第12話 同じベッドで眠る夜
あまりの顔の近さに、思わず顔を逸らす。
「意識させるって、どうやって……?」
「だから、色々です」
ニヤニヤと口元が緩んでいる咲良は、学校での彼女とは全くの別人に見えた。
俺、どんなことされちゃうの……?
「では、手始めに」
急に改まって咲良が真剣な表情に変わる。
「今日からは一緒にベッドで寝てもらいます」
え?
「いやいや、それはさすがに……」
「なんでダメなんですか!」
「そりゃ、いきなりそんなことできないし、二人で寝るには狭すぎるでしょ」
「それは、私の快適な睡眠が奪われるからという認識でよろしいですか?」
「まっ、まぁ」
やばい。確実に押し負けてる。咲良が何を考えてるか全く読めない。
「じゃあ、新君のその理由は無効です」
「え? 何で?」
「この同居生活のルール、覚えてますよね?」
咲良が意地悪な笑みを浮かべている。
そう、この同居生活のルール。それは『遠慮しないこと』。つまり、俺のさっきの理由は咲良への遠慮になるということだ。
くっ、負けた。
勝ち誇ったような顔をしている咲良。
「じゃあ、そういうことなので……いいですね?」
「はい、分かりました……」
いきなりキャラが変わりすぎじゃないかと、少しの驚きも孕みながらも、俺はこの状況を理解しようと頭をフル回転させていた。
その後は晩御飯、風呂と昨日となんら変わらない時間が過ぎていった。
それでも、頭のどこかには今日の夜に果たさないといけない任務がちらついていた。
咲良と一緒のベッドに寝る。正直期待していたことではあったのかもしれない。いや、きっと期待してはいたのだろう。
初めてウチに泊まりに来たのは、たった二日前の夜。それどころか、初めて話したのも、同じアパートに住んでいると知ったのも、全て二日前の出来事だ。
でも、あまりにも濃い二日間だった。
学校と家でのギャップ。メガネを外した顔。その全てが俺しか知らない特別なものに思える。
だから、俺は、自分が咲良に対して特別な感情を抱いているという事実を認識しても、そこまで不思議に思うことは無いのかなと思っていた。
――でも、それは大きな間違いだったようだ。
目の前で咲良が、さっきと同じような笑みを浮かべている。
「じゃあ、先に横になりますね」
そう言って、咲良は俺のベッドの上に寝っ転がった。
さぁ、後は俺が行かなきゃ行かないのだが。
「じゃあ、俺も……」
そう言葉を発したのはいいものの、なかなか一歩を踏み出せない。
正直、もっと時間をかけて距離を縮めていくものなのかと思っていた。1ヶ月。これほど長い時間がある中で、これほど早く、こんなに距離が近づくとは思っていなかった。
「来ないの?」
ずるい。ずるすぎる。
こんなの意識しないなんて無理だろ……!
咲良の挑発で、逆に俺の決心がついた。咲良が待っているベッドに俺も横になる。
近い。ただただ近い。
互いの息が当たるような距離。他の人とこんなに近い距離感になったことはあるだろうか。
向かい合うような形なので、咲良の目線をずっと向け止めなければいけない。
「あの、恥ずかしいんだけど……」
「それは意識してるってことですか?」
やっぱり、この人、急にキャラ変わりすぎじゃないですか?
「いや、まだ」
「ふーん、『まだ』ねぇ?」
鋭く痛いところをついてくる咲良に耐えられず、俺は寝返りを打って体の向きを変える。
「あっ、ずるい」
ずるいのはどっちだよと思いながら、俺はその声に応えることなく、目を瞑って眠ろうとした。
が、全く寝れる気配がない。
咲良が最初に泊まりに来た日もそうだったが、緊張し過ぎてなかなか寝付けない。
しかも困ったことに、明日は朝から俺、咲良、暖愛さんと、三人分の弁当を作らなきゃいけない。それなりに早い時間に起きたかった。
「新君? 起きてますか?」
もうすでに眠そうな咲良の声が聞こえる。
「……起きてるけど?」
「やった」
「あのさ、急にこんなことやり出して、どうしたの?」
「気になります?」
「まぁ、そりゃ」
「じゃあ、こっち向いてくれたら、教えてあげますよ?」
咲良の提案にまんまと乗せられ、俺は再び寝返りを打つ。
「へへっ、こっち向いてくれた〜」
咲良が、学校じゃ絶対見せないような弾ける笑顔を見せる。
――かわいい。
本当に単純な男だと思う。ただ、しょうがないよな。
「ほら、早く教えて」
「しょうがないですねぇ」
咲良が表情が一瞬だけ顔が曇ったように見えた。それでも、続けて話し出す。
「私、前、中学で上手くいかなかったって言ったじゃないですか。だから、こんなに他の人に優しくされるの初めてで」
「そうだったんだ」
「はい、だから、新君が助けてくれた時、すっごい嬉しくて。それで、あの――」
「それで?」
「……もっと仲良くなりたいなって。友達になろうって言ってくれたし、でも、友達で終わっていいのかなって」
「咲良、それ以上は、また今度にしない?」
「え?」
正直、この続きを聞くのが怖かった。それに、もっと真剣に聞きたいという気持ちもあった。
「確かにそうですね。明日も学校ですし」
「うん、じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
また目を閉じる。それでも、隣にはっきりと咲良の温もりを感じる。
ちゃんと向き合わないとな。咲良とはもちろん。自分とも。
またくどくどと考えてしまいそうな夜は、時間の流れに逆らわず、いつも通りに過ぎていった。




