第42話:ロートルの意地、あるいはただの石ころ
【前書き:ルルの冒険記 〜素材集めは命がけ?の巻〜】
(新人e-Tuber・ルルの視点)
「皆さん、見てください! トトくんが作ってくれた『属性弾・改』のおかげで、さっきから魔物の討伐スピードが信じられないくらい上がってます!」
私はカメラに向かって、新しく手に入れた魔物の素材(ピカピカ光る結晶)を自慢げに映しました。
「ララさんの防御魔法で守ってもらいながら、私が遠くからドン!って撃つだけで、今まで苦戦してた魔物が一撃なんだよ? トトくんの錬金術、本当にすごすぎる!」
後ろで素材を仕分けしていたトトくんは、ララさんに「本当にいい仕事をするわね」と微笑みかけられ、顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにマジックバッグの口を広げました。
「……いえ、ルルさんの射撃の腕が良いからです。……あ、ルルさん、次のエリアは少し強い魔物の気配がします。気をつけてください……」
「うん、任せて! 頼れる仲間と一緒なら、どんな場所でもへっちゃらだよ! 皆さん、次の配信もお楽しみに!」
お互いの長所が噛み合い、私たちのパーティーは、どんどん『本物』のプロ冒険者みたいな風格を帯び始めていました。
(ナハト・黄昏の視点)
「おいおい……ちょっと待て。いくらなんでも、この階層移動のスピードはバグってないか?」
俺――ナハトの新メンバーである黄昏は、目の前の光景に冷や汗を流していた。
臨時閉鎖されたダンジョンの第6層。かつて深夜さんがワニ人間を引きずり回し、ヒドラを千円の剣でワンパンしたという密林エリアを、俺たちは文字通り『音速』で駆け抜けていた。
魔王 「ククク、何を驚いている。深夜があの速度で進んでいるのだぞ? 追いつく側の私たちが、のんびり歩いていてどうする」
俺たちの先頭を歩く『魔王さん』は、どこからどう見ても骨しか残っていない純然たる骸骨だった。
肉体のないその骨身に、深夜さんの悪影響で『高級なブランドもののジャージ』をだらしなく着崩して羽織っている姿はあまりにもシュールだが、剥き出しの顎骨がカタカタと鳴るたび、周囲の空間が歪むほどの濃密なプレッシャーが放たれている。
押し寄せる狂暴な魔物の群れを、魔王さんはジャージのポケットに骨だけの手を突っ込んだまま、ガチリと指を鳴らすだけで巨大な植物の根や蔦を操り、一瞬で宙へと吊り上げていった。
宵闇 「ちょっと! 感心してる暇はないわよ、さっさと吊るされたやつらを仕留めて先に進むわよ!」
俺たちは魔王さんが作り出した隙を突き、大急ぎで討伐していく。深夜さんが残した足跡を追うこのチェイスは、信じられないハイペースで6層、7層、8層へと突き進んでいった。
真昼 「(これなら、すぐに深夜くんに追いつける……!)」
前衛で指揮を執る真昼さんが、小さく安堵の笑みを浮かべた、その時だった。
真昼さんの懐で、ギルド専用の緊急通信端末が、鼓膜を突き刺すような真っ赤な警告音を鳴り響かせた。
真昼 「……っ! 私です、真昼ですが、何が起きたのですか!?」
通信員『ナハトの皆さん、聞こえますか!? 大変です! 先ほど発令された国からの【緊急指名討伐依頼】ですが……ターゲットの座標が更新されました! 皆さんのさらに数階層下、新しく掘り抜かれた【第9層】の未踏エリアです! 空間の激しい歪みと共に、3年前のあの事件と“全く同じ魔力波形”が感知されました!』
真昼 「――ッ!! 3年前の、あの魔力波形……!?」
真昼さんの静かな微笑みが消え、それまで後ろで並んで走っていた丑三つさんと宵闇さんの表情が、凍りついたように強張る。
黄昏 「あの……3年前って、一体何のことですか……?」
宵闇 「……深夜が、右腕を失った時のボスよ。空間を喰らう変異種……あいつが、何で今になってこんな場所に……っ!」
3年前、地下首都高エリアの罠の先で、ナハトを全滅の危機に追い込み、深夜さんが自らの右腕と引き換えに辛うじて撃破したという、最悪のトラウマ。
深夜さんは今、その目と鼻の先である下層へ向かっている。しかも、手にしているのは、通販で買ったたった『1本千円のペラペラの鉄の剣』だけ。
魔王 「……ほう? お前たち、急に面白い顔をするようになったな」
