5-7 物事には引き際がある。
俺とユリアは中央ギルドへやって来た。つい先ほどユリアに納税の期限が来たというメッセージが届いたからだ。俺たちの他にも同じ目的で足を運んだ人たちもちらほら見かける。
信じがたいことだが、ネクラでは人間ギルドに登録すると毎月納税の義務が発生する。
デスペナを軽くしたりアイテムボックスを使用可能にしたりと、便利でお得なサービスを享受していたプレイヤーたちは、こぞって冷や水を浴びせられる。
後から思えば、ネクラにそんな優しいシステムがある方がおかしかったのだ。うまい話には必ず裏があるのだ。そうやって誰しもが、改めてネクラが混じり気のないクソゲーであることを再認識させられるわけだ。
プレイヤーに納税を強制するRPGなどあるだろうか? 現実を忘れて異世界に没頭したいプレイヤーたちに現実の厳しさを突きつけるような所業。本当に人のナイーブなメンタルの急所を嫌らしく突くことに関しては天才的なクソゲーだ。
数々の嫌われ要素がふんだんに盛り込まれたネクラだが、この納税イベントはその中でもトップクラスの嫌忌を持たれている。ネクラの中で最大のクソゲー要素と非難するプレイヤーも少なくない。
ただの納税であるならばここまで厭悪されることはなかっただろう。
それもそのはず、ネクラの税率は社会主義国も真っ青なほど高負担なのだ。
まずは手始めにギルドの登録を継続するために所持金、つまりLPの10%がギルド税として取られる。その上で、土地や建物などの固定資産税。武器・防具などの装備税。秘宝などを所有していれば付加価値税。ジョブによる職業税。保有スキルの数やLvに応じたスキル税。ステータスに応じた能力税。アイテムボックスの重量・容積に応じた袋税。売買した回数や金額に応じた消費税。アキバハラにいるだけで住民税。借り宿暮らしでも住居税。商売していれば売上税。奴隷を所有していれば奴隷税。当然のごとくペット税。口が臭ければ口臭税。脇が臭ければワキガ税。足が臭ければヒロシ税。ハゲてるだけで禿頭税。モヒカン税。アフロ税。魅力値に応じた美人税とイケメン税。ニャんニャんした回数に応じたS○X税。下ネタ言ったらSOX税。その他もろもろ……。
気がつけばLPの半分以上が徴収されているのは当たり前。酷い場合は九割以上も取られることすらある。
二つ三つ意味が重なっている税も、名前が違うからと強引に二重三重に税を搾り取る。ありとあらゆるものに税をかけ、徹底的に毟り取る。
これがネクラ最凶のクソシステム、『超高負担ノー福祉』システムである。
もちろん地球にだって高税率な国は存在する。
たとえば所得税55%、消費税25%、車の購入に至っては280%の税金がかかるなんていう鬼のような税率の国もある。(400万の車は1120万になる)
しかしその様な高負担な国では見返りもまた大きいのだ。
教育費は大学まで無料。医療も全て無料。介護も死ぬまで無料。住宅もだいたい無料。そういった社会では預金も生命保険も年金も一切必要ない。生まれてから死ぬまで政府に面倒を見てもらえるからだ。
高負担の税率は高福祉な社会保障とセットだからこそ成立するのである。
ひるがえってネクラでは、福祉なんていう概念はそもそもない。生まれた瞬間にモンスターにぶち殺され、何の案内も助けもなく魑魅魍魎が跋扈するフィールドや社会に放り出される。
怪我や病気でも助けてもらえない。死ねばリセットされるでしょ? と言わんばかり。
稼ぎたくても能力がない。能力を身に付けるために教育を受けたくても教育費が払えない。教育費を稼ぎたくても能力がないの無限ループ。教育費無料なんて夢のまた夢。奨学金、何それ、おいしいの?
