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引きこもり元剣士のダンジョン経営  作者: 姫宮代


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第-1話:宴の始まりと、名もなき横穴




 山奥の家を継いでから、さらに数日が経った。

 裏山のコボルトたちは、俺が毎日持っていくご飯ですっかり懐き、今では俺の後ろを親鳥を追うヒナのようについて回っている。

「キュン、キュン!」

「はいはい、分かったから。ちょっとそこ、危ないから退いててくれよ」

 俺は通販で買った千円の鉄の剣を脇に置き、ツルハシを握って横穴の奥を掘り進めていた。

 ここはダンジョンコアなんて高尚なものはない、本当にただの「横穴の延長」だ。叔父さんが生前、コボルトたちの雨風をしのぐ住処として使わせていたらしいのだが、さすがに数が増えて手狭になってきた。だから、元冒険者の暇つぶしがてら、奥を少し広げてやろうと思ったのだ。

「ふんっ、せいっ!」

 ガキィィィン!!!

 小気味いい金属音が横穴に響き渡った。だが、手元に伝わってきたのは、土や並の岩を砕いた時とは明らかに違う、硬質で重い手応えだ。

「ん? なんだこれ……妙に硬いな」

 煤を払ってみると、そこには禍々しい紫色の紋様が刻まれた、不気味な輝きを放つ大きな石が埋まっていた。現役時代の知識が、これが普通の岩ではなく、何か強大な存在を閉じ込めるための【封印石】だと告げている。

「封印石か……。まあ、こんな山奥のただの横穴の奥にあるんだ、大したものは入ってないだろ。第一、掘り進めるのに邪魔だしな」

 ロートルを自称する俺の感覚は、ここでも少しズレていた。普通の冒険者なら国家規模のギルドに報告するレベルの代物なのだが、俺は「邪魔な岩板」程度にしか思わなかった。

「これ、ちょっと叩けば割れるかな。せいっ!」

 フン、と少しだけ力を込めてツルハシを叩きつける。

 パキィィィン……ッ!!!

 激しい音と共に封印石が粉々に砕け散った。

 直後、横穴の奥から、世界がひっくり返るかのような圧倒的な質量を持った「魔力」が噴き出してきた。どろりとした濃密な紫色の霧がたちまち横穴を埋め尽くし、コボルトたちが恐怖で「キャンッ!」と悲鳴を上げて俺の背後に隠れる。

 霧の向こうから、地鳴りのような低く威厳に満ちた声が響いた。

「……ククク。数百年、いや数千年ぶりか。我が封印を解いたのは……いかなる剛の者か」

 霧が晴れていく。そこに現れたのは、禍々しい角と、すべてを圧するような圧倒的な存在感を放つ美しい男――魔王さんだった。

 一歩歩くごとに空気が震え、常人なら圧死しかねないほどのプレッシャー。だが、引退して緊張感のネジが外れている俺は、ツルハシを肩に担ぎ直して、のんきに声をかけた。

「あ、どうも。お怪我はないですか? 急に掘り起こしちゃってすみません。驚きましたよね」

「……は?」

 魔王さんは完全に面食らった顔をした。世界を滅ぼしかねない己の覇気を前に、目の前のおじさんが平然と挨拶をしてきたからだ。

「いやぁ、ちょうど穴掘りも一段落して、一息つこうと思ってたんですよ。これも何かの縁ですし、もしよければ、一杯どうですか? 叔父さんの遺品整理で見つけた、ちょっといいコニャックがあるんです」

「……我を誰だと思っている。我が名は魔王。人間どもが恐れ慄く――」

「あ、おつまみはスーパーの安い飴玉と、コボルトたちが採ってきた木の実しかないんですけど。ほら、お前たちも挨拶しなさい」

コボルト「キュ、キュン……(お、お酒どうぞ……)」

 俺がレジャーシートを広げてコニャックの瓶をポンッと開けると、ふわりと芳醇な香りが横穴に広がった。コボルトもおそるおそる、綺麗に洗った皿に木の実を乗せて差し出す。

「…………ふん。差し出された酒を拒むのは、魔王の名が廃るというものだ」

 毒気を抜かれたのか、魔王さんはフッと不敵に笑うと、すとんとレジャーシートに腰を下ろした。

――そこからは、ただの楽しい宴会だった。

「いやー、やっぱり美味いですね、このコニャック。魔王さんも、遠慮せずにグイッといってください」

魔王さん「ほう……人間の造る酒にしては、なかなかに深い味わいではないか。それにこの、安物だという『飴玉』とやらのチープな甘みが、コニャックの渋みを絶妙に引き立てる。お前、意外と分かっているな?」

「ははは、ロートルのささやかな楽しみですよ」

 魔王さんは最初は威厳たっぷりに飲んでいたが、俺が全く物怖じせずに対等に接する(というか、ただの飲み仲間扱いする)ことと、酒の美味さにすっかり上機嫌になっていた。コボルトたちも、魔王さんが実は面倒見がいいと察したのか、いつの間にか膝の上に乗って懐いている。

魔王さん「ククク、気に入ったぞ深夜。私はしばらくここに滞在することにする。これほどの酒と心地よい空間を、手放すのは惜しいからな」

「それは賑やかになって嬉しいです。ただの横穴ですけど、歓迎しますよ」

 俺たちがそんな風に笑い合っていると、ふと、横穴の壁や天井が、ボウッと淡い紫色の光を帯び始めた。

「ん? なんだか、横穴の雰囲気が変わったな……。気のせいか、ただの土の壁が、歴史ある古代遺跡の迷宮みたいに頑丈そうになってるぞ?」

魔王さん「フハハ、当然だ。私の魔力がこの空間に満ち溢れたのだ。ただの横穴であろうと、私の存在自体がそこを最果ての深淵――『ダンジョン』へと変貌させる」

「へえ、魔王さんの魔力って凄いんですね。まあ、雨漏りもしなさそうだし、コボルトたちの家としては万々歳か。よし、もう一本開けちゃいましょう!」

魔王さん「おお、素晴らしい。注げ、深夜!」

 魔王さんの漏れ出た魔力のせいで、ただの横穴が勝手に「ダンジョン然」とした空間へと作り変えられていく。

 当の魔王さんはコボルトを撫でながらコニャックを煽り、俺は「隠居先がちょっと頑丈になってラッキー」くらいにしか思っていなかった。

 この名もなき小さな横穴が、やがて世界を震撼させる「魔王のダンジョン」の始まりの場所になるなど、この時の俺はこれっぽっちも思っていなかった。

**【第-1話・完】**



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