第-5話:あの背中を追いかけて
(ナハト・黄昏の視点)
激しい金属音と魔力の爆発が止み、巨大な鉄の塊が轟音を立てて崩れ落ちる。
天然ダンジョン『元新宿駅バスタ』の地下25階。この階層の主であるフロアボス――機械仕掛けの怪鳥『エアロスター』が、光の粒子となって消滅していくのを、俺は肩で息をしながら見届けていた。
宵闇 「やった……! やったわよみんな! 25階層ボス、完全撃破!!」
丑三つ「フゥー……、大物だったな。だがこれで、ギルドへの実績報告は文句なしだ」
真昼 「ええ。これで私たちは、ようやく『彼』がいた頃と同じ――【SSSランク】の座に返り咲くことができますね」
真昼さんがいつもの穏やかな、だけどどこか誇らしげな笑顔でそう言った瞬間、パーティーの張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
だが、俺はボスの消滅した跡地へ駆け寄り、地面をランタンの光で照らしながら、小さく歯噛みした。
黄昏 「……クソ、やっぱり駄目か。魔石、砕け散って完全に消滅しちゃってますね」
丑三つ「しゃあねえよ。あいつの装甲をぶち抜くために、俺も真昼も最大火力の手数を叩き込んだんだ。魔石ごと消し飛んじまうのは織り込み済みさ」
大黒柱だった深夜さんが抜けてからというもの、ナハトのランクと実力は一時的に大きく落ち込んでいた。それを新メンバーである俺が必死に補い、今日、ついに最高峰の証明であるSSSランクを取り戻した。
戦闘の連携としては完璧だった。だけど、最上級の素材であるボスの魔石を「傷つけずに回収する」という余裕までは、今の俺たちには到底なかった。
――数時間後。
連戦の疲れもあり、俺たちはボス部屋の安全エリアでそのまま野宿をすることにした。
簡易コンロで温めたスープと携帯食料を囲み、全員で車座になって遅い夕食をとる。
丑三つ「にしても、今日の黄昏の索敵は完璧だったぜ。エアロスターが死角から高速突撃してくる位置とタイミングをドンピシャで合わせたからな。おかげで先制攻撃で出鼻をくじけた」
黄昏 「ありがとうございます……。でも、やっぱり魔石を回収できなかったのが悔しくて。SSSランクのボスともなると、倒すだけで精一杯です」
俺がスープをすすりながらガックリと肩を落とすと、宵闇さんが苦笑いしながら遠い目をした。
宵闇 「まぁ、今の私たちのやり方が『普通』なのよ。……昔が、ちょっと異常すぎただけ。ねえ、真昼さん?」
黄昏 「昔……深夜さんがいた頃のナハトなら、今日のエアロスターはどうやって倒してたんですか?」
俺が身を乗り出して尋ねると、真昼さんはお茶を口に含み、クスリと微笑んだ。
真昼 「深夜くんなら、そうですね……。まず黄昏くんのような索敵はしません。あの子は『そこにある環境』を利用して、敵の動きを止めるのが異常に上手でしたから」
黄昏 「環境、ですか?」
真昼 「ええ。今回のバスタ迷宮の天井には、かつての駅の遺物である古い電線やワイヤーが何本も剥き出しになって張り巡らされているでしょう? 深夜くんは、エアロスターが突撃してきた瞬間、それを素手で引きちぎったんです」
黄昏 「えっ、天井の電線を!?」
丑三つ「ああ。そんで、その電線を鞭みたいに振り回して、空中を飛んでるエアロスターの翼と脚にバチバチに巻き付けやがった。そのまま力任せに床に叩きつけて、完全に拘束して動けなくしたんだ。あの巨体を、たった一人でな」
宵闇 「そうそう! 『よし、あいつ紐で縛ったから、みんなで囲んでボコるぞ!』ってのんきな顔で言うのよ。こっちは呆気にとられながら魔法を叩き込むしかなかったわ」
俺は唖然とした。今の俺たちは、敵の位置を把握し、タイミングを合わせてスタイリッシュに迎撃している。
なのに、深夜さんは「そこにある電線で縛り上げて床に叩きつける」という、恐ろしく泥臭く、そして圧倒的に規格外な力技でボスを完封していたらしい。
黄昏 「やっぱり、次元が違うなぁ……。でも、それなら魔法の集中砲火で、結局魔石は砕けちゃいませんか?」
真昼 「いいえ、そこからが彼の本当の『神業』なんです。深夜くんの放つ『飛ぶ斬撃』は、信じられないほど繊細でしたから」
黄昏 「繊細、というと?」
真昼 「私たちが魔法で攻撃して弱ったところを、深夜くんは一歩踏み込んで剣を振るいました。彼の斬撃は、エアロスターの強固な装甲を一刀両断しながらも……その肉体の奥にある魔石の表面を、ミリ単位でギリギリ傷つけない、一番取り出しやすい位置目掛けて、正確に刃の軌道を滑り込ませていたんです」
丑三つ「俺たちがさっき、跡形もなく消滅させちまったあの巨大な魔石を、だ。深夜さんが一閃すると、ボスが光に還るのと同時に、床にコロンと無傷の綺麗な魔石だけが落ちてくるんだよ。あれは何度見てもバケモノ技だったぜ」
静かに語る真昼さんの笑顔と、丑三つさんの言葉に、俺の背筋にゾクゾクとした震えが走った。
自分たちが総攻撃で消滅させるしかなかったボス。その核である魔石を、一瞬の斬撃の中で完璧に見切り、無傷で切り出してみせる制御力。
それが、ナハトのオリジナルリーダーであり、かつてSSSランクの頂点に君臨していた男の技術。
黄昏 (……すごい。ただ力があるだけじゃない。あの人は、俺の理想そのものだ)
ようやく取り戻したSSSランク。だけど、今の俺たちの全力の先にある領域を、あの人は「泥臭い基本」みたいな顔をして平然とやってのけていたのだ。
黄昏 「……俺も、いつかそんな『飛ぶ斬撃』ができるようにならなきゃダメですね。今のままじゃ、全然満足してられないや」
ぽつりと呟いた俺の言葉に、宵闇さんが「あんたは真面目ねぇ」と笑い、真昼さんは目を細めて優しく頷いてくれた。
天井を見上げると、かつて深夜くんが引きちぎったかもしれない電線の名残が、暗闇の中に静かに佇んでいる。
届いたと思ったSSSランク。だけど、俺たちの前には、まだまだ高くて遠い「ロートル」の背中が、眩しくそびえ立っていた。




