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6-1 ピンチとチャンスは紙一重。



 依頼しておいた武器を受け取り、何日かぶりに畑へ戻ってきた。

 数日間放置していたせいで熟れ過ぎた野菜が幾つか地面に落ちてしまっていた。落ちていないものも鳥や虫に食われた痕があった。ちょっと畑を空けるとすぐこれだよ。こんなところまで再現しなくてもいいのに。

 てか、良く見たら畑全体が荒らされている? 気のせいか? やたらたくさんの足跡が畑中に走っているんだが……。誰か来たのか?

 まあいいか。野菜はそろそろ植え替えようと思っていたところだし。――と、そのときは特に気にしなかった。

 しかし、夜になったとき、俺はそのことを後悔することになった。




 夜。木材を寄せ集めて作った簡易小屋で寝ていると、何やら低い唸り声が聞こえてきた。そして地を這いずるような音。

 慌てて飛び起きると、小屋の外に人の気配がした。それも複数。

 壁の隙間からは生ゴミが腐ったような腐臭が漂ってきた。恐る恐る外を覗くと、ゾンビが集団で徘徊していた。


「――ャッ!?」


 急いでユリアを起こす。


「むにゃむにゃ。もう食べられないよぉ……」


 お決まりの寝言を漏らすユリア。こんな状況で寝ていられるなんて、図太い神経だ。

 肉球でトントン肩を叩く。それでも起きない。服を噛んで揺すってもだめ。猫のザラザラした舌でペロペロ。


「にゃすきぃー、ダメだよ、そんなところ、ペロペロしちゃ。きゃはっ」

 起きない。仕方なくガブリと首筋をひと噛み。


「あぎゃっ!」

 痛みでようやく覚醒してくれた。外にゾンビがいる。緊急事態だと伝える。


「えっ? えっ?」


 寝起きもあって思考がゆるくなっていたユリアだが、「オォォオオォオ」とゾンビ特有の低い声で実感したようだ。

 だが、突然驚いたことで身体が跳ねてしまい、壁にぶつかってしまう。もともと木材を重ねただけの欠陥住宅は見事に崩壊して、俺たちは夜の畑に放り出された。

 生命の反応を感じ取ったゾンビたちが一斉に俺たちの方を向いた。


「きゃぁああああああああああああああ!」


 ホラー映画のワンシーンのような迫力にユリアは悲鳴をあげた。ますます注目される。


 まずい。とにかく逃げるぞ。俺はユリアの尻を爪で突いて、そのショックで立ち上がらせると、ゾンビの間を縫うように移動させる。


 幸い人型のゾンビはゾンビの中でも最弱。動きはのろく、攻撃範囲も狭く、索敵能力も反応速度も低い。素早く移動すれば軽々と逃げることができる。


 しかし、問題は数だ。多すぎる。なんだこの大群は!

 ゾンビとゾンビの肩がぶつかり合うほどに密集している。これでは満足に移動もできない。


「ニャァアア――(ユリア、木に登れ!)」


 近くにあった背の高い木に登る。二メートルも登ればもう安心だ。ゾンビは木に登れないから攻撃される心配がなくなる。


 木の上から見下ろす光景は酷いものだった。

 白く濁った目、眼球が飛び出して神経がむき出しになった目、眼球を失った真っ黒い眼窩、それらが一斉に樹上の俺たちに向けられる。そして「「「オォオオオォオオ」」」と耳障りな呻き声と腐臭がひっきりなしに浴びせられるのだ。


「おばけ怖い、おばけ怖い、おばけ……」


 ユリアはブルブル震えた。


「(大丈夫だ、落ち着け!)」


 それにしてもいったいなぜ、突然ゾンビの群れが襲撃してきたのか。どこから沸いてきたんだ。

 そう言えば昨日、畑に足跡がたくさん残っていたが、まさかそれもゾンビの仕業だったのか?


 ネクラで人里にモンスターが集団で現れることはほとんどない。分裂型のモンスターが教会にリポップして逃げ出したときくらいだ。しかし今回はそれに当てはまらない。

 だとすると考えられる原因は一つしかない。


 迷宮の入り口がこの近くに開いたのだ。


 ネクラの迷宮は常に特定の場所に固定されているわけではない。迷宮に通じる次元の門が様々な場所にランダム転移するのだ。


 次元の門とは言っても外見上はリポップ地点と同じく透明なので、特殊なスキルを持っていない限り肉眼での確認はできない。門の種類は複数確認されていて、それぞれが迷宮の異なる階層に繋がっている。

