代償
五十三、代償
待ち時間にレオは応接室の角に置いてあるガラスケースの中の大きな壺に興味があるようでちらちら見ていた。
ローテーブルの上の紅茶は香りが良く、レモンの薄切りが乗せてあった。
とりあえず、お茶請けの金平糖を口にして緊張を紛らわせた。
従業員の制服を貸してもらっているし、ここで数十年ほど働いたら出られるのだろうか。
自分はドラゴンなので寿命は長めだが、ココアやレオはどうなのだろう。
そもそもたくさんの種族が暮らすこの世界では多くの者が人型で暮らし、その正体がわからないものは多い。
一応、表向きにはココアは妹ということになっているけれど、あまり彼女について知らないことに気づいた。
ノックの音がしてメイド服を着たココアと黒を基調としたドレスを来たヘレンが応接室に入って来た。
おそらくは一番小さいサイズだろうがココアにはメイド服は少し大きいらしくだぶついていた。
そして二人の後ろには中庭にいた白い羽の天使が立っていた。
今は像などではないようで、長い白い髪がさらさらしていたし、閉じられていた瞳は開き虹色に煌めいていた。
「お待たせしました」
「ええと、その方は天使さんなんですか?」
マニは恐る恐る尋ねた。
「ラムダは天使の姿に変身している悪魔なのです。うちで使役している悪魔たちのリーダーですわ」
「私はラムダと申します。よろしくお願いします」
ラムダは頭を下げて挨拶した。
「マニです。こちらこそよろしくお願いします」
あの強力な悪魔たちのリーダーなんて強いに決まっている。
失礼があったら……。
マニは先ほどの先代当主の悲惨な最期を思い出した。
「ではさっそく、マニ様たちがここから無事に生還できる手続きを始めましょう」
「無事に……生還って」
ヘレンの言葉にラムダは笑いをこらえられないようだった。
二人は仲が良いようだ。
「それではラムダが作成したこの書類にマニ様のサインをいただければ完了ですわ」
ラムダが手早く書類を広げた。
タンがお盆の上に持ってきたペンとインク瓶をテーブルの上に置いた。
書いてある文字には見覚えが無く全く読めない。
「レオ、この文字読める?」
「いや、読めないです。これは魔法文字ではないかと……」
魔法文字ならココアが勉強していたはず。
「ココア、この書類読んでもらってもいい?」
「わかった」
立ち上がりココアに席を譲る。
妹は数分間書類を見つめた後、首を縦に振った。
よし、大きな問題は無さそうだ。
諦めてしばらくここで働くのかと思いながら、署名した。
「では、契約成立ですわね。ただ今を持ちましてカニンヘン家の当主はマニ様です」
「えっ?」
「これはマニ様と私の婚姻届なのです」
「ココア⁉どういうこと?」
見ればココアはいつの間にか空いたソファーの上で寝ていた。
このタイミングで?
マニは彼女が長い物に巻かれることを処世術にしているのを知った。
しかし自分もココアを最大戦力として迎えていただけにこれ以上は何も言えなかった。
タンが別室から持ってきた毛布をココアにかけていた。
「でも、僕が当主なんていいの?この家は歴史もあるし、領地も広いし、そう簡単にはいかないんじゃ……」
「問題ありませんわ。お母様も何も言わないでしょうし。タンもいいわよね?」
「はい」
「他の後継者候補たちは皆、お父様に宝物殿のゲームで敗北してしまいましたから」
畳みかけるように白い髪の悪魔がマニの前に跪く。
「これからもよろしくお願いします。ご主人様」
慌ててレオの方を見ると両腕でバツを出していた。
そうだ、絶対この悪魔は強い、そして何よりこんな策を思いつくなんて自分より賢いに違いなかった。
このままではそのうち……
「ラムダ様、おはようございます」
土下座して朝のご挨拶、そして輿に担いで館内を一周などなどいつの間にか逆に仕えることになりかねない。
メネラウスは部下の落ちて来た悪魔たちをぞんざいに扱い、恨みを買って、消されたに違いない。
悪い想像をしていたマニは現実に戻った。
「ラムダさん、先々代の当主がどういう契約をしたのか知らないけれど、もう破棄しよう。今まで大変だったね。やっぱり自由が一番だよね!」