宿代高すぎて野宿するしかない、飯代高すぎて残飯漁りするしかない。死んで楽になることもできません、何度でも強制蘇生させられます。貧困を理由に免税とかありません。監獄で強制労働か、アンデッド化して返済生活させられます……。
まさに生まれてから死ぬまで、いや、死んだ後まで一切の助けがなく、救いようのない絶望的な人生が用意されているのだ。
そんな世界で、そんな社会で、血の滲むようにしてやっと得た命の金を取られる。いくら? 五割!? 九割!? ……はぁあああああああああ!?。
――――刺したい。このゲームをプログラムしたクソ野郎に正義の鉄槌を下したい。
ネクラーなら誰もが一度は思っただろう。
本気の殺意を疑似体験できることに定評のある唯一のゲームだ。
ネクラの金はLPと同一。つまり命と等価。もっと言えば残りの寿命でもある。人生の残り時間だ。
それを、それを、それを、何のサポートもしない、それどころか、こんなとんでもないクソ設定を作りやがった諸悪の根源に捧げなければならないのだ。何の見返りもなく、無償で命を削り取られる。
これがこの世界のシステムにして神の本質なのだ。富の悪魔と言われるマモンですら脱帽するに違いない。
そして俺たちはこれから長い時間、この悪魔のごときシステムと付き合っていかなければならないのだ。
そんな絶望感を抱きながらギルドの受付の列に並んでいると、前方から叫び声が聞こえてきた。
「バカなッ!? 今月の納税額が1千万だとッ!?」
五十は過ぎたであろう初老の男だ。
「ありえない! 何かの間違いだろう! どうしてこんな急に税金が上がっているんだっ!」
錯乱したようにわめき散らす男だったが、無情にもその決定事項は覆らなかった。
「無理だ……。もう、どんなに働いても、そんな額を稼ぐことはできない……」
男は肩を落とし、その場に泣き崩れる。
破滅したのだ。
俺はその原因を予想できた。
おそらく、数ある理不尽な徴税の中で、最低最悪の部類に属するあの税によるものだ。その税とは、
――『時間税』
底なしの悪意に満ちた徴税システムの究極とも言われる時間税。この税は生きている時間の長さに比例して増加していく。つまり年をとるほど税率が上がる。
若いときには大して気にも留めない額なのだが、中年、壮年、老年と年を重ねるごとにその徴税額は加速度的に増していく。
生きている時間のトータルの長さなので、何度デスリポップをしたところでリセットされたりすることはない。
生きている限り誰一人逃れることのできない究極の税法だ。そして死ぬことのできないネクラの住民に一生付きまとう死神でもある。
なんという強制退場主義だろうか。老人イジメの権化のような制度だ。ネクラの製作者は尊厳死について並々ならぬ思いがあるようだ。さっさと人生から引退して若者にポジションを譲れと言うのだろう。そういうことは、一部の政治家にこそ言ってやればいいのに。善良な市民に八つ当たりをしないで欲しい。
若いときほど稼げなくなった壮年老年になっても容赦なく上がり続ける税率。その性質上、どこかで必ず破滅することになる。
では、破滅したらどうなるのか。
当然、幸せな未来は待っていない。
破産した時点で逮捕されて監獄へ送られる。そこで負債分を払い終えるまで強制労働を科せられる。長い間労働に勤しんだご老体への尊敬や敬意など微塵も存在しない。血も涙もない。
そうこうしていると、黒い看守服を着た男と数人の警備兵たちがどこからともなく現れた。
「よう、お前が新しい囚人か」
「ひぃッ! いや、待ってくれ! たのむっ! 一日だけ待ってくれ!」
男は看守の足にすがり付いて懇願するが、腹を一発蹴られて頭を踏みつけられる。
「引き際を見誤った男の末路は哀れなものだな。ほう、お前、よく見ると良い形の尻をしているな」
「ひぃいいいい!」
「檻の中でたっぷりと可愛がってやるよ、ひっひっひ。おい! 連れて行け!」
パイプをふかせていた看守は、手に持っていたムチをビシビシ振り回しながら警備兵に命じた。黒サングラスに隠された視線が怪しげに光る。
その雰囲気に背筋を凍らせたのか、警備兵は身震いしながら恐る恐る男に手錠をかけた。
そのまま男は、屠殺場に連れて行かれる家畜のような憐情を漂わせながら連行された。
一度監獄に収容されてしまうと、負債を完全に清算するまで出られない。中でどんな非人道的な仕打ちが行われていたとしても、助かる手段はない。
ギルド内に重い沈黙が広がる。誰一人、口を開こうとしない。