 おそらく今回はゾンビが多く生息する階層の門が出現したのだろう。


「ひぅっぅぅぅ」


 あいかわらずユリアは耳と目を塞ぎながら樹上でブルブルと震えている。

 無理もない。少女にこんな年齢制限の高そうな光景はきつすぎる。


 だが、これはチャンスでもある。

 人型ゾンビは見た目こそ恐ろしいが、ネクラでは最弱クラスのモンスターだ。駆け出しの冒険者には経験値稼ぎにもってこいなのだ。


「(ユリア、大丈夫だ。ゾンビは高いところには登れない)」

「ほんとぅ?」

「(ああ、本当だ。だから木から降りなければ被害はない)」


 とは言っても、所々骨が見え隠れする腕を伸ばされると、当たらないとわかっていても不安は拭えない。

 俺はゾンビが突き出した腕を猫爪ではたく。

 スパッと腐りかけた指が飛んだ。


「にゃっ!?」


 攻撃した自分が一番驚いている。あまりにも容易く切り裂いたからだ。

 確かにゾンビは防御力も弱いが、こんなに簡単に切断できるほど弱かったか。違うな、武器だ。親方がこしらえた猫爪が思った以上に高性能だったのだ。

 ネクラは武器ゲーなところがある。低レベルでも武器さえ強ければ戦える。


 俺は前足を振り回した。ゾンビの腕が次々と千切れ飛ぶ。


「ニャニャニャニャニャーーー!」


 見事な切れ味に惚れ惚れする。ただの猫パンチがこんなに強力になるなんて。

 スキルがもりもり成長しているのがわかる。


「(ユリア、スコップを振ってみろ)」

「え?」

「(いいから)」


 ユリアは両目を閉じたまま、恐る恐るスコップを下方に向かって突き降ろした。すると、ザクッと一体のゾンビを肩から脇にかけて両断してしまった。


 すげー威力だ。そういえばスコップの刃を火属性の鉄で覆ったって言ってたな。火に弱いゾンビにダメージ増加の効果がある。しかもスコップはもともとアンデッド特攻だったから、二重に弱点を突いているのだ。


 チャンスだ! ここは稼ぎ時だ! 


「(ユリア、もっと振り回せ。ゾンビを細切れにするんだ)」

「ふぅぇえええ、怖いよぉ! ゾンビさん、痛そうだよぉ!」

「(気にするな、ゾンビに痛覚はない。しかも朝日が昇ると太陽に焼かれて灰になっちまうんだ。どの道奴らは死ぬ運命にある。ならば経験値稼ぎに利用してもいいだろ?)」


 知性で説いてもユリアには伝わらない。こんな醜い醜悪なゾンビでも、痛そう、かわいそう、と慈愛の精神が勝ってしまう。本当に根っからの優しい子なのだ。

 それでも恐怖心からスコップを振ったあたり、彼女の中で混乱や葛藤が起こっているのかもしれない。


 でもそれじゃ、前に進めない。迷宮の深部を目指すなら、殺傷行為は乗り越えなければならない壁だ。

 以前彼女は迷宮を目指したいと言っていた。しかしレベルを上げて物理で殴るうんぬんは、やはり地球に戻りたい一心で勢い任せに言ったのだろう。それがいざ、目の前にモンスターが現れれば、素の性格が前面に出てしまう。恐怖心があのときの覚悟を押しのけてしまっているのだろう。


 でも乗り越えなければならない。そして今以上に好条件な状況は訪れないかもしれない。


 ここがターニングポイントだ。

 ネクラで生き抜ける戦士になれるか、あきらめて生産職を目指すか。


「(ユリア、あれを見てくれ)」


 俺が指差した先、ゾンビが何かをボリボリと食っていた。それは今しがたユリアが斬り飛ばしたゾンビの腕だった。

 そのショッキングな光景にユリアは「ひぃッ!」と押し殺したような悲鳴を上げるが、俺は構わず続ける。


「(いいか、良く聞いてくれ。確かに今見た光景は恐ろしいものだ。しかし、あのゾンビたちには必要なことなんだ。そもそもあのゾンビたちは元々ユリアと同じ人間だったんだよ。でも税金を払えなくなって、借金も返せなくなってLPを全損するとああいう風にゾンビになってしまうんだ)」

「そんなっ!?」

「(でも彼らは人間に戻ることを諦めていないんだ。そのために、生命力のあるものを食べるんだ。野菜でも、肉でも、同じゾンビの肉片でも)」


 通常ゾンビは同族を襲わない。ましてや自分自身を食べたりもしない。しかし身体から切り離された肉片はその時点でゾンビとは見なされないので食べるようになる。たとえそれが自分の手足でもだ。そして手足がなくなってもゾンビは痛みも感じないしLPも減らないが、千切れた肉片を食べるとLPは回復するのだ。


「(彼らはああやって食べ続けることでLPが回復する。そしていつかは人間に戻れるんだ)」

「そうだったんだ!」

「(だからユリアは彼らが人間に戻れるように手助けをしてあげて欲しいんだ)」

「どうすればいいの?」

「今やったみたいに、ゾンビにご飯をあげるんだよ。ゾンビはLPがあるものなら何でも食べるから」

「痛くないの?」

「ああ、ゾンビに痛覚はない。それどころか視覚も聴覚も、五感全てがないんだ。だから何も感じないよ」


 ユリアはしばしう~~と唸って考え込んだが、やがて覚悟を決めた。


「わかった。ユリア、やってみる!」


 よし、うまく乗せられた。ユリアは「ゾンビさんゴメンなさい!」と謝りながらスコップを振り下ろした。

 俺も攻撃を続ける。

 頭さえ無事ならゾンビは動き続ける。手足を切り飛ばし細切れにしておけば、後は自力で這って肉片を口にする。

 ゾンビの攻撃方法は歯だけなので、口にさえ気をつければ手足を失ったゾンビが蠢く地上に降りても大丈夫だ。


 こうして俺たちは一晩中ゾンビ解体作業を続けた。

 朝日が昇ると、陽光に触れたゾンビたちは一瞬で灰になった。

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