第11話:笑顔の煉獄と、聖者の残光
「……よし、魔王さん。最新の『冒険の友』によれば、今の主流は『リピート率』だ。そのためには、一度の挑戦で忘れられない『感動』を与えないとな」
深夜は、トトカルチョで倍にした一千万円の軍資金を手に、ワクワクした顔で裏山の設計図を広げた。隣では魔王が「ほうほう、感動! 素晴らしい響きですな」と、ドス黒いオーラを纏いながら骸骨の顎をカタカタ鳴らして喜んでいる。
【第一層:白銀の回廊と「後戻り禁止」のエール】
深夜の指示により、洞窟の岩肌は磨き抜かれた石灰岩と大理石の『白銀の回廊』へと変貌した。
「今の冒険者は注意力が散漫らしいからな。鏡みたいにピカピカにして、自分の不甲斐ない面構えを確認しながら進んでもらおう」
深夜は天井の隙間に、禍々しい羽音を立てる【殺人ミツバチ】の巣を隙間なく配置した。
「いいか魔王さん。これは『前進する勇気』を教える装置だ。一度通った道をビビって逆走しようとした瞬間に蜂の巣にする。後ろを向く暇があるなら前を見て剣を振れ……っていう、俺たちなりのエールだよ」
「なんと教育的! 深夜殿、親切が過ぎますぞ。では、刺されても死なないが、一週間は眠れないほど痒い呪いを付与しておきましょう」
さらに深夜は、一層目から【ガラス・ゴーレム】、壁に化ける【擬態ゴーレム】、正面突破の【アイアン・ゴーレム】をガチガチに配置した。あまりの密度の濃さに、この時点で誰も二層目に行けないレベルの門前払いになっているが、二人は「充実したカリキュラムだ」と満足げだ。
「ご褒美も必要だな。ワープ罠を踏んだら、宝箱が山ほどあるボーナスルームに行ける。……まぁ、当たりの二個以外、全部【SSS級ミミック】だけどな。運も実力のうちだ」
【第二層:状態異常のデパートと「窒息」のスリル】
二層目は魔王が担当した。そこは一歩踏み込むごとに「不運」が襲う地獄絵図だ。
「石化、麻痺、毒、混乱、睡眠、凍結、発火……。三層目に着くまでに全状態異常をコンプリートできる精鋭を揃えました。さらに、ここのワープ罠は特別ですぞ」
魔王が指差す先、罠を踏んだ冒険者は、なんと『壁の中』へと転送される。
「壁の中で身動きが取れず、じわじわと酸欠になる……。死ぬ直前にワープで排出されますが、あの『死が迫る恐怖』こそが、彼らを真の戦士へと変えるのです!」
「いいな。諦める潔さも冒険者には必要だ」
【第三層:魔法阻害の断崖絶壁】
三層目は深夜のドSな職人魂が爆発した。魔法を阻害する石で作られた細い足場。その下には、百メートル下の奈落と、待ち構える鋭い杭。
「飛ぶことはできない。ただの体術と根性だけで、飛行魔物や這い寄る人食草を捌いてもらう。……ああ、出口はあえて『ワープ罠』にしておこう。最後の最後で行き着いた先がどこに飛ぶかわからないワープ罠の絶望。これが一番の教訓になる」
【第四層:モンスター商店街と「酒」の外交】
殺伐とした三層目から一転、四層目は活気に満ちていた。魔王軍の残党たちが露店を並べる『モンスター商店街』だ。
「ここでは人間の常識は通じない。お酒をチップに交渉すれば、魔界の逸品や貴重な情報が手に入る。……だが、不遜な態度を取れば、店主のオーガに文字通り『摘み出される』。多様性の理解ってやつだ」
深夜は「お酒好きの部下たちも潤うし、一石二鳥だな」と微笑んだ。
【第五層:煉獄の宴会場と「名誉市民」】
四層目の奥、巨大な黒い門がそびえ立つ。深夜の達筆で『この先、一切の希望を捨てよ』とデカデカと刻まれていた。
「さあ、最後は『宴会場』だ。四層目での立ち振る舞いで難易度が変わるぞ。モンスターと仲良く酒を飲めた奴には、俺と魔王さんと魔物全員での【飲まされる地獄の宴会】だ。胃袋の限界を超えてなお注がれる美酒。これぞ究極の接待!」
「逆に敵対した者は、門を潜った瞬間に即退場。そして、クリアを目指す者には、私が呼び寄せた悪鬼羅刹によるボスラッシュ……。地獄すら生温い煉獄の宴をプレゼントしましょう」
深夜は、出口の設計にも余念がない。
「ここをクリアした奴は『名誉市民』だ。入り口の『勝者の門』はいつでも開放してやろう。……魔王さん、俺たち、最高の場所を創っちゃったな」
「ええ、深夜殿。世界中の冒険者が、この『優しさ』に涙することでしょう」
【ナハトの追跡:鉱夫達の晩餐歌にて】
一方、岐阜県の村営ダンジョン『鉱夫達の晩餐歌』の受付には、場違いなほどの威圧感を放つ一団が立っていた。
『ナハト』――伝説のパーティ。リーダーの真昼が、冷徹なまでの美貌で受付嬢を射抜いた。
「……確認したい。数日前、ここに『深夜』という名の冒険者が入場した記録があるはずよ」
震える手でデータを呼び出した受付嬢が、消え入るような声で答える。
「は、はい……。確かに『深夜』様という方が。ですが、その、期限切れのカードをお持ちで、現在は『初心者講習』を受けられている段階かと……」
背後に控えていた鉄壁の盾・曙が、呆れたように鼻を鳴らした。
「初心者講習? あの深夜さんがか? 冗談はやめろ。偽名か、あるいはあの人の名を騙る不届き者だろう」
「……いいえ、待って」
新加入のシーフ・黄昏が、ギルドに残された微かな魔力の残滓を辿り、顔色を変えた。
「この『勝ち出口』から出てきた連中の噂……。誰にも負けていないのに、何故か敗北感に満ちた顔で『パンフレットこそ世界の真理だ』と呟いていたという記録。……ただの偽者に、そんな現象が引き起こせるとは思えないわ」
真昼が、かつての相棒が去った虚空を見つめるように目を細めた。
「……深夜さんは、いつだって私たちの想像を絶する高みにいた。もし彼が、あえて新人を装い、こののどかな村のダンジョンに現れたのだとしたら……そこには、世界を揺るがすような『真理』があるはずよ」
「……行きましょう。彼が足跡を残した場所へ。たとえそれが、初心者講習という名の『聖者の儀式』だったとしても」
彼らが「聖人」と信じて疑わない深夜は、今まさに魔王と肩を組んで、「五層目のボスラッシュ、もう少しモンスターの数を増やして『おもてなし』を強化しようか!」と、純粋な善意で更なる地獄を練り上げている最中だった。




