第-3話:底辺のアパートと、眩しすぎる光
どんよりとした曇り空から差し込む僅かな光が、家賃数万円の格安アパートの薄汚れた天井を照らしていた。
床に転がる空き缶と、ハズレの馬券や舟券の山。それが今の俺の全財産だった。
深夜「……あーあ。綺麗さっぱり、一銭も残ってないな」
現役の冒険者時代、命を懸けて最前線のダンジョンを巡り、億単位の大金を稼ぎ出したはずだった。だが、引退してからのこの3年間、生きる目的を失った俺が辿り着いたのはギャンブルの沼だった。
現実から逃げるように賭け事にのめり込んだ結果、貯め込んでいた大金は驚くほどあっさりと底をつき、今や明日の食費すら危うい。完全に自暴自棄だった。
ふと、部屋の隅に転がっている小さな鍵が目に入る。――埼玉の郊外にある、月極の貸し倉庫の鍵だ。
深夜「……いや、一応まだ『あれ』が残ってはいるけどな」
あそこの倉庫には、現役時代に命を懸けて揃えた、当時の俺の最高峰の装備品たちが今も眠っている。トップ冒険者向けの特注武具だ。専門のショップに持ち込んで売れば、間違いなく跳ね上がるような大金になる。当面の生活費どころか、ギャンブルの負けをすべて帳消しにして、もう一勝負できるだけの資金に化けるはずだった。
深夜「売れば少しは金になる。いや、少しどころじゃないな。……だけど、これだけは絶対に手放せないんだよな」
右腕を失い、冒険者を辞めて、もう戦うことなんて二度とないというのに、俺はあの装備だけは未だに後生大事に維持し続けている。倉庫の維持費を払うのだって今の俺には一苦労なのに、手放すという選択肢だけはどうしても選べなかった。
自分でも本当に未練がましくて、惨めだと思う。
万年床の上に寝転がりながら、俺は逃げるように古いスマートフォンを操作した。
見たくもないのに、動画サイトのトップページには、嫌でも「彼ら」のニュースが飛び込んでくる。
『天然ダンジョン攻略最前線組・筆頭! パーティー【ナハト】、前人未到の深層を踏破!』
画面の向こうでは、かつて俺が苦楽を共にした仲間たち――真昼さんや宵闇、丑三つたちオリジナルメンバーの4人が、無数のカメラのフラッシュを浴びて華々しくインタビューに答えていた。
彼らは今や、国を代表するトップ冒険者として、e-Tubeでも凄まじい人気を誇る時代の寵児になっていた。
深夜「……すごいな。みんな、本当に遠いところへ行っちゃったよ」
画面をスクロールする手を止め、俺は自分の右半身に視線を落とした。
そこにあるはずの右腕は、肩の付け根あたりから先が失われていて、袖が力なく垂れ下がっている。かつて最前線の戦いで失った、冒険者としての証であり、致命的な代償だった。
深夜「片腕のない俺なんかじゃ、もうあそこは戻れるパーティーじゃない。足手まといになるだけだ」
それに、と俺は自嘲気味に息を吐き出した。
腕を失い、戦線を離脱してからもう丸3年も、俺は冒険者として武器を握っていない。まともに働きもせず、アパートの隅でギャンブルに溺れていただけの男だ。
深夜「3年のブランクに、この身体だ。そもそも、俺はもう完全に終わったロートルなんだよな……」
全盛期のキレなんてとうに失われている。今の若い現役冒険者たちが最新のスキルや魔法を駆使して戦う中、片腕の元剣士ができることなんて何一つない。
画面の向こうで眩しく輝くナハトの4人を見つめていると、胸の奥がズキズキと痛み、俺は逃げるようにスマートフォンの電源を切った。
暗まった部屋の中、ただ天井を見つめる。このままこの狭いアパートの隅で、誰にも知られずにのたれ死ぬのを待つだけのエンドロール。そんな自嘲が頭を過った、その時だった。
パサリ。
静まり返った部屋のドアから、乾いた音が響いた。新聞受けに、何かが投函された音だ。
深夜「……なんだ? 借金の催促か?」
重い腰を上げ、引きずるように玄関へ向かう。新聞受けから落ちていたのは、一通の白い封筒だった。
差出人は、親戚の名前。
不審に思いながら中身を取り出し、記載されている文字に目を走らせる。
深夜「……叔父さんの、葬式のお知らせ……?」
それは、山奥で一人暮らしをしていた、一風変わった叔父さんの訃報だった。
全財産を失い、片腕を失い、冒険者としても完全に「終わった」と絶望していた俺の元に届いた、一通の手紙。
深夜「山奥、か……」
俺は手紙をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
ここにはもう、俺の居場所も、残された未練もない。なら、その静かな山奥で、文字通り「隠居」して余生を過ごすのも悪くないかもしれない。
これが、俺の人生の第2章――コボルトたちとの出会いへと繋がる、すべての始まりの瞬間だった。




