6-3 幸せの形は人の数だけある。たとえばゾンビ工場とか……え?
一ヵ月後。
本日も『ゾンビ農場』は平常どおり稼動しております。
え? ゾンビ農場って何かって? 聞きなれないって? やだなぁ、よくあるアレですよ。
畑の外周に沿って、地面に円を描くように掘られた溝が三重にありますでしょ? そこにゾンビたちが流れてくるじゃないですか。それを溝と溝の間のスペースをうまく移動しながら、ちょちょいと食肉加工していくアレですよ。
円の中央は結構広々とした畑になっておりましてね、翌日になるとゾンビパウダーが大量に入手できますので、それを畑に撒いて超速栽培を行っているのです。おかげでカブなんて一日に四回も収穫できますし、栽培に二週間もかかるサツマイモだって三日ほどで収穫できるのですよ。
栄養価の高い野菜を食べまくって労働者もモリモリ力をつけております。
余った野菜はゾンビたちの飼料として有効活用されます。
ゾンビ農場はゾンビの飼育と作物栽培を融合した混合農業の一種であり、さらに無駄のない見事に調和した理想的な循環型農業ですニャ。
しかも化学肥料や農薬を使わない安全な有機農業であり、地産地消の理念にも叶っています。どこか伝統的な農業を思わせながらも、未来型の農業モデルの最先端を走っていると自負しておりますニャ。
少ない面積でありながら高い収穫高を誇りますにゃ。長期栽培作物の栽培期間短縮における害虫被害の軽減など、リスクの軽減もまた大きな武器ですにゃ。
広大な敷地面積でゴリ押しする大規模農業などすでに時代遅れなのです。これからは小規模の農地で、人件費と大型農業設備などのコストカットをしながら生産高を倍増させる、圧縮ゾンビ農法が主流になっていくことでしょう。
ゾンビ農場はTPPの荒波が押し寄せても生き残れる有力な未来型農法なのですニャ。
さあ、資産家の皆さんは今すぐ全財産をゾンビ農場に投資することをお勧めしますニャ。
ニャはははは。にゃははははは。ニャぁーーーーっはっはっはっはっはっは…………。
――――どうして、こうなったぁあああああああああああああああああああ!!
どうやら俺はユリアの資質を見誤っていたようだ。ちょっと経験値稼ぎができたら嬉しいなくらいに考えていた俺の浅はかさは見事に打ち砕かれた。
この子はやるときはやる子だ。しかもぶっ飛んだレベルで。俺の想定をはるかに超えた情熱をその小さな身体の中に秘めていたのだ。
あの日からユリアは取り付かれたようにゾンビ救出作戦を敢行した。
毎日ひたすら穴を掘る。それだけではなく、農業も兼業だ。日増しに農地の面積を増やしていっても決して休耕地を作ることはしなかった。
毎日黙々と穴の道を掘り続ける。一日10メートル、スキルがレベルアップしてからは20メートルも30メートルも掘り進めた。掘った土を脇に積み上げてスコップで叩いて固めているうちに《地固め》のスキルもひらめいた。
迷宮のゲートらしき場所が見つかると、その下に広い穴を掘って、先に彫った穴の道に繋げた。ゾンビはフィールドに出てきた瞬間にユリアが掘った工場ライン(?)に、はまってしまう仕組みだ。
迷宮ゲートの位置だが、俺たちが借りている農地の中にあった。まだ伐採の済んでいない森の中心付近だ。
ひょっとしたらこの農地がジャングルになっていたのは、このゲートから出てきたゾンビのせいではないかと疑っている。そうなるとずいぶん前からゲートが存在したことになるが、俺たちが来てから一週間くらいはゾンビなど見かけなかった気がする。なぜだろう。
おそらく俺たちが畑を始めたことで土地が活性化し、それに釣られてゾンビたちの動きも活性化したと俺は見ている。
ユリアが穴掘りと農業に勤しんでいる頃、俺は木の伐採と草刈りに邁進していた。ユリアが掘り広げる前の整地作業だ。背の高い木の何本かは万一の避難場所としてそのまま残した。
一日中スキルを使いまくったおかげで俺もユリアもスキルが急成長した。
ユリアは《スコップ戦闘術Ⅱ》《穴掘りⅢ》《農業Ⅲ》と急速にレベルアップした。さらに《地固め》《歌唱》スキルを新たに覚えた。