こうなる前に、哀れな初老の男は『転生』をすべきだった。
デスリポップによって死なないネクラプレイヤーは時間税から逃れられない。しかし唯一例外的にその魔の手から逃れる手段がある。
それが転生だ。
生前に子作りしていて『卵』を残していると、そこに自分の精神を移植する形で人生を再スタートさせられる。これにより時間税の税率がリセットされるのだ。子作りできなかったモテナイ君の末路は……、言わずともわかるだろう。
しかしその代償は大きい。
引き継がれるのは一部の記憶だけだ。それ以外のジョブもスキルもLPも装備もアイテムも、全てを失う。今まで手塩にかけて育ててきた自分の能力、それを得るためにつぎ込んだ膨大な時間が全て無に帰すのだ。
言うならば、アカウントの永久削除である。
ゲーマーにとってこれほど苦痛を強いられることはない。誰もがやる気をなくす。それを何の臆面もなく強要してくるからこそクソゲーなのである。
この世界には強くてニューゲームなんていう甘美な言葉は存在しない。
何もかも失った状態で、ふりだしに戻されるのだ。
数々のクソゲー要素を乗り越えて、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだ先に待っていたのは、希望ではなく更なる絶望だった。
忍耐の限りを尽くしてネクラの攻略に打ち込んだプレイヤーたちも、もはやこれまでと、その大半がリタイアを決意したほどだ。
だが、これは地球時代の話だ。
ゲームならばそれで終了でも、ここは投げ出すことのできないネクラワールドの中だ。その先について考えなくてはならない。
それは実に哲学的な難題だ。
転生をすると通常は転生前と同じ姿に生まれ変わる。ゲーム時代に知った情報では『あなたは一部の記憶を引き継いだ』という一文のみ。ゲームを有利にするような情報などはリセットされていた。
一部の記憶とは何だろう? もしも自我を維持するものが抜け落ちてしまったら、今の自分とは違う自分になってしまうかもしれない。そんな恐ろしい危険性が隠れているわけだ。
だが、俺はこの問題についてわりと楽観視している。直感的に自分のアイデンティティーを破壊されることはないと思う。なぜなら自我や感受性はこのクソゲーを認識する上で必要だからだ。今の自分と異なる性格になってしまったら、このクソゲーの嫌らしさや苦しさを今のようには認識しなくなるかもしれない。
だから人間の本質的な部分はそのまま残すはずだ。
人の尊厳を大切にするといった高尚な理由ではなく、少しでもクソゲーのクソさを認識させるために。
きっとそれがこのクソゲーの製作者のやり方なんだ。
もちろん推測にすぎない。もしかしたら、この世界の人間はもともと全員地球人だった可能性もある。転生を繰り返したことで前世の記憶を失ったのかもしれない。
だから真実については自分が経験するまではわからない。
いずれにせよ、精神的・人格的な死が訪れる可能性は消えない。そんな恐ろしい決断を迫られれば、誰だって躊躇してしまう。しかし、それを怠れば、あの初老の男のようにもっと酷い目に会うことになる。
なぜなら、卵を残せなかった場合、あるいは獄中転生した場合は通常の転生とは違うランダム転生になってしまうからだ。
同じ種族になるかどうか、今の自分と同じ精神性が復元されるかはシステムの気まぐれに委ねられる。
まさに犯罪者に人権なし。童貞に生きる資格なし、と言わんばかりだ。クソゲーすぎる。
下手をしたら、人間でいられるかどうかわからない。
俺のように猫になってしまった前例もある。ひょっとしたらモンスターや虫や微生物なんかも、もとは俺たちと同じ人間だったのかもしれない。
おそろしい。そんなこと考えたくもない。
なんにせよ、このクソゲーには時間制限があるのだ。
一生のうちに迷宮の最深部へ到達できなければ、自我や記憶を失いながら無限ループに入ってしまう可能性がある。
そうならないために、何としてもゲームクリアしてこの世界から抜け出そうと、俺は決意を新たにした。
(ユリア、必ずこの世界から脱出しような)
口には出さずに、俺はユリアを見つめた。
「ナスキー、ありがと! ナスキーのおかげで、税金が安くなったよ!」
「にゃっ」
俺が思い巡らせていることも知らず、ユリアは無邪気に笑った。
彼女がこんなことで悩み苦しむ必要はない。
俺がしっかりしていればいいのだ。ユリアは必ず俺が救ってみせる。
――ちなみにペットは人間ではないので無税である。嬉しいやら、悲しいやら。




