第-2話:ロートルの隠居先
線香の煙が立ち込める中、親族たちのひそひそ話が耳に届いていた。
亡くなったのは、山奥で一人暮らしをしていた一風変わった叔父さんだ。生前は滅多に人里に下りてこず、親族間でも「変わり者」で通っていた。
そんな叔父さんの葬式の席。折りたたまれた一枚の紙を手に、親戚の代表が困り果てた顔でこちらを見ていた。叔父さんが遺した遺書だ。
「……なぁ、深夜くん。お前、元冒険者だったよな? ちょっとこれを見てくれないか」
「ええ、元、ですけどね。もうとっくに引退したロートルですよ。……どれですか?」
差し出された遺書に目を落とす。そこには、歪な文字でこう書かれていた。
『私の家と裏山は、すべて引き継ぐ者に譲る。ただし条件がある。裏山に棲みついているコボルトたちの面倒を見てやってくれ。あいつらは不器用だが、悪い奴らじゃないんだ』
「コボルトって……あの犬みたいな魔物のことだろう? 叔父さんのやつ、山奥で魔物を飼ってたのか!?」
親戚たちはパニックになっていた。無理もない。一般人に魔物の世話などできるわけがないし、下手に刺激して襲撃でもされたら大ごとだ。
「家や土地は惜しいが、魔物付き物件なんてまっぴらごめんだよ。なぁ深夜くん、親族の中でモンスターに詳しいのはお前しかいないんだ。何とかしてくれないか?」
親戚一同の視線が一斉に俺に集まる。押し付けたい、厄介払いをしたいという空気。だが、俺に異存はなかった。
「……構いませんよ。俺がそこを継ぎます」
「本当か!? 助かるよ!」
「現役を退いて、これからどうやって余生を過ごそうか考えていたところなんです。俺みたいな戦う気力も失せたロートルでも、コボルトの機嫌を取るくらいなら、まあ……知識もありますし、なんとかなるでしょう」
本気でそう思っていた。かつて最前線のダンジョンで泥を啜っていた頃に比べれば、裏山のコボルトなんて可愛いものだ。お供え物でも置いて、静かに共生すればいい。何より、世間から隠れるように静かに暮らすには、その山奥の家はうってつけの隠居先に思えた。
――数日後。
俺は荷物をまとめ、叔父さんが暮らしていた山奥の古い一軒家へとやってきた。空気は澄んでいて、聞こえるのは風に揺れる木々の音だけ。確かに素晴らしい環境だ。
「さて……まずは挨拶回り、かな」
荷物を玄関に置き、通販で買った安い鉄の剣を一応腰に下げて、裏山へと足を向ける。草むらを分けて少し進むと、山肌にポッカリと開いた小さな洞窟――ただの「横穴」が見えた。その薄暗い奥から、カサリと音がした。
「――キュン?」
姿を現したのは、薄汚れた灰色の毛並みをしたコボルトだった。叔父さんが亡くなってからまともな餌を食べていないのか、少し痩せている。俺の姿を見ると、怯えたように小さく唸り声を上げた。
「驚かせてすまないな。叔父さんの甥の、深夜だ。叔父さんはもう戻らないが、代わりに俺がここに住む。……ほら、これでも食べなさい」
俺は警戒を解くようにゆっくりと腰を落とし、道中で買ってきた安物の干し肉を差し出した。現役時代、魔物の習性を嫌というほど叩き込まれたから、どうすれば彼らを刺激しないかは身体が覚えている。
コボルトは鼻をひくひくと動かし、おそるおそる近づいてくると、俺の手から干し肉をひったくるようにして食べた。
「美味いか? まだまだあるからな。お前たちの住処が荒れてるなら、明日から少しずつ片付けを手伝ってやるよ」
「キュン……キュウゥン!」
俺が優しく頭を撫でてやると、コボルトは嬉しそうに尻尾を振り、俺の足元に身体を擦り付けてきた。その様子を見て、横穴の奥からさらに何匹ものコボルトたちが、目を輝かせてわらわらと姿を現す。
「おっと、随分たくさんいるな。……まあ、いいさ。俺みたいな引退したおじさんの暇つぶしには、ちょうどいい相手だ」
俺は小さく笑い、干し肉の袋を開けた。自己肯定感が底をつき、静かな余生を送るつもりでやってきた山奥の家。ここから俺の、のんびりとした隠居生活が始まるはずだった。