ジャージの隙間から覗く魔王さんの虚ろな眼窩の奥で、不気味な紫色の魔力の炎が妖しく揺らめいた。
真昼 「みんな、これ以上は一刻の猶予もありません! 速度を最大に上げます! 深夜くんが、危ないわ……!」
国からの最優先依頼の正体、そして深夜さんの過去の因縁。すべての線が第9層へと繋がっていく中、俺たちは深夜さんを救うため、魔王さんと共に決死の突撃を開始した。
—
(深夜の視点)
「おーおー、随分と物々しいマップだな」
新しく掘り抜かれた第9層に足を踏み入れた俺は、思わず声を漏らした。
ここは廃墟エリアだ。やたらと空間のあちこちが歪んでいて、歩きにくいことこの上ない。
すると突然、前方の空間がガラスのように「ピキピキ」と音を立てて大きくひび割れた。放たれた強烈な魔力波形と共に空間の裂け目から這い出してきたのは、何十本もの長く鋭利な脚を持ったタカアシグモの異形――『空間喰らい(ディメンション・イーター)』。
深夜 「へえ……。お前、こんなところにも湧くのか」
3年前、俺の右腕を根こそぎ消滅させ、冒険者としての人生を一度終わらせた因縁のバケモノ。ダンジョンコアの力で右腕はすっかり元通り再生しているが、記憶に刻まれた厄介さは変わらない。
深夜 「懐かしいな。あの時は、右腕を強引に突っ込んで射線を作るなんて雑な戦い方しちまったけど……。今思えば、あれは本当に若気の至りというか、下手くそな戦い方だったよな」
キチキチキチッ!! とバケモノが空間を切り裂く脚を振り下ろしてくる。
俺は腰の通販で買った1本1000円のペラペラの鉄の剣を抜くと、最小限の歩法でその斬撃をミリ単位でかわした。
深夜 「今の俺にはキレはないが、お前の動きのパターンは、もう3年前に嫌というほど見たんだよ」
俺は足元に転がっていた、そこらの頑丈そうな『石ころ』を左手で拾い上げる。
そして、次々と繰り出される猛攻を速度で翻弄しながら、バケモノの懐へと滑り込んだ。
深夜 「よいしょっと」
俺はすれ違いざま、タカアシグモの細長い関節の隙間に、拾った石ころを正確無比な力加減で「ガチッ」と挟み込んだ。テコの原理だ。
そのまま、全体重をかけてその脚を強引に引っ掴み、思い切り引き絞る。
「ギ、ギャアアアッ!?」
巨体がバランスを崩し、ゴロンと仰向けにひっくり返った。
バケモノもタダでは転ばない。醜悪な大顎の奥が不気味な赤紫色に発光し、周囲の空間ごとすべてを消滅させる超大質量の「空間破壊ビーム」の予兆が始まる。
深夜 「おっと、それは3年前にも見た」
発警報の直前、俺はひっくり返ったバケモノの顔の真横をローリングして回避した。直後、凄まじい音を立てて赤紫色のビームが通り抜けるが、射線さえ分かっていれば、避けるのは造作もない。
深夜 「ガラ空きだぞ」
ビームを放ち終え、エネルギーが枯渇した一瞬の隙。
俺はひっくり返ったバケモノの胸元――禍々しく脈打つ魔石の真上に飛び乗った。1000円の剣を『ノミ』のように逆手に持ち替え、体重を乗せてコアの結合部に突き立てる。
深夜 「ふんっ!!」
ミキミキッ、と魔石の周囲の組織が強引にこじ開けられる。俺は腕をその隙間に突っ込み、バケモノの力の源である巨大な魔石を、力任せに根こそぎ引き抜いた。
「ギ……、ガ…………」
コアを失ったディメンション・イーターは、光の粒子となってサラサラと消滅していった。あとに残ったのは、傷一つない最上級の輝きを放つ大きな魔石だけだ。
深夜 「……ふぅ。やっぱり、石ころを挟んでひっくり返すなんて、泥臭くてスマートさの欠片もないな。あいつらが見たら、また怒るだろうな、これ」
俺が巨大な魔石を肩に担ぎ、のんびりと来た道を戻ろうとした、その時だった。
「深夜くーーーん!!! 無事ですかーーーっ!?」
廃墟の向こうから、凄まじい地響きと共に、真昼さんたちの絶叫と、密林のツルを大爆発させながら突っ込んでくるジャージ姿の魔王さんが見えた。骨だけのはずなのに、ジャージの袖をはためかせながら爆走してくる姿は圧倒的な威厳とシュールさが極まっている。
深夜 「……げっ。なんであいつら、こんなところにいるんだ?」
手に持った1000円の剣と、肩に担いだ特大の魔石を見比べながら、俺は「あ、これ説明するのめちゃくちゃ面倒くさいやつだ」と察して、そっとため息をつくのだった。




