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9 日の当たる場所へ

 潮騒の聞こえる町に正午の鐘が響き渡る。驚いて飛び立つ海鳥は、雲ひとつない青空に、点々と羽を散らせた。


 快晴を疑う者なんていない。町の中心にある噴水も、やわらかい陽に雫をきらきらと輝かせ、子どもらの歓声を受けている。

 冬は一片の名残もなく過ぎ去った。目の前にあるのはすべて、美しい春の日の光景だ


 俺は道沿いに続く花壇の隣を歩き、海風に揺れる花々を目に映しながら、待ち人の元へ向かう。



 彼女は地図を広げて馬車の停留所前に立っていた。運行表と時計台を見比べ、そわそわした様子の後ろ姿……

 濃い茶髪は肥沃な土壌に似ている。恵みの大地と同じく、彼女は大きくきれいな花を咲かせてきた。戦意を満たし対峙するだけで心は潤う。


 髪を一纏めに括った髪型のため、白いうなじがよく見える。

 そっと近づいて驚かせてやりたいが、彼女の背後を取るには相当の手練れでなければ不可能。少なくとも今の俺では技量不足だ。


 まだ距離はある方だが、やはり気配で感づかれる。彼女は頬に一筋垂れた髪を跳ねさせ、勢いよく振り向いた。



「ハーヴ!」



 名を呼ぶ声には怒気が含まれていた。


「遅い! どこ行ってたの、急がないと次の馬車が行っちゃう! 向こうの国に行きたいって言ったのはあんたじゃない。これを逃したら今日の運行はないって……」


「悪い悪い、ダリア。だけど、その方面はやめにしないか? 目的地なんだが……もう一度考え直そう。中心街でいい話を聞いてきたんだ」


 俺は肩をすくめ、買ってきた昼食を差し出す。ダリアはしぶしぶ地図を畳んだ。二人並んで停留所のベンチに座り、乗るはずだった馬車の出発を見送る。


 ダリアと拳も交えず、同じ時を過ごすのは、なんというか変な感じだ。決死の脱出を遂げたばかりの俺たちは、互いへの闘志を忘れたわけじゃない。相手を気づかい、かいがいしく世話を焼くのも、すべて次の戦いのためだ。

 花咲く前の草木の、しなやかな緑が蕾を膨らませるように……大切な決闘の準備を二人で重ねていく。



 何をしていても、彼女と過ごすことは非常に刺激的だ。目に映るすべての景色が出会う前と違って見える。

 いつか終わりが来るとしても悔いがないよう、鮮明で美しいひとつひとつの瞬間を魂に刻み付ける。そして今も、これからも戦い続けるために、あの小国を抜け出し、新天地を模索している。



「私……ちょっと思ったんだ」


「何をだ?」


 パンをかじる手を止め、ダリアは丸っこい目を蒼天へ向ける。過去の迷いや挫折も乗り越えた、すがすがしい表情で語る。


「ハーヴは私と戦って、力の差を感じたから、あんな弱気なことを言ってたんでしょ? 私も実はそう……二人で戦い続けたら、近いうちにあんたを殺しちゃいそうだって思って、怖くなったの。でも、それを両方とも解決する方法をね、見つけたの」


「……俺を殺すとか、そんなこと気を使わなくていい。死んだって悲しむ必要もないし、そう簡単にやられたりしねえ。俺の実力がおまえに追いつけばいいって話だ。力が拮抗すれば、最期までもっと長く、激しく楽しめるだろ?」


「ううん。最期なんてない方がいい。戦いの果てにあんたをおいていくのも、おいていかれるのもいやなの。だからね……」






「不死者にならない? 私とハーヴの二人で」



 意外な結論に驚き、むせて咳き込まないよう、慎重に息をする。


「……そりゃまた大きく出たな、ダリア」


 不死者の規格外な力は身をもって知っている。ダリアから聞いたところによると、俺たち盗賊団を襲ったのは、"賢者"と呼ばれる不死者。

 たった一人で山全体を凍りつかせるほどの、強大な力を持つ魔法使いだ。


 そして、不死者は奴だけではない。名前は伝わっていないが、複数人いることが確認されている。

 どういうわけか"彼ら"は本当に死ぬことなく、何百年前から世を脅かし続けている。



「無謀な考えじゃないわ。私だって実際に彼を見たもの。先に不死になった実例がいるんだから、私たちもどうにかすればきっとなれる。お互い死なないのなら、終わりなんて心配しなくていい。いくらでも戦える……ねえ、楽しいと思わない?」


「夢物語みたいな解決策だな。それに、手がかりがまるでないじゃねえか。でも、そうだな……」


 さっき、ダリアがやったのと同じように青空を仰ぐ。そこに答えなど書かれていない。代わりに見つけたのは……空を飛ぶ、小さな綿毛。

 もといた大地を離れ、風に流れて旅をする、終わりなき緑の連鎖。



「永遠か……それもいい」



 つい口元が綻ぶ。たとえ、どんなに我儘で無茶苦茶な方法だとしても、ダリアといっしょなら叶えられそうな気がする。

 常識や理屈など殴り倒してやればいい。俺たちはそうやって生きていく。


 もう俺と彼女を縛るものは何もない。心を偽ったり、ひた隠しにしたりしなくていい。二人だけの、燃えるように激烈な戦闘の前では、すべてが些事だ。

 だから俺も、笑うことなく真剣に返事をする。



「この世界に不死者は"六人"いる。何番目でもいいから、おまえといっしょになれたら最高だ」



 ダリアは幸せそうに微笑んだ。俺もまた幸福を噛み締め、彼女と見つめ合う。


 俺も、彼女も戦闘狂。互いを最高の"好敵手こいびと"と信じ、魂を懸けて殴り合う。尽きぬことなき戦いの人生に、心をときめかせている。


 互いを思い合い、支え合い……その時が来れば激闘に合い歓ぶ。今もまた永遠の健闘を誓った。

 どちらかの手でどちらかを終わらせるのでなく、永遠に拳をぶつけ続けるのだ。


「まずは情報を集めるの。ここよりもっと大きい街がある国なら、不死になる方法を知ってる人がいるかも……でも、そこまで行く資金がないわね。旅人の用心棒とか、護衛の仕事でもしないと……」


「その点なら心配いらないぞ。さっき聞いた話だが、ここから山脈を越えた国で、とある騎士団が仲間を募っているらしい。年齢や身分も問わず、実力のある奴を探してるんだと」


 昼飯を食べ終わり、俺は立ち上がってダリアに手を差し伸べる。彼女を殴り、至高の花を目指す手を。

 彼女はそこへ戸惑いなく自らのを重ねた。徒手での戦闘を極め、最高の花を咲かせる手を。



 いっしょに征くのだ。次の俺たちの戦場へ、ここよりもっと日の当たる場所へ……

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