第-8話:空間の災厄と、引き換えの左腕
強烈な眩暈のあと、俺たちが放り出されたのは、冷たい岩肌に囲まれた不気味な大空洞だった。
宵闇 「な、何よここ……!? 準備もしてないのに……っ!」
バフ魔法の効果は切れ、陣形もバラバラ。最悪のランダム転送だ。
そして、俺たちの目の前の空間が、まるでガラスのように「ピキピキ」と音を立ててひび割れた。
丑三つ「おいおい、嘘だろ……。なんだあいつ……ッ!」
空間の裂け目から這い出してきたのは、おぞましいほど巨大な、細長い何十本もの脚を持った【タカアシグモ】の形をした異形。ギルドのデータベースにも存在しない変異種――『空間喰らい(ディメンション・イーター)』。
バケモノの鋭利な長い脚が、空間そのものを切り裂きながら、バラバラに転送された仲間たちへと襲いかかる。
曙 「ぐはっ……!?」
一振りで、前衛の曙が血を吐いて吹き飛ばされた。真昼さんの防御結界も展開が間に合わない。
さらに最悪なことに、タカアシグモの醜悪な大顎の奥が、不気味な赤紫色に発光し始めた。周囲の空間ごとすべてを吸い込み、消滅させる超大質量の空間破壊ブレスの予兆。
宵闇 「あ、あんなの至近距離で撃たれたら……全員、跡形もなく消される……ッ!」
仲間たちが体勢を立て直す時間は、もう1秒もない。
あのブレスを止めるには、エネルギーが極限まで高まっている今、大顎のさらに奥深くにある核(魔石)を物理的に叩き割るしかない。だが、バケモノの口の周囲は、空間すら歪める強力な魔力障壁で覆われている。
深夜 (……こじ開けるしかない。俺の身体が動く、この一瞬の間に!)
俺は一本の特注剣を左手に持ち替え、音速を超える踏み込みで、タカアシグモの正面へと真っ直ぐに跳躍した。
真昼 「深夜くん!! 駄目、行かないで――!!」
真昼さんの悲鳴を背に受けながら、俺はエネルギーの奔流が放たれる直前の、バケモノの大顎の奥へ――自らの『右腕』を、肩の付け根まで深々と突き立てた。
深夜 「ここで、撃たせるかよ……ッ!」
右腕を強引にねじ込み、空間破壊のエネルギーと魔力障壁を、物理的な『楔』として力任せに固定し、こじ開ける。
直後、ブレスの初期熱量が俺の右腕を襲った。肉と骨が、空間の歪みに巻き込まれて根こそぎ削り取られ、気化していく。脳が爆発しそうなほどの激痛。だが、俺は視線を一切ブレさせず、左手の剣を構えた。
深夜 「これで……射線は通ったぞ」
右腕という最大の代償を払い、完璧に作り出した一瞬の隙。
俺は左腕に全身の力を込め、タカアシグモの口内の奥深く、禍々しく脈打つ魔石の『中心』だけを狙い澄まし、刃を振り抜いた。
深夜 「――飛ぶ、斬撃」
閃光。
空間ごと切り裂くような左手の一閃が、俺の右腕の残骸を通り抜け、コアをミリ単位の狂いもなく綺麗に両断した。
ピキィィィン……ッ!!
コアを絶たれたディメンション・イーターは、光の粒子となって霧散していく。
バケモノが消滅し、静寂が戻った床に、傷一つない最上級の魔石だけが、コロンと転がった。
深夜 「……ふぅ。やっぱり、ちょっと……雑になっちまったな……」
地面に崩れ落ちた俺の右肩から先には、もう何もなかった。
鮮血が滴る中、駆け寄ってくる仲間たちの悲鳴を聞きながら、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
――数日後。
目を覚ましたのは、ギルド直属の特別病院のベッドの上だった。
隣には、目を真っ赤に腫らした真昼さんや宵闇、そして俯いて拳を握りしめる丑三つがいた。俺が失った右腕の包帯を見て、誰も言葉を発することができずにいる。
深夜 「……そんな暗い顔するなよ。ボスは倒せたし、誰も死ななかった。大黒星だろ?」
宵闇 「馬鹿……っ! あんたの腕がなくなって……何が大黒星よ……っ!」
泣き崩れる宵闇の頭を、残った左手でぽんぽんと撫でる。
ギルドの最高峰の回復魔法をもってしても、空間攻撃で根こそぎ消滅した欠損部位を再生することは不可能だと言われた。
剣士にとって、利き腕である右腕の喪失。それは、圧倒的な死刑宣告だ。
左手だけでもそれなりには戦えるだろう。だが、SSSランクの最前線で、仲間の命を預かって戦い抜くための「絶対的な精度」は、もう二度と出せない。
深夜 「……真昼さん、丑三つ。俺はパーティーを抜ける」
真昼 「深夜くん!? そんな……私たちでサポートします! これからも一緒に――」
深夜 「足手まといになるだけだ。それに……片腕じゃ、もう最前線のキレにはついていけない。今の俺は、ただの終わったロートルだよ」
俺の決意が固いことを悟り、真昼さんは静かに涙を流した。
退院後、俺はギルドに顔を出すのをやめた。自ら冒険者としての登録を抹消したわけではない。ただ、今までナハトというパーティー単位でクエストを受注し続けていた俺のギルドカードは、新しいクエストを受けないまま放置され、やがて自然と期限切れ(失効)になった。
命を預け合った最高峰の装備たちは、捨てることがどうしてもできず、埼玉の郊外にある貸し倉庫に封印した。
代わりに、通販で安い鉄の剣を買い、残された大金を持ってギャンブルに逃げる日々が始まる。
右腕と共に気力すらも失い、ただのやさぐれた引きこもりへと落ちぶれていく。
そのどん底で一通の葬式の報せを受け取り、名もなき横穴で『魔王』の封印を解くことになるのは、この瞬間から数えて、ちょうど3年後のことだった。
【第-9話・完】




