、俺と咲良でしっかり解決するから」


「そう、じゃっ、頑張って!」


 爽やかに去っていく暖愛さんを目で追いながら、ふと教室の後ろの方へ目を向ける。


 隅の席で咲良が本を開いている。でもその様子はいつものように落ち着いたものではない。どこかソワソワしているように見えた。


 俺も昨日からずっと心の奥がモヤモヤしている。早く仲直りしたい気持ちは咲良も同じなのかもしれない。



 授業中もずっと頭の中で咲良とのことがぐるぐると渦を巻いていた。ここ最近、全然授業集中できてないな……


 これからテストもあるというのに。いけない、いけない。別に聞かなくても良いと思っていた授業でも、『ここテストに出すぞー』なんて言ってくれる先生もいるので全く聞かないというわけにはいかない。



 いつもなら『一緒に帰る?』とすぐにでも聞きにいくところなのだが、今日はなかなかその勇気が出ない。


 オドオドしてるのはダサいぞ! 新!


 自分で自分に檄を飛ばすも、俺の中の臆病はなかなか図太い奴のようで。


 早く声をかけないと、そして一緒に帰ってちゃんと話をしないと……!


「何してるんですか、帰りますよ!」


 モジモジしていた俺に予想外の声がかかる。後ろを振り向くと少し顔を赤くした咲良が立っていた。


「あっ、はい」


 なぜか咄嗟に敬語になってしまうくらいには、俺は動揺していた。朝は全く口を聞いてくれなかったのに、帰りはわざわざ俺に声をかけてくれるなんて……


 いや、でもこれも学校という公共の場だから。あくまでもいつも通りのカップルを演じているだけなのかもしれない。


 本当の気持ちは本人に聞いてみないと分からない。咲良の後に続いて、いつも通りの帰り道を歩く。


「ねぇ、咲良。何でさっき声をかけてくれたの?」


「……何でって、今まで一緒に帰ってたんだから、今日も一緒に帰るのは当たり前ですよね」


「まぁ、そうだね」


「それなのに、新君が何か……くねくね? してたので。話しかけてみただけです」


 俺のオドオドは咲良にはクネクネに映っていたらしい。なんか恥ずかしい……


「話しかけてくれてありがとね」


「別にそれくらいは普通です。学校では……君は私の彼氏なんですから」


 そう呟いた咲良の顔はさっきとは比べ物にならないほど真っ赤になっていた。


「そうだよな、俺たち恋人同士だもんな」


「……っ!」


「学校ではね」


 俺の言葉に分かりやすく動揺している咲良が本当にかわいい。ていうか、俺も大分素直に咲良がかわいいと認められるようになったな。これも成長の一つ。


 その後もお互いにいつもより少し力みながら会話が続いていった。



 家に帰ってくると、一気に心が重くなる。さっきまでは楽しい会話だったが、昨日俺たちに生じた亀裂は少しも塞がってない。


「あのさ、咲良。昨日の続きなんだけど」


「あぁ、それならもう良いです」


 へ?


 もう良いって……まだ何も気持ちを伝えられてないのに。


「新君の言いたいことは伝わってますし、私はたかが同居人。君のことを全て知りたいって、きっと全部知れるって思ってた私が悪かったんです。私が――」


「……違う」


「えっ?」


「違うよ、咲良。全然違うよ! 咲良はただの同居人じゃないよ。俺の大切な友達で。俺のことを好きでいてくれて。それに……それに、俺の好きな人だ!」


「すっ、好きな人!?」


 言ってしまった……。


 咲良は明らかに反応に困っている。ついつい勢いに任せて物事を動かしてしまうのは俺の悪い癖だ。


「あっ、あの、咲良。今のは色々あって――」


「嬉しいです」


 あまりにもストレートに飛んできた率直な言葉。


 咲良の顔には俺が大好きな優しい笑顔が戻っていた。


「その、新君の好きっていうのは、恋愛的にってことですか?」


「まぁ、それしかないよね……」


「うへへ……」


 思わず今まで聞いたことない反応が出てしまっているが、咲良が喜んでくれているのは確かだろう。


「じゃあさ、咲良」


「はい!」


「俺の話、もっかいちゃんと聞いてくれるかな?」


「もちろん!」


 俺はしっかりと咲良の方に向き直って、自分の気持ちを話し始めた。

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