クライサンサマム
三十七、クライサンサマム
森の奥に大きな湖があった。
その湖は膨大な魔力に溢れていて、この世界の魔力の源だった。
湖から生まれた水の精霊たちは魔術の法則を発見した。
彼女たちは魔法陣を作っては遊んでいた。
水の精霊の一部は植物の精霊と結ばれ、生まれた子は液体ではなく、実体を持って森の外に出て行った者もいた。
魔法はやがて世界中に広まっていった。
ある日、その湖に一人の人間の少女が投げ込まれた。
興味を持った名も無き水の精霊の個体が近寄った。
少女の体には切り傷が複数あり、真っ赤な血が流れだしていて、全然動かなかった。
「おばさん、その子。もう死んでいるんじゃない?」
水の精霊に声をかけて来たのは彼女の遠縁の子どもだった。
「そうよね。見た感じ水の魔力に耐性がある体質だから、私が魔法を教えたかったな」
とは言っても、死んでしまった者を生き返らせることはできない。
傷をふさげば助かるのかもしれないけれど、そんな魔法はまだ誰も見つけることはできてなかった。
一目この少女を見てからこのまま藻屑にするのは惜しい気がした。
よし、この体拾っちゃおう。
液体の彼女は少女の体に同化した。
するとみるみる傷はふさがっていった。
彼女は他人を癒す魔法は使えないが、彼女自身は傷を負っても再生するのだった。
それは彼女が拾って自分の物にした体にも破れた衣服にまで適用されるようだった。
湖から顔を出し、岸に両手をついてはい上がる。
「よいしょ。これからちょっと人間の国に遊びに行ってくる。キャスも一緒に来る?」
「よくわからないところだし、やめた方がいいと思うよ」
「じゃあ、私一人で行くね」
彼女は前々から人間の住んでいる国に興味があった。
たまにここまでやってくる人間を遠くから眺めているだけだったのが、こうして人間の体を手に入れたのだ。
こっそり私が混ざっても気づかれないよね。
そのまま森の外へ向かって歩き出した。
キャスは心配になり、鳥へ姿を変えこっそり後からついていくことにした。
彼は水と植物の精霊の混血であり、多くの種類の魔法を自在に操ることができる天才だった。
人間の国は森とは全然違う。
石でできた建物があって、道には多くの人が行き交っている。
キャスが前に話してくれたとおりね。
水の精霊である彼女は湖から離れられず、ずっと外の世界を見てみたかったのだ。
大通りを歩いていると突然、鎧を来た男に声をかけられた。
「お前は、なぜここにいる!」
「ん?」
その男の方を見上げると険しい顔でこちらを見ていた。
「まだ生きていたのか。クライサンサマム……」
「くらい……さんさ?これがこの子の名前なの?」
「ふざけるな!お前が城から陛下の宝をくすねた泥棒だろう」
男の大声に気づいた町の人が遠巻きに二人を見ていた。
そこに大勢の兵士がかけつけて周りを取り囲んだ。
その兵士たちの間から中年の派手な服を着た女性が現れた。
「あら、仕留め損ねたのね。この罪人を早く処刑なさい」
兵士が前に出てクライサンサマムめがけて剣を振り下ろす。
脳天につきささるはずの剣は彼女の体を通り抜け、地面にぶつかる音がした。
「ひっ、やはり化け物だったのね」
隊長の命令で槍を胸に突き刺しても、通り抜けてしまい血を流すこともなかった。
兵士たちは恐ろしくなり後ずさった。
「何としてもあの化け物の息の根を止めなさい」
女性は興奮した様子で叫んでいる。
「魔術部隊が到着しました」
建物の上にローブに身をまとった人影が数人見えた。
彼らはクライサンサマムに向かって、一斉に雷撃を放った。
「きゃあ」
クライサンサマムは痛みでうずくまる。
雷撃を受けた体からは煙が出ていた。
「魔法は効くのね。とどめを刺しなさい。今度は確実にね」
たくさんの人に囲まれ、罵倒され、攻撃され、クライサンサマムは恐怖を感じていた。
自然に涙があふれて来て大声で泣いてしまった。
「泣いたって無駄よ。さあ、早く次の攻撃を」
その時、地響きと共に森の方から高波が押し寄せてきているのが見えた。
「あれは津波だ!」
「海の無いこんなところに何で?」
「とりあえず逃げろ」
一瞬にしてパニックが起こった。
兵士たちは一斉に逃げだした。
足元に少しずつ水が流れ込んでくる。
それでも、気の強そうな中年女性とは逃げようとはしなかった。
「あんたよりも私の娘のほうが殿下の婚約者にふさわしいの!それなのにこんな、こんな……」
訳のわからないことで怒鳴られ、クライサンサマムは涙が止まらなかった。
大きな高波が到達したところで、周りの景色が切り替わった。
いつの間にか森の高台の上に転移していたようだ。
見下ろした国は水に浸かっていた。
高台に避難してきた人たちが、こちらを見て言った。
「これは呪いだ。あの子が盗みなんて働くはずがない。やっぱり将軍夫人に仕組まれたんだ。どうして自分の娘が選ばれないが嘆いていたからな」
「どうか許してください」
避難してきた人たちは手を合わせて拝んでいる。
「違うの。私は湖から来たの。クライサンサマムって子じゃない」
泣き止んだ彼女が説明しても、人々は怯えるばかりだった。
肩に鳥が止まった。
「キャス?」
「そうだよ、もう湖に帰ろう」
マニはベッドから飛び起きた。
これは夢か。
クライサンサマムってサンサのことなのかな?
まるで本当にあったことのような夢だったな。
とりあえずキャスに相談しようとマニは着替えることにした。




