第15話 金曜日は特別
いつも通りの目覚め。それでも、普段より幾分体が軽い。
そう、今日は金曜日だ。
学生にとって金曜日というのはなくてはならない存在である。もちろん、休みが一番なのは間違いないが、この休みに入る直前の助走期間とも言える金曜日。これが俺たちの心を癒してくれる。
昨日と同じように、隣では咲良がスヤスヤと寝息を立てている。
昨日寝付くのに、少々時間がかかったものの、寝不足というわけではないようだ。
まぁ、これも金曜日というスパイスの魔法の力なのかもしれないが。
俺は咲良を起こさないよう、ゆっくりとベッドを出る。一週間前は全く考えても見なかった生活だ。同級生と同じ布団で寝て、その同級生のための弁当も作っているのである。
「今日はどうしようかな」
弁当作りに取り掛かろうとした時、スマホから通知音がなった。
「誰だろ?」
こんな朝早くから連絡してくるような友達が俺にいただろうか。
スマホを持ち上げると、画面に一件の通知が表示されていた。
「えっ、暖愛さん?」
連絡の主は暖愛さんだった。にしても何の用だろう?
暖愛 『おはよ』
新 『おはよう、どした?』
暖愛 『朝早くからごめん。実はお願いがあってさ』
新 『はい』
暖愛 『遠足の買い出し、今日行ってもいい?』
朝早くからの連絡は遠足の買い出しについてだった。今日の放課後。まぁ、こんな俺に用事があるわけでもなく。
新 『いいよ』
暖愛 『マジ? 助かる〜 詳しくは学校で!』
新 『よろしく』
暖愛 『よろしくね〜』
本当は来週末辺りかと思っていたが、まあ、生鮮食品は来週でいいとして、それ以外を揃えられたら十分だろう。
弁当を作り終わった俺は、咲良を起こすというミッションもクリアし、自分の準備も済ませる。
朝ごはんをテーブルに並べると、咲良が駆けてくる。
ここ一週間のこのリズムが、だんだんと体に染み付いてきた。もはや、心地よく感じている自分がいる。
今週はずっと朝はパンだったが、来週は少しお米も混ぜてみようかな。
朝からもう来週のことを考えている時点で、俺はこの生活を楽しんでいるのだろう。でも、やはりそれを認めるのは少し恥ずかしい。
「うわ、今日は天気いいね」
だんだんと夏の姿をちらつかせてくる太陽が、今日も俺たちを照らす。
大家さんへの挨拶を済ませると、またいつもの通学路が待ち受けている。
「あっ、そういえば咲良」
「どうしました?」
「今日の放課後、暖愛さんと遠足の買い出しに行ってくるから、先に帰ってて。鍵は渡しとくから」
「……え?」
咲良が分かりやすく嫌そうな顔をしている。別にやましいことをするわけではない。ただの買い出しだ。そうなのに、俺も少し、ほんの少し、胸が痛くなった。
「しょうがないですねぇ、分かりましたよ」
「ありがと。じゃあ、そういうことで」
まだ寝起きの咲良。感情表現が少ないので、押し切ろうと思えば、結構簡単になんとかできる。
「でも――」
一件落着と思っていた俺に、咲良がまた話し始める。
「でも、すぐに帰って来てくださいね。じゃないと私……」
どうやら、俺は完全に依存されてしまったようだ。
「うん、分かってる」
これじゃまるで、本当の恋人みたいじゃないか。咲良によってなされた意識されます!宣言。どうやらこれは、二日足らずでもう達成されてしまったようだ。
でもまあ、俺が認めなければ、その事実が咲良に知られることはない。時間の問題だとは思うが……
教室に入ると、いつもとは違う顔が俺たちも出迎えた。
「おはよー、新。咲良ちゃん」
「暖愛さん、早いね」
「うん、今日は早く起きちゃってさ」
まぁ、わざわざあの時間に連絡して来たのだから、大体見当はついていたが。
「咲良ちゃん、ごめんね。放課後ちょっとだけ彼氏君借りるね」
「あっ、全然大丈夫です。いくらでもどうぞ」
咲良が、さっきまでの威勢は何処へというような反応を見せる。
「え、新、もう愛想尽かされちゃったの?」
「別にそんなんじゃ」
「強がっちゃって。咲良ちゃん、新に何されたの?」
「何もしてないですよ」
何もしてないのも普通は問題な気がするが、暖愛さんの大雑把な性格が功を奏し、それ以上暖愛さんの揶揄いが続くことがなかった。
「おはよーって、あれ?」
いつもより少し遅れて教室に入って来た正樹君が驚きの声をあげる。それは恐らく暖愛さんに向けられたものだろう。
「正樹、今日遅いんじゃないの?」
「確かに遅かったけど、暖愛、早すぎない?」
「たまたまねー。今日は私が一番乗りだよ!」
「くっ、暖愛に一番を取られるのは、少々癪に触るな……」
「何よ、それ笑」
この二人が揃うと、一気に教室内に色が現れる。パッと雰囲気が明るくなるのを全身で感じる。
教室に人が満ちていくこの時間。金曜日のこの時間は、やはりいつもより少し騒がしく感じられた。
それは俺たちも例外ではないわけで。
一週間酷使して来た体に鞭打って、最後の一日を乗り切る。
お昼は昨日と同じメンツで昨日と同じように食べた。
暖愛さんが弁当を褒めてくれるたび、咲良が機嫌を悪くしていたのは気になったが、みんなでワイワイと食べる食事も悪くない。
エネルギーチャージした午後の授業は、当たり前に睡魔に従属し、気がつくと長い長い一週間が終わりを迎えていた。
帰りの準備を終えると、すぐに暖愛さんが近づいて来た。
「新〜! 行こー!」
さぁ、今日の一大イベント。俺はしっかりこなせるのだろうか。




