第7話:文明の利器と、人間扇風機
「……お、出た! 【臭いプロテインパウダー】だ!」
先程の少年――カイトと名乗った新人は、消滅したキノコの跡地に落ちていた怪しげな袋を嬉しそうに掲げた。
深夜は、それを不思議そうに眺める。
「……それが、戦利品なのか?」
「ええ! これ、街のジムの連中に高く売れるんですよ。深夜さん、拾わないんですか?」
「いや、俺たちの頃は魔石を剥ぎ取るくらいだったから……。倒した後に物が残るなんて、今のダンジョンは親切なんだな」
深夜は感心しながらカイトのポーチに目を留めた。手のひらサイズのポーチには複雑な魔法の紋様が刻まれている。カイトがそこに【臭いプロテインパウダー】を放り込むと、吸い込まれるように消えた。
「そのポーチ、中はどうなってるんだ?」
「これですか? 四次元空間拡張ポーチの最新型ですよ。一軒家くらいなら丸ごと入るって評判です。二万五千円もしましたけど、元は取れます!」
(……家が入るポーチが二万五千円。俺がダンジョンで野宿してた頃にこれがあれば、拠点を持ち歩けたのか……)
深夜が目からウロコを落としていると、ダンジョンの奥から地響きが聞こえてきた。先程の「斬撃ビーム」の轟音が、周辺の魔物を呼び寄せてしまったらしい。
通路の先から現れたのは、キノコの群れだった。
腹筋が六つに割れた【マッチョルーム】。
丸太のような腕を持つ【ゴリマッチョルーム】。
そして、全身が鋼のような筋肉で覆われた【オニマッチョルーム】。
「ひっ、数が多い……! 深夜さん、逃げましょ――」
カイトが叫び終わる前に、オニマッチョルームの剛腕が彼を襲った。直撃。
深夜が助けに入ろうとした瞬間、カイトの体が青白い光に包まれた。
血が飛び散ることも、死体が転がることもなかった。光の粒子となったカイトは、そのまま空間の裂け目へと吸い込まれ、完全に消失したのだ。
「今のは……転送?」
深夜は呆然とした。これは現代ダンジョンの標準装備『緊急救急ワープホール』。致命傷を受ける直前に、強制的にダンジョン外へ転送する仕組みだ。
「凄い……! 失敗しても死なないのか。人を育てる仕組みとして完璧じゃないか……!」
深夜は心底感動した。彼が潜っていた穴では、失敗は即、死を意味した。だが、こののどかなダンジョンには、挑戦者を守る優しさがある。
「よし、俺のダンジョンにもあれを採用しよう。……そのためには、まずこいつらを掃除しないとな」
感動に浸る深夜を、数十体のマッチョルームたちが包囲する。深夜は、残された左手をポケットに突っ込んだ。そして、その場に倒れ込むようにして――床に背中をつけた。
「ふんっ!」
超高速の回転。ブレイクダンスの技の一つ、ウインドミル。だが、深夜のそれは、物理法則を置き去りにしていた。
手を使わず、肩と背中だけで地を這うように回転する深夜の足が、猛烈な「ソニックブーム(衝撃波)」を発生させる。
キィィィィィン! という音と共に、真空の刃が円状に広がった。
マッチョルームたちの筋肉が、衝撃波に耐えきれず次々と破裂していく。一秒間に数十回転する深夜の足は、もはや巨大な扇風機の刃と化していた。オニマッチョルームの巨体さえも、その旋回に巻き込まれ、粉砕されていく。
数秒後。深夜がピタリと回転を止め、スッと立ち上がった時には、広場には静寂だけが残っていた。
「ふぅ。……これ、ちょっと目が回るな。やっぱり武器があった方が楽か」
深夜は、散らばった大量の【臭いプロテインパウダー】を眺めながら、また一つ「新時代の経営」への決意を固めるのだった。
【各話オマケ:ナハトの冒険録 ―絶対回避の術式―】
王都、魔法研究所。丑三つ(うしみつ)が、ボロボロになりながら古びた陣を描いていた。
「……できたわ。深夜さんが昔言っていた、死ぬ瞬間に空を飛べたらいいのになーって。時空間を歪めて座標を固定する、神聖魔法の極致だったのね」
「丑三つさん、それ成功したらノーベル賞ものですよ」
黄昏が呆れ顔で言う。
「深夜さんはこれを、想像してたのかしら。」
彼女たちが一生をかけて研究している「奇跡」が、地方では初心者講習の「ワープ装置」として量産されていることを……彼女たちは、まだ知らない。




