5-3 継続は力(ブ)なり。
作物が育つためには何が必要だろうか。
太陽、水、土である。
リアルに作りこまれたネクラワールドでも基本的にはそれと同じだ。
太陽の下でクワを振り、キラリと光る水を撒いて、いい汗を流す。のどかで牧歌的な光景がネクラにもあるとなれば、殺伐とした世界観の中にも僅かな平穏と癒しがあるというものだ。
しかし、その期待を見事に裏切るからこそクソゲーなのである。
一般に植物の成長には窒素、リン酸、カリウムがが必要と言われている。葉を大きくする窒素、花や実をつけやすくするリン酸、根を育てるカリウム。
だがネクラにはそれ以上に重要な栄養素がある。
微量な元素ではない。異世界特有の未知なる元素でもない。魔法的な粒子でもない。ましてや、作り手の愛情でもない。
では何か? それは……。
――――お金である。
信じられないことに、植物は金を支払わないと育ってくれないのである。
正確に言えば時間をかけることで野生の植物は成長する。しかし農地の借用代を払えるくらいの儲けを出そうとしたら、自然に任せるだけでは赤字になる。
そこでネクラワールドの農家では植物と一緒に硬貨を植えるのである。
この世界で硬貨は血貨とも呼ばれ、もとを辿れば人間のLP、つまり生命力の結晶だ。その生命力を植物に吸収されることで急成長を促し、味と質を向上させた付加価値を生み出す。それによってはじめて利益を上げられるわけだ。
大農家ともなれば大量の硬貨を肥料のようにばらまき、それに植物たちが「うひゃ、うひゃ、金だ金だ! もっと金を寄こせー!」とひしめき群がる、おぞましい光景を見ることができる。
そこには郷愁を誘うのどかな田園風景などなく、まるで妄執に取り付かれたウォール街のような欲望渦巻く景色が広がっているのだ。
さすがクソゲーだ。
自然とふれあい、自然の恵みに生かされていることを自覚して感謝の心が芽生えるとか、そういう健全な精神性を尊重する配慮など微塵もない。
人を生かすのは自然への感謝ではなく、金だッ――!! と言わんばかりのゲスい農業システムになっている。
しかしながら、そんなゲスい農業システムであっても、やれば必ず収益が生まれる所がまたいやらしい。不本意ながら俺たちは農業に手を染めることになる。
…………農業に手を染めるって、聞いたことのない表現だな、おい。
俺とユリアは図書館で仕入れた知識を使って実践する。
カブの種と一緒に銅貨を数枚、土に混ぜ込んで水をまく。すると数十分もすればもう芽が出てくる。次に芽の根元に銅貨を一枚ずつ置いていく。あとは半日から一晩放置するだけだ。
すると翌日には大きく育った立派なカブが収穫できるのだ。
種まきから収穫まで僅か一日。超スピード生育。農業をなめているとしか思えない。
収穫したカブを齧ると瑞々しい食感。大根のような辛味の中にほんのりした甘味が広がる。確かに新鮮なカブだ。
こんなふざけた作り方をしているのに、それなりに美味しい。くやしい。
十個ほど食べてからしばらく時間をおいてステータスを確認すると、LPが26ほど回復していた。カブ一つにつき、2~3のLPを回復させる効果がある。
これがネクラにおいて初期農業が安定と絶賛される理由である。
最初の種まきのときに数枚の銅貨と、カブの芽一つにつき一枚の銅貨を消費したが、収穫したカブを食べて回復するLPは二以上。
食べれば食べるほど、確実にLPは増えていく。
危険なモンスターと戦って、勝てば敵のLPを一〇%奪い、負ければ失う。そんなリスキーな稼ぎ方と、ノーリスクでコツコツLPを増やす農業。勝つのはどちらだろうか。
ウサギとカメ論争を決着させる有力な論証として、この事例を推したいところだ。
カブは初心者にお勧めの農作物で、一日で収穫できる上にほとんど失敗することながい。加えてカブにだけあるお得なボーナスもある。
それは、食べる日によってLPの回復量が変化することだ。
カブは収穫してから一週間ほど保存できて、それを超えると腐ってしまう。初日に食べれば確実にLPが二~三ほど回復するが、翌日から一週間の間はLPの回復量が変動する。
これは野菜のカブと経済の株をかけた製作側のダジャレみたいなもので、変動値は一~九だと言われている。うまく見極められればもっと大きくLPを増やせるのだ。
さらに料理をすれば回復量は大幅に上がる。
その有用性が人気で、ネクラプレイヤーの間では初期農業を選んだ後、しばらくの間ひたすらにカブを作り続ける『カブ奴隷』生活をすることがテンプレの一つとなっている。
というわけで、これからユリアにはしばらく『カブ奴隷』になってもらうことになった。
少女に奴隷生活を強いるとは、ネクラはとんでもないクソゲーである。まったく、誰がやらせたんだろう。じつにけしからん。いや、まったく。
カブ無双、始まります。




