5-4 過ぎたる薬は毒となる。
朝起きてカブを収穫し、次に育てるカブの種を植えて水と硬貨を巻く。日中にカブを食べまくって、女将にもおすそわけ。それでも余ったカブは飲食店を巡って売ってしまう。
開いた時間に買い物や情報収集をして、たまに猫の芸でおひねりをもらう。それでもなお時間ができればカブの二毛作(?)を行う。肥料代わりの硬貨を増やせばそのぶん成長が早まるのだ。一日でカブを二回収穫するとか時間間隔が捻じ曲がっている。
そんなカブに始まり、カブに終わる日々を数週間過ごしたころ、ユリアのLPは10万を軽く超えていた。スコップ代の元手はとっくに回収済みだ。
ユリアがカブ奴隷になってから宿屋にも変化が訪れた。
毎日大量に生産されるカブを女将に格安で売り、何気に料理スキルの高かった女将が調理して売りに出したのだ。
料理の腕次第でLP回復量はさらに増える。
それなりの回復量を持った料理が格安で食べられる。そんな噂が流れ始めると、料理目当ての客がちらほら足を運ぶ。
一人来れば儲けもの。値段と料理に満足した客は翌日になると数人の仲間を引き連れてやってくる。
あれよあれよと口コミが広がり、食事時になるとそれなりの数のお客さんが足を運ぶようになった。
客が集まればその中から宿屋を利用する客もでてくる。
いつのまにか本業の宿屋も復活するのだった。
それからさらに数日後。
「いやー、ユリアちゃんのおかげでお客さんが戻ってきてくれたよ。なんとお礼を言ったらいいのか」
「いえいえ、女将さんの料理が美味しいからですよ。ユリアは何もしてないです」
「まあ! ユリアちゃんは天使だわ。あたいには眩しすぎるよ」
女将は芝居がかった仕草で褒めちぎる。余程嬉しかったのだろう。
「ささっ、今日もたんと食べておくれ。あたいが腕によりをかけて作ったんだ」
「い、いただきます」
ユリアも俺も表面上は笑顔を崩さずに食事に手をつける。
しかし、なぜだろう。数日前から食事をすることが苦痛に感じるようになった。
それもそのはず、目の前に広がる料理を見ればわかる。
カブのサラダ。
カブの煮込み。
カブステーキ。
カブの丸焼き。
カブの素揚げ。
カブの天ぷら。
カブフライ。
カブごはん。
カブスープ。
カブの漬物。
カブチップス。
カブの燻製。
カブの酢漬け。
フルーツカブ。
カブジュース。
カブのカブ。
カブオブカブ。
カブキング。
カブカブカーブ。
カブ、カブ、カブカ、カブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブカブ…………。
――――カブ、飽きた。
しばらくカブを見たくない。ってか、カブのカブって、なんだよ! 調理法にまで侵食してくんなよ!
もううんざり。カブに溺れて窒息死しそうだ。
これは一昨日に女将が覚醒した結果だ。
長らく客足が途絶えた宿屋に千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。この機会を逃すものかと鬼の形相で料理に打ち込んだ結果、料理スキルが上がったのだそうだ。しかも『カブマスター』とかいう称号も手に入れたそうだ。
この称号の効果というのが中々に優秀で、カブ料理を超短時間で作れるようになるのに加えて、調理したカブ料理にプラス補正が付く。
LP回復量が増えることはもちろん、食べてから一定の時間攻撃力が上がるなどのステータス補助や、運があがったり、スキルをひらめく確率があがったり、テストで良い点がとれたり、仕事がうまくいったり、ハゲが治ったり、彼女ができたり――――と、様々な恩恵がランダムに付与されるのだ。
その恩恵を目当てに、目ざとい商人が訪れてはカブ事業を展開する話を持ちかける始末。
女将は一躍有名人となった。
経営は一気に軌道に乗った。
カブなんて農業初心者が最初に育てるチュートリアルみたいなものだ。いくらでも供給できる。二束三文で仕入れたカブが十倍二十倍の値段で飛ぶように売れる。濡れ手に粟とはこのことか。
その恩恵を受けている俺たちが文句を言えるはずもなく、カブ生活は続きそうだ。しかし、やはり飽きる。
そこで提案してみる。カブなんていくらでも手に入るのだ。べつにユリアが作らなければいけないルールなどない。農業の経験値もたまってきたし、そろそろ別の作物を育ててみたいと。
ユリアが女将にそう伝えると、それならばいい話があるという。
都市外に女将名義で所有する畑があるそうだ。今は誰も使用しておらず荒地になっているそうだが、少し雑草を刈れば使えるようになると。そこを使わせてくれるという。
カブで経営を復活させてくれたお礼だとか。
俺とユリアはその話に飛びついた。
しばらくカブと距離を置きたかったのだ。
収穫物の1割を土地の使用料として納める約束をして、その日のうちに荷物をまとめて女将に挨拶を済ませた。
俺たちは街で必要な物資を買い漁り、ルンルン気分でその農地にやってきた。
しばらくはのんびり農業ライフを謳歌しようじゃないか。
しかし、到着早々口をついた言葉は、思いもよらぬセリフだった。
「何このジャングル!?」
「にゃにゃにゃにゃなッ!?」
鬱蒼と生い茂る背の高い木々。その枝に撒き付いて垂れ下がるつる。足元は地面が見えないほどに下草が生え揃っている。
おかしい。聞いていた話と違う。ちょっと雑草が伸びている程度の畑だと聞いたはずだ。
面積としてはサッカーコートの半分くらいだろうか。しかし植物が茂りすぎて、どこが指定された畑なのか見分けがつかない。
辺り一帯には普通の平原が広がっているのに、このあたりだけ異様に植物が茂っている。
「場所を間違えちゃったかな?」
ひきつった顔でつぶやくユリアに俺も賛同し、一度街まで戻って再び地図を片手に畑を目指した。
きっとどこかで道を間違えたに違いない。穴が開きそうなほど地図を凝視しながら進むと、辿り着いたのはやはりジャングルだった。
「…………間違ってなかった」
「……にゃぁ」
それでも信じたくない思いが強すぎたのか、眼前の下草を掻き分けてみた。すると土地の所有者のネームプレートが現れた。
もちろん、女将の名前が刻まれていた。
俺たちは顔に影を落としながらしばしの間、立ち尽くした。
目の前の木々が、実態よりもはるかに大きく見える。視界を圧迫する植物の力強さに腰が引ける。
しかし止まっている暇はない。何もしなければLPは徐々に減っていく。
俺たちは前に進むしかないんだ。
「にゃぁ、にゃにゃ(とりあえず、草を刈ろうか)」
ユリアは無言でこくりと頷いた。