《歌唱》のほうは自力で覚えたわけではなく、また歌いだすと俺が困るのでスキル屋で偶然見かけたのを購入した。しかしながら既に《歌唱Ⅲ》まで成長している。歌いすぎだろう。
俺は《睡眠回復Ⅱ》《夜目Ⅱ》《猫爪Ⅲ》に新しく《風刃》《空歩》のスキルを覚えた。両方とも親方の武器に合成されたシルフの羽のおかげだ。
ネクラの武器は使い続けることで装備に眠る潜在能力を引き出してスキルとして覚えることがある。覚えたスキルはその武器を装備しているとき限定で使えるのだが、育てると装備を外しても使えるようになることもある。今回の二種は後者で、レベルが三を超えると完全に自分のものになる。
さて、順調すぎるくらいに成長軌道に乗った俺たちは今晩も仕事をこなす。
例のごとくゾンビたちが自動的に穴の道を通って流れてくる。それを俺たちは手馴れた手つきで胴体を残して解体していく。ユリアに至ってはもはやそれが当然のことであるかのように、実に自然な動作でスコップを振るう。
鼻歌交じりにゾンビの解体をこなす少女。やはりユリアはヤバイ人種だったようだ。マジで一日に一万回、感謝のゾンビ斬りとかやっちゃっている系だ。恐ろしいポテンシャルを引き出してしまったことを、俺は少なからず後悔している。
生産ラインに流れてきたゾンビを一通りダルマにしたら、次は農作物を投げ込んでいく。
まるでエサに群がる池の鯉のように、水のない川の中で大口を開けたゾンビたちがひしめき合う。
おぞましい光景だ。
しかしそれを見てもユリアは微笑むことをやめない。慈愛に満ちた表情で、今朝方収穫したばかりの野菜を放り込んでいく。
我先にとかじりつくゾンビたち。誤って仲間の耳を食いちぎる者多数。それでもユリアの笑顔は崩れない。まるで夏祭りで買った金魚がエサを食べる様子を眺めているときのような表情だ。
彼女の目には、この醜く醜悪なゾンビダルマたちが愛らしいペットにでも見えているのだろうか。だとしたら同じペットの自分としてはとては複雑な気分です。
ゾンビたちのエサやりを済ませたら、励ましの歌を歌う。
この時間になると、さっきまでエサをねだってひっきりなしに騒いでいたゾンビたちが、一斉に静まり返る。息づかいすら聞こえない。もともと息をしていないのかもしれないが。
夜のゾンビ農場は異様な静けさに包まれる。
良く見ればゾンビたちは一様に正座するように姿勢を正している。これも見慣れた光景だ。初めはこんな統率の取れた動きなど見せなかったが、日を追うごとに意思疎通が進み、今ではもはや日常だ。
収穫を終えた畑の一部を即席のステージ代わりにしてユリアはポーズを決める。月光が天然のスポットライトだ。
生産ラインに過ぎなかった溝はステージ会場の特等席に早代わりした。ゾンビ農場はコンサート会場にもなる多機能な施設であります。まあ、深く掘ったせいで中からユリアを直視できない欠陥構造なのが玉に瑕だが。
「み~んな~! い~っくよぉ~!」
「「「オォオォオオォオオオ!」」」
ユリアが合図をすれば、観客となったゾンビたちが応える。
そんなこんなで、ユリアのアカッペラライブが始まった。
「わん、つー、すりー、ふぉー♪」
軽快なリズムの曲だ。曲調としては良くあるアイドルソングに近い。
辛い人生でも希望を捨てずに前を向こう的な内容のメロディーと歌詞だ。何気にユリアのオリジナル曲である。日中、あれだけ激務をこなしていながら、いつの間に曲を書いていたのだろう。
既に《歌唱》スキルの高いユリアの歌声はなかなか綺麗なものだ。幼い童女の声質とアニメっぽい声質が交じり合って、それなりに人気の出そうなアイドルっぽい美声が響く。
ゾンビたちが肩を揺らしてリズムを取る。聴覚がないので全く聞こえていないはずなのだが、心の耳で聞こえているとでも言うのだろうか。ゾンビたちの一糸乱れぬ動きを見る限り、そうとしか考えられない。
サビの部分になると盛り上がりは最高潮に達する。
ドン ッド ドン ハイ!
