ハビタブルゾーン
五十五、ハビタブルゾーン
カニンヘン領ではメネラウスの葬式が行われた。
故人はマニとの同意で、立会人のもとでルールに則った決闘で敗北し、死亡したと皇帝に伝えられた。
同時に勝利したマニはカニンヘン家に婿入りし、辺境伯の地位が認められた。
妹のココアがとりあえずはドレイク子爵位を引き継ぎ、ドレイク領を治めることになった。
ココアの補佐として、ヘレンが信頼できる人材を数人派遣してくれている。
ある日の昼下がり、カニンヘンの屋敷の庭でマニとタンは遅めの昼食をとっていた。
「えいっ」
マニが投げたフォークがテーブルの皿に盛られたリンゴをかすった。
「惜しい、じゃあ次は俺が」
続けてタンがナイフを放り投げるとぶすっとリンゴではなくオレンジに刺さった。
「すげえ」
「あははははは」
二人は年が近いのもあり、手合わせを重ね、一緒にトレーニングするうちにすっかり仲の良い友人になっていた。
プライベートでは身分に関係なく、ふざけ合える仲だった。
比較的穏やかな性格のタンはマニの初めての友人だった。
「二人とも何をしているの?」
「ヘレン……」
「ヘレン様」
二人は恐怖で顔が引きつっている。
ヘレンのお説教から解放されたマニは領内を見て回った後、宝物殿へ来ていた。
そこには竜の角から作った剣が展示してある。
ラムダが天使だったころに会得した最先端の回復魔法を使えば、角は元に戻るという話だった。
しかし、剣には装飾が施されていて想像以上のかっこよさにそのまま置いておくことにした。
いつか振ってみたいとは思っている。
師匠に剣技を教えてもらえたらな。
「すみません、マニさん。今、少しお話いいですか?」
声をかけられ振り返ると、ラムダがフギンとムギンを連れて立っていた。
了承すると宝物殿併設カフェに案内された。
来場客は今もちろんいないので、四人だけの空間である。
窓から夕陽が差していて、フギンはレースカーテンを閉めに行き、ムギンはお茶を淹れに厨房へ行った。
「ここは普段は従業員が休憩するのにも使っているのですよ」
「それはいいですね」
他愛ない世間話の間、ラムダに何を言われるのかマニは不安しかなかった。
やがてお茶をお盆に乗せて、ムギンが戻って来た。
よし、やばくなったらすぐ走って逃げよう。
マニは逃走経路をシミュレーションして緊張を紛らわせた。
やがてラムダが口を開いた。
「実は私の部下のフギンとムギンは完全には悪魔に堕ち切れてないのです。私が天国から追放された時に着いて来てしまっただけで、別に彼女たちは神を裏切ったわけではないからです」
「そうなんですか」
そういえば彼女たちの羽は黒いが、神殿で会った悪魔とは羽の形が違う。
あの悪魔は蝙蝠のような羽をしていた。
「悪魔になり切れない堕天使にとって、この世界に満ちる魔力は有害なのですよ。ですが、魔力の薄いこのカニンヘン領では生きていける。天使にとってこの世界の唯一のハビタブルゾーンとなっているのです」
「ああ……」
少し早めの口調のラムダの話になんとかついて行く。
だからメネラウスとの契約から解放されてもラムダはここから出て行かなかったんだ。
「それで、お願いしたいのですが、これから先もあなたと親交がある湖の魔女をこの地に招かないでください。湖の魔女の通った後には魔力あふれる北の森の湖とつながった池がついて回り、各地に魔力を分配する役目もあるのですが、これが堕天使たちには裏目に出るのですよ。困ったことですけどね」
「わかりました」
サンサに初めて会った頃、各地を定期的に放浪しているという話をしていたのを思い出した。
そういう理由もあったのかぁ。
そういえば、ヘレンがマニの育ての親的な存在のサンサとキャスに挨拶したいと言っていたので、いつか二人で色々説明しに北の森に行かないとな。
「今度、湖の魔女に会った時に伝えておきます。そして、フギンさんとムギンさんの秘密については一部の人だけの秘密にします」
「マニさん、ありがとうございます」
話は終わり、ほっとしてマニは屋敷に戻った。
辺りは日が落ち、暗くなっていた。
そういえば、サンサの予言した魔王ってラムダさんのことかもしれない。
運悪く、メネラウスに従わされていたから、表立ってこの世界で暴れなかっただけじゃ……罰ゲームで粛清しまくってたと言うし……
今も自由に動けない部下がいるからここから離れずひっそり暮らしているだけで?
だめだ!証拠も無いのにそんな……
悪い想像が始まったので、息を吐き、気分を切り替えて、飛んで帰ることにした。




