第2話 彼氏のフリ、スタート
へ? 俺が咲良さんの彼氏?
「はぁ? そうなのかよ? 一条?」
うん? なんか面倒くさいことになってない?
俺の腕を掴む咲良さんの手が震えている。
クソ、もうどうにでもなれ!
「あぁ、そうだよ。俺の彼女に手ぇ出してんじゃねぇよ!」
恐らく、今までの人生で一番大きい声だろう。
「へぇ? 面白いじゃねぇか」
二人が一気に間合いを詰めてくる。
あっ、これ終わったか……? 普通に生きて帰れなくね?
でも、俺の予想とは裏腹に、二人は手を出してこなかった。
「ありがとなぁ、一条。面白いネタ拾わせてもらったわ」
「これからぁ、覚悟しとけよ――」
二人は同じように嘲笑しながら、俺を軽くどついて去っていった。
「ごめん! 一条君! 私のせいで……」
二人が見えなくなってから、咲良さんが勢いよく頭を下げる。
「いや、俺は大丈夫だけど、そっちこそ……」
「私は大丈夫。でも、君にはこんなに迷惑かけちゃって。私、怖くて……。どうしたら良いか分かんなくて。それで、君が彼氏とか、嘘ついちゃって……」
咲良さんは大分取り乱していた。恐らく、恐怖と安堵と申し訳なさが同時に押し寄せているのだろう。
「俺のことは気にしないで。とりあえず、学校の中入ろうか」
「……うん」
小さく頷いた咲良さんは、まだ控えめに、俺の制服の袖を掴んだままだった。
とりあえず教室に戻ろうという考えが安直だった。
教室に入った俺たち二人を出迎えたのは、クラスメイトたちの好奇の視線だった。
「おっ、噂をすれば、陰キャカップルの登場じゃねぇか」
どうやら、辛島と高橋によって、既に俺たちの噂は広まっているようだ。本当に姑息な奴らだ。
俺たちの前に二人が立ち塞がる。
「――どいてくれるかな」
「……っ、てめえ」
ここは教室だ。手を出してきたりはしないだろう。今は咲良さんを守るのが最優先だ。これ以上舐められたら困る。
「今日は許してやる」
二人はそう吐き捨てて、また教室の外に消えていった。
「ありがとう、一条君」
「ううん、とりあえず彼氏のフリはまだ続けとくから。あとは任せといて」
上手くできるかは分からない
でも――
彼女一人に背負わせる訳にはいかなかった。
「新君、大丈夫なの? あの二人に目ぇつけられたら、このあと大変だよ」
正樹君が心配して声を掛けてくれる。
「ありがとう。でも、大丈夫。上手くやるよ」
口ではこう言っていたが、本当は不安で仕方ない。
咲良さんは、自分の席に座って、一人で俯いている。クラスの一軍女子たちが、そんな彼女を怪訝そうに見つめた後、ちらっとこちらの方に視線を送ってきた。
面倒くさいことに巻き込まれたのは間違いないだろう。正直、逃げたい気持ちもあった。ただ、なぜか、咲良さんのことを放っておけない。
俺は気持ちが落ち着かないまま、午後の授業が始まった。
案の定、授業には全く身に入らず、あっという間に放課後になった。
俺は帰宅部なので、いつもなら一目散にアパートに帰るのだが……
「ねぇ、咲良さん。この後一緒に帰らない?」
「えっ?」
まずは彼女のことを知るのが最優先事項だ。
「どう……かな?」
「はい、じゃあ、一緒に……」
クラスメイトの目が少し気になるが、堂々としていればいい。こっち側がオドオドしてたら負けだ。
校門を出た俺は、少し後悔していた。
彼女の家がどこなのか全く知らない。今のところは同じ方向に歩いている。
「ねぇ、咲良さんの家ってどこらへん?」
「あっ、私実は下宿してて……」
『下宿』? わざわざ遠くからこの高校に進学してきたってことか? 俺と同じやつが他にいるなんて。
「そうなんだ。俺も下宿してんだよね。南町の方で」
「あっ、私も南町に住んでます」
「じゃあ、結構ご近所さんだったんだね」
「そうみたいですね。一条君も一人暮らしですか?」
初めて咲良さんから質問が飛んでくる。ウチの学校で下宿生活をしている人はなかなか珍しい。興味を持つのも当然か。
「そうだね。初めは慣れなかったけど、最近はもう家事も体に染み付いてきたかな。咲良さんは?」
「私は全然まだまだで……」
「そっか、時間かかるよね」
少し意外だったが、あまり触れないでおくか。
「咲良さんも南町住みなんだよね? アパート?」
「はい」
「どこらへんの所?」
「あのー、3丁目にある西岡荘ってとこです――」
俺の足が止まる。
「……一条君、どうしました?」
「何号室?」
「へ?」
「咲良さんの部屋番号は?」
「101ですけど?」
マジか……
なぜ俺の足が止まったか。それは、俺が西岡荘102号室の住民だったからだ。つまり彼女はお隣さん?
確かに大家さんが、隣も下宿してる高校生だって言ってたっけか。ちゃんと話聞いとけば良かった……
「咲良さん、実は、あの、俺もそこに住んでるんだよね」
「……っ!」
俺の突然の言葉に、咲良さんも分かりやすく驚きの表情を浮かべる。
「……じゃあ」
咲良さんが小さく呟く。
「学校では恋人のフリで、住んでる部屋は隣ってことですか……?」
「そう、なるね」
俺たちは顔を見合わせた。
――なんだか、とんでもないことになってきた気がする。




