第11話 意識させます!宣言
「あのさ、もしかして、何か怒ってる……?」
隣を歩く咲良さんに、恐る恐る聞いてみる。
学校を出てから一つも会話が生まれていない。一昨日、昨日と少しではあるが、会話が続き始めていた中で、今日のこの雰囲気は違和感があった。
「いえ、別に」
やっと帰って来た返事は、やはり淡白なものだった。
俺、何かやらかしたかな……?
結局、その後会話が交わされることはなく、俺たちは西岡荘へと帰って来た。
部屋の中に入っても、気まずい空気が流れている。
そう、良くある親友との喧嘩とかっていうのは、帰り道で別れ、それぞれ家に帰ってからが本番だ。やっぱアイツは良い奴だとなって、次の日に仲直りする胸熱展開である。
しかし俺と咲良さんは、現在同居中。嫌でもこのギスギスした空気の中で過ごさなきゃいけない。
とりあえず、早く解決した方がいいのが確かだ。
「あのさ、咲良さん」
「はい?」
「やっぱり、俺、何かやっちゃったよね?」
こういう時、どんな風に聞くべきなのか分からない。きっと、正樹君ならもっと上手く相手の気持ちを引き出せるんだろうなぁ、とどうでもいいことをまたぼんやりと考えている。
「心当たりはありますか?」
咲良さんが少し意地悪そうに聞いてくる。
心当たり。確かなものがある訳では無いが、思いついたのは――
「もしかして、遠足の役割分担?」
咲良さんは調理担当。ただ、彼女があまり料理が得意では無いことを俺は知っている。
そこをフォローできなかったのを怒っているのか。これが俺の心当たりとできるものだ。
「半分、当たりです」
咲良さんからの答えは、少し意外なものだった。
「半分?」
「はい、半分。もう一つあります」
「ごめん、そっちは本当に分からないかも……」
俺の情けない答えに、咲良さんがため息をつく。
「じゃあ、教えてあげましょうか」
「お願いします」
理由を教えてくれるだけ、まだ関係修復の兆しが見える。
「もう一つは、清水さんのことです」
「暖愛さん?」
「はい。まず確認なんですけど、二人は元々仲良かったんですか?」
「いや、それこそ、こないだまで全然話したことなかったよ?」
「なのにもう名前で呼び合ってるんですか?」
「うん、まぁ、あっちが名前でいいって言ってくれたから……」
ここまで、何が問題なのか全く分からない。もう少し聞いてみた方がいいだろう。
「じゃあ、本題です。新君、君は学校では私の……?」
「彼氏、ですね」
「そうですよね。なのに、私のことは『さん』付けでしか呼んでくれないですよね?」
「うん。そうだね」
咲良さんからの質問攻めに少したじろぎながら、一応同意の意を、一つ一つの言葉に示していく。
「清水さんのことを『暖愛さん』って呼ぶなら、私のことは『咲良』って呼んでください」
「え?」
咲良さんの言葉に、さらに戸惑う。
「それは、呼び捨てで呼んでほしいってこと?」
「はい。彼女なのに『さん』付けはやっぱりおかしいです」
「分かった。じゃあ、学校では呼び捨てにするね」
「ダメです」
うん?
せっかく全て解決したと思ったのに、ダメってどういうことだ?
「家でも呼んでくれないと、ダメです……」
咲良さんが少しだけ顔を赤らめながら、俺の方を見ている。
「うん、分かったよ。咲良」
俺があまりにもあっさり呼んだので、今度は咲良が困惑の表情を浮かべる。
残念だが、俺はそこまで人を呼び捨てにするのに抵抗はない。
東京の家に住んでいた時は、父の部下は平気で呼び捨てにしていたし、俺専属の執事もいた。
そんな環境だからこそ培われたこの能力。まさか役に立つことがあるとは思わなかったが。
「まっ、まだあります!」
拍子抜けしたような顔をしていた咲良が、また威勢を取り戻す。
「今度は、何?」
「新君は清水さんと仲良くしすぎです!」
「仲良くしすぎか……。そうかな?」
ただ挨拶をしてくれる、そんな軽い関係だと思っていたが、咲良の目にはそうは映らなかったようで。
「清水さん、絶対新君のこと好きですよ!」
「そうかな? 全然そんな素振りなかったけど?」
「新君が鈍感なだけです!」
咲良のあまりの勢いに、少し押されつつも、しっかりとした受け答えは崩さない。
「暖愛さんは元々ああいう性格なんだよ。人との距離が近いっていうか」
「うーん、そう、なんですか?」
なかなか納得がいってないような咲良に、逆に質問を返す。
「ていうか、咲良はさ、俺と暖愛さんの距離が近いと、そんなに嫌なの?」
俺の質問に、咲良が一瞬固まる。
そう、俺はあくまでも咲良の彼氏の『フリ』をしているだけだ。
実際の彼女ならまだしも、結局は赤の他人な訳で。
「……嫌です」
「なんで?」
咲良が絞り出した答えにさらに質問を重ねていく。ここまで来たら俺もしっかり彼女の気持ちを知っておきたい。
「それは、そのー。気になるじゃないですか。一応新君は、私の彼氏っていう体なので。嫌でも意識しちゃうんですよ!」
「意識、か」
「新君は意識しないんですか?」
今度は咲良に主導権を握られてしまったようだ。まぁ、真面目に答えた方がいいか。
「うーん、あんまり意識しないかな」
俺の答えに、咲良が少しがっかりしたような顔を見せる。
ちなみに、俺が咲良のことを意識していないというのは、全くの虚言である。
もちろん、恋愛感情が全てではないが、家で見せる純粋な彼女の姿には惹かれるものがある。
ただ、これを正直に言えるほど、俺のハートは強くない。
「じゃあ――」
咲良ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、意識させて見せます」
「へ?」
「だから、新君が私のことを意識するように、本当に好きになってくれるように、私、これから色々頑張ります!」
突然の宣言に、何も応えられないでいると、咲良が顔を近づけてきた。
「……覚悟、しといてくださいね?」