ドン ッド ドン ハイ! の、オタク特有のリズムに合わせて、ゾンビらが一斉に小さく跳ねる。足がないのに、腰の力だけだけで器用にジャンプするものだ。てか、段差も超えられないのにジャンプはできるのかよ! 運動能力の使いどころを間違ってね?
「アリーナ席もいくよ~♪」
ユリアは駆け出し、ゾンビたちのいる溝と溝の間の隙間を走りながら歌う。
――そこ、アリーナ席だったのか。
訂正しよう。本会場は全席がアリーナ席となっている特殊な構造をしてたようだ。
ユリアの姿を認めるなり、ゾンビたちはウェーブを起こす。視力がないのに、心の目で……いや、これはさすがにLPを持った生命体に反応しているだけか。それでも綺麗なウェーブを作る辺り、何かしら通じ合っているものがあるのだろう。
腐乱死体のウェーブなんてこの世で最も醜いものの一つだろうに、不覚にも綺麗に映るのは皮肉なものだ。
曲が終わるとゾンビたちが歓声を上げる。相変わらず「オォオォオオ」と低い唸り声だが、なぜか青年たちの若い歓声に変換されて聞こえる。幻聴なのはわかっているが、彼らの純粋な気持ちが俺にも伝わってきたからだろうか。不思議なこともあるものだ。
「み~んな~! ありがとぉ~!」
MPの大部分を消費して歌いきったユリアはゾンビたちに手を振りながら腰を降ろす。《歌唱》スキルはMPをかなり消費するので、アンコールができるまでにはしばらくの間休息をはさまなければならない。
月光にきらめくしずく。弾ける笑顔。一生懸命な少女の姿。
アイドルに必要な要素を十全に備えている。
誰もが応援したい気持ちになる。
その間、ゾンビたちは隣り合った仲間たちと協力して人文字を作る。胴体しかないので文字を作りやすく、通常よりも完成度の高いアルファベットで
『 LOVE JULIA 』
と描いている。
ユリアってロシア語だったはずだが、英語だと表記がジュリアになるんだな。意外と聡明なゾンビだ。脳みそ腐ってるはずなのにな。
きっとゾンビたちにはユリアが『俺たちだけのアイドル』状態に見えているのだろう。
今のユリアはまだ無名のアイドルの卵が地下ライブハウスで下積みをしているようなもので、いち早くその存在を知った自分たちが最初のファンになって応援しているような気分なのだろうか。
いつかこの子が大きなステージに立つアイドルに成長したら、そのときは『この子を育てたのは自分だ』とささやかな満足を得えようとか考えているに違いない。
飼育されてる分際のくせにな。
その後、アンコールが行われ、この日のライブも大盛況のうちに幕を閉じた。
見方によっては人と野生の動物が心を通わせる感動的なワンシーンにも映る。が、いかんせん画面の99%がゾンビの顔で埋め尽くされると言う、ジャンルを間違えたとしか思えない前代未聞の光景が広がっているわけで、このライブを映像化しても、ユリア以外の全ての背景にモザイクをかけないといけないだろう。
それでも映像化したい奇特なヤツがいたら、連絡を待ってるぜ。
にゃはははは……。
「み~んな~! アンコール、いっくよぉ~!」
「「「ォオォオオオオオォオオオオ!」」」
……俺たち、いったいどこに向かってるんだろうな。
ユリアの充実した幸せそうな顔を見ると、どうしても彼女を止められなかった。
でも、やりがいを感じているようで幸せそうなのだから、これでいいよな?
……いいのか、本当に?
もう、こうなったら、とことんついて行くしかない。それしかないんだ。
俺は、ただでさえ面積の少ない猫の額にシワを寄せて、葛藤と苦悶に悩むのだった。
これもも全て、クソゲーが悪い!
この、クソゲーがぁあああああああああああ!




