第10話:終わらない夢の入り口
ボブゴブリンとの「和解」を終えた深夜は、小鳥さんの案内で、冒険者からは決して見ることのできない禁断の領域――『バックヤード』を見学していた。
「ここが、ダンジョンの心臓部を支える管理区画です」
そこは、深夜が知る「おどろおどろしい魔窟」とは無縁の、清潔で無機質な空間だった。まず目に飛び込んできたのは、巨大な縦穴から次々と溢れ出してくる「何か」だ。
「……小鳥さん、あれは何だ? 食べ物……か?」
「はい。モンスターたちの食事です。ダンジョンコアが周囲の魔素を物質化して、彼らの好物や栄養価の高い飼料として一定間隔で排出しているんです。自給自足、完全自動化されたエコシステムですよ」
深夜は絶句した。かつて埼玉の荒野で潜っていた頃、モンスターたちは共食いをするか、地上に出て家畜を襲うのが当たり前だった。だが、ここでは魔物さえも「狩り」をせず、湧き出てくるエサを食べて「業務」に備えている。
さらに奥へ進むと、光の魔法陣が並ぶ広間に出た。そこには、先程深夜がボコボコにしたゴブリンたちが、まるでお風呂上がりのようにリラックスして、傷一つない状態でリスポーン(再構成)されてくる姿があった。
「あ、深夜さん! 先程はどうも!」
一匹のゴブリンが、深夜に気さくに手を振る。深夜の手の中で「悟りの顔」をして消えた個体だ。
「……あ、ああ。元気そうで何よりだ」
深夜は複雑な心境で応えた。死の重みが、この場所では羽毛よりも軽い。
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最後に案内されたのは、地上への出口だった。そこには二つのゲートが並んでいた。
一つは、豪華な装飾が施された『勝利の門(勝ち出口)』。そこからは、宝石やドロップ品を掲げ、歓喜に沸く冒険者たちが出てくる。
もう一つは、質素で少し暗い場所に設置された『敗北の門(負け出口)』だ。ワープで強制送還された冒険者たちが、装備を汚し、肩を落としてトボトボと出てくる。
「……なるほどな。あの『負け出口』の連中の顔、見てると辛いな」
深夜が呟くと、小鳥さんがニヤリと笑った。
「そうでしょう? でも、彼らの『悔しさ』こそが、最高の集客リソースなんです。深夜さん、向こうを見てください」
深夜が視線を向けると、敗北の門から出てきた冒険者たちの目の前に、『リベンジ専用・再入場入り口』という看板が立てられていた。悔しさに顔を歪めていた冒険者たちは、その入り口を見た瞬間、「次こそは……!」「あと少しだったんだ!」と叫びながら、財布から二千五百円を取り出し、吸い込まれるように再びダンジョンへ戻っていく。
「…………」
深夜は、その光景に戦慄した。
(恐ろしい……。一度負けて、アドレナリンが出ている瞬間に、再挑戦の道を示すのか。これじゃあ、お金と体力が続く限り、ずっと挑み続けてしまうじゃないか……)
天然ダンジョンでは、一度負ければ死ぬ。再挑戦などという概念は存在しない。しかし、現代の人工ダンジョンは、「死なない」からこそ「何度も挑ませる」という、中毒性のスパイラルを創り出している。
(……だが、これは『楽しさ』の仕組みでもあるんだな。次は勝てるかも、という希望を絶やさない……。よし)
深夜は、自分の『裏山の横穴』の設計図を脳内で書き換えた。
「小鳥さん。俺のダンジョンにも、負け出口のすぐ隣に再入場口を作ります。それも、さっきよりさらに豪華な看板で」
「ええ、いいですね! その調子です、深夜さん!」
深夜は確信していた。敗北を「終わり」にするのではなく、次の「始まり」に直結させる。この『無限ループ』こそが、村を豊かにし、冒険者を熱狂させる鍵なのだと。
……彼が作ろうとしているのが、中身は「SSS級の魔境」であるという事実を除けば、それは極めて健全な経営判断であった。
【各話オマケ:ナハトの冒険録 ―終焉の絶対性―】
王都、未踏領域調査報告会。真昼たちは、冷徹な顔で報告を終えていた。
「……以上が、天然ダンジョン『死を悼む回廊』の調査結果です。一度足を踏み入れれば、戻る道はない。敗北はすなわち、世界の理からの抹消を意味します」
「救いはないのか……?」
調査員が震える声で問う。
「救い? ……深夜さんは仰っていましたよ。『ダンジョンは、自分たちの命と引き換えに何かを掴む場所だ』と。……そこにはリベンジなんて甘い言葉は存在しません。あるのは、絶対的な死と、わずかな栄光だけです」
宵闇が、深夜の教えを胸に、冷たく言い放つ。
彼女たちが「死の不可逆性」こそが冒険の美学だと信じている横で。深夜は今、「負けた瞬間に、おかわりができるシステムは最高だな!」と、現代のコンビニエンスな冒険にどっぷりと浸かっていた。




