第-7話:魔王の誕生、あるいは2026年の魔女
(後藤 雛の視点)
西暦2026年。世界は、目に見えない「病」によってその姿を完全に変えてしまっていた。
6年前。突如として世界中に蔓延した特殊な感染症――通称【魔力発生病】。
それに感染した野生動物や植物は、遺伝子構造を激変させ、超自然的な力……すなわち「魔法」を操り、人間に害を及ぼす異形へと変貌した。人々はそれを恐怖を込めて『魔物』と呼んだ。
だが、山奥の隔離研究室に引きこもる私――後藤 雛にとっては、それは恐怖の対象ではなく、人類の科学を超越した未知の真理、最高の研究対象だった。
雛 「……ふふ、やはりそうだ。この魔力の変調パターン、ただの病気なんかじゃない。これは世界の変革……新しいエネルギーの形よ」
私は顕微鏡から目を離し、薄暗い部屋で一人、悦に入ったように声を漏らした。
周囲からは「魔物を飼育する狂った魔女」と蔑まれ、恐れられていたが、気にしなかった。私は魔物たちとの対話を通じ、彼らが操る変異エネルギーを取り込み、自らの身体で再現する手法――【魔法】の体系化に世界で初めて成功しつつあったのだ。
私の指先から、怪しくも美しい紫色の魔力の炎が灯る。
人間でありながら、魔物以上の膨大な魔力を宿した存在。気付けば私は、世界の理を壊しかねない、文字通りの「魔女」へと至っていた。
しかし、そんな最果ての平穏は、けたたましい警告音と共に破られた。
『ターゲットを確認! 研究室を包囲せよ! 抵抗する者は射殺して構わん!』
スピーカーから聞こえるのは、国家治安部隊の冷酷な声。窓の外を見れば、無数の装甲車と、最新の対魔物用兵器を構えた兵士たちが、私の研究室を取り囲んでいた。
雛 「……ついに来たのね。愚かな政府の犬どもが」
部屋のドアが乱暴に爆破され、重武装した男たちが一斉に突入してくる。その先頭に立つ指揮官が、私に向けて一枚の逮捕状を突きつけた。
指揮官「後藤雛! お前を【国家反逆罪】で拘束する! 魔物を組織的に育成し、国家の脅威となる未知の兵器(魔法)を研究・隠匿した罪だ!」
雛 「兵器? 笑わせないで。私はただ、この世界の新しい可能性を研究していただけよ。これを正しく扱えば、人類はさらなる進化を――」
指揮官「黙れ、この『魔王』めが! お前の存在自体が人道に対する冒涜だ! すでに上層部からの命令は出ている。その危険な力ごと、世界の歴史から完全に抹殺させてもらう!」
彼らは私を裁判にかける気など毛頭なかった。私の生み出した「魔力」と「魔法」をあまりにも恐れるがゆえに、この世から消し去ろうというのだ。
突入してきた部隊が、一斉に特殊な術式が刻まれた巨大な拘束具――【封印石】を起動する。
雛 「……そう。私を『魔王』と呼んで、そこに閉じ込めるつもりね」
私は押し寄せる兵士たちを見つめ、フッと不敵に笑った。
全力を出せば、この場の軍隊を魔法で全滅させることなど容易かった。だが、それをすれば私は本当にただの大量殺人兵器になってしまう。私の研究を、魔法という美しい真理を、そんな血で汚したくはなかった。
雛 「いいわ。お前たちの望む通り、私は眠りにつきましょう。……でもね、覚えておきなさい」
私は自ら、研究室の裏手にある小さな横穴の奥へと歩を進めた。
追いかけてきた兵士たちが、怯えながらも私の周囲に封印石を配置し、強力な結界を呪詛のように編み上げていく。
雛 「私の魔法は、魔力は、決して消えはしない。いつかこの文明が滅び、お前たちの愚かな恐れが過去の遺物となったその時……必ず、私の力を理解する者が現れるわ」
封印の光が横穴を包み込み、私の身体が石の楔へと囚われていく。
意識が闇に溶けていく極限の中、私の身体から溢れ出た規格外の膨大な魔力が、ただの土塊だった横穴の壁へと侵食し、不滅の「ダンジョン」へと作り変えていくのを感じていた。
雛 (ククク……、数百年、いや数千年後かしらね。私の封印を解く、面白い『剛の者』が現れるのを楽しみにしているわ……)
人間としての名前も、2026年という時代も、すべては厚い岩肌の奥へと封じられた。
のちに世界から「1000年前の古の魔王」として恐れられることになる、孤独な魔女の、果てしない眠りがここに始まった。




