6-2 善意は時としてわかりにくい。
翌日。昼前まで仮眠を取った俺は疲れの抜けきらない身体を起こした。
昨晩あんなことがあったのだ。迷宮の門が現れたと言うことは、これからしばらくは毎晩ゾンビが襲撃してくることが予想される。農業などをやっている場合ではなくなってしまった。
ギルドに報告しにいこうとユリアに声をかけようとしたが、ユリアは既に起床しているようで、既に活動を開始していた。
「(昨日はおつかれ)」
って、何してんだよ。畑だった場所が穴だらけになっていた。
「あっ、ナスキー、おはよ。って言っても、もうお昼だけどね」
額の汗を拭いながらユリアは穴掘りを続けた。だから何で掘ってんだよ。
「ゾンビさんたちは今晩も来るんでしょ? だから準備をしてるの」
え? 何の話?
「ユリア、ゾンビさんたちを助けるって決めたの!」
何か良くわからんが、変なスイッチが入ってしまったようだ。
にしてもお腹が空いた。ユリア、アイテムボックスから保存食を出してくれ、と言いかけた俺は周囲を見回して出かかった言葉を飲み込んだ。
畑の外周に沿って見事なカブが生っていた。
「(ユリア、カブなんていつ植えた?)」
「今朝だよ。夕方くらいには収穫……って、もうできてる!?」
いろんな意味で驚きだ。カブが急成長したことも、しばらくは見たくもないと言っていたカブをユリアが植えたことも。
なぜ植えたんだろう。ニコチンが切れたヘビースモーカーが無性にタバコを吸いたくなる衝動にかられるように、無意識にカブを植えていたのか? そこまでカブに毒されていたのか。
だが、ユリアの返答は違った。
「ゾンビさんのご飯にするの」
…………。なるほど。ようやく話が見えてきた。
そしてカブが急成長したわけも遅れて理解した。おそらくゾンビの灰だ。ゾンビパウダーというアイテムは植物の成長を早めるマジックアイテムの錬金素材だったはずだ。錬金していなくてもあれだけ大量の灰があればそれなりの効果があるのだろう。
そもそもゾンビの存在理由の一つに、太陽に焼かれて灰になることで自然界に貢献するというものがある。というかそれが借金返済のために課せられた罰とも言えるわけだが。太陽に焼かれて死んだ場合LPは減らない。昔ゾンビプレイを余儀なくされたことがあり、そのときに確認済みだ。
なんにせよユリアがやる気を出したのだから、俺は黙って見守ることにした。
夜が来た。
思惑通り、森の奥からゾンビたちが歩いてくる。ゾンビたちは徐々に角度が上がっていく坂を上りきると、ストンと垂直に落下する。そしてユリアが掘った穴に落ちて身動きが取れなくなる。
「やったぁ!」
自分の思惑がなったことでユリアは声を弾ませた。ゾンビを落として喜ぶ少女というのも何だかおかしな話だが。
まあ、あれだけ一生懸命に穴を掘ったのだから、達成感もひとしおなのだろう。
ユリアの掘った穴はもはや穴というよりはお城の堀のようになっている。幅二メートル、深さ一メートルほどの深い溝が十メートル以上続いている。穴掘りスキルを連発したとはいえ、よくも一日でこれほど掘り進めたものだ。
堀の底にはエサとしてカブがたくさん置かれている。五感のないゾンビだがLPを感じる器官はあり、吸い寄せられるようにして穴へ落ちていく。
「ナスキー、いくよ」
段差を超えられないゾンビが穴の淵につっかえて蠢く。そこにユリアは近づくと、スコップを構える。
「痛くないからね。えいっ!」
手際よくゾンビの腕を刎ねていく。細かく切って穴に落とすと、ゾンビたちが群がってむしゃむしゃ食べ始める。
俺は穴に入りきらなかったゾンビを見つけては、ユリアを襲わないように迅速に狩る。首を切り離せばゾンビとて死ぬ。残った死体はブロック状に粉砕して穴に投下だ。
そうやって二人で手早く食肉加工を済ませた。
「いっぱい食べて元気になるんだよ。頑張れ、ゾンビさん!」
腕を切り飛ばして元気を奪った直後のセリフである。
何かが間違っている気がする。
でも何が間違っているのかわからない。ユリアはただ純粋に人助けをしているに過ぎないのだ。
同情と慈しみからくる慈善心でもって、ゾンビの手足を切り飛ばして細切れにして食わせるという慈悲深い施しをしているだけなのだ。自腹を切ったカブまで与えているのだ。ボランティア活動であることは疑いようがない。
このような善行に勤しむ純真な少女の姿を見て、一体どこに責められるような要素があるだろうか。もし非難する人がいたら、まったくもって理解できないことである。
しかし、ただ、何と言うか、無垢な少女がこのクソゲーのシステムに染められていく様を見るのがどうにもやりきれない。たしかにユリアを焚きつけたのは俺なのだけれども……、このやるせない気持ちは何だろう。行き場のない気持ちはどこにぶつけたらいいのだろう。
とりあえずゾンビを殴ろう。おらおら。猫パーンチ!
手持ちのカブを全てゾンビに与えて、それでも食べたりないと蠢くゾンビたちを見て、ユリアはせめてもの励ましにと歌を歌い始めた。
って、ちょっと待てぇええええええええええ!
俺の静止は間に合わず、ユリアは声帯を振るわせた。
瞬間、ゾンビの呻きとは比べられないほどの、けたたましい不協和音が轟いた。
「ニャァアアアアああああアアア!!」
凄まじい不快音に、たまらず俺は猫耳を押さえてうずくまった。
黒板を引っかいた音や発砲スチロールを擦り合わせた音をを何倍にも増幅したような耳障りな声、それをホラー映画に出てくる女が絶叫するような音量で振りまいている。
ネクラでは《歌唱》スキルを持っていない人が歌うと、歌声が必ず不快な騒音になってしまうのだ。しかも地球時代のときは、無音で文字列しか写さないテレビ画面から、突然このときに限って酷いノイズが爆音で流れるように設定されていたのだ。嫌がらせにもほどがある。
「(ユリア、やめろぉおおおおおおおおおおお!)」
聴覚が敏感な猫には余計にキツイ。だが、人助けに夢中になっているユリアは俺に気付かずに歌い続けている。歌っている本人には騒音だとわからないようだ。
俺はゾンビ以上に激しくのた打ち回るのだった。
このクソゲーがぁああああああああああああああ!




