ドライブ
「おはよーゆっこ。おー海って感じ、いいじゃん」
朝一、上から下まで眺められて満足そうに笑みを浮かべる壮絶美人な生き物に、内心では一気にテンションが上がった。
「おはよう、ありがと。なっちゃんもすごく海って感じだね」
「だろ」
ハアー、美人はドヤ顔も美人だ。
これだけ美人だと、ドヤ顔されても全くもって嫌味がない。
ただのベストショットを脳内のフォルダーに保存しただけである。
つくづく美人は得だなと思うが、なっちゃんの美人にまつわる苦労を聞いていると、男の美人というものは、意外にも面倒なことも多いんだなとも思う。
容姿で損得が少ない私には、振り切ったような振り子の動きをするなっちゃんの実体験など、計り知れない。
私には一生涯訪れることなどないだろう。
美人すぎるというのも、面倒な悩みが多いものだ。
そんななっちゃんは、今日は魚のキャラクターがたくさん描かれているシャツを羽織っていた。
キャラクターと言ったのは、空想上の魚ばかりに思えたからだ。
白地に淡いブルーグレーで描かれているキャラクターは、よくよく見るととても種類が豊富で遊び心があった。
対する私も、海だと聞いて、コーデにはもの凄く悩んだし、頑張った。
これが女同士のドライブだったら迷わずパンツスタイルを選んでいただろう。
だが、壮絶美形と壮絶イケメンとが一緒なのだ。
ここは、せめて格好くらい女性らしくいきたいではないか。
選んだのは、去年夏のバーゲンで購入した水色のロングワンピースだ。
肩に控えめなフリルがついていて、生地をたっぷり使ったAラインのワンピースは、レーヨンと麻が入っている生地でとても軽く着心地も良かった。
ウエストリボンのタイプなので、隠したいところを隠せて出したいところ出せる、スタイルが良く見えるワンピースだった。
仕事場にワンピースを着ないのにワンピースを買ってしまったが、今日のためにあつらえたようなワンピースだと思ったのだ。
お店の中や車内は冷えるかもしれないので、白いレース編みのカーディガンも持って出た。
足元は悩んだが、ローヒールの編み上げサンダルを選ぶ。
本当は踵のあるものを選びたかったが、なっちゃんの言い方が浜辺にも出そうな勢いだったから、歩きやすさも考慮した。
バッグは斜めがけのかごバッグ。
叔母から貰ったブランドのもので、バケツ型のかごには白い小花の刺繍がしてあり、持ち手やストラップが白い革で出来ているのでとてもしっかりしていた。
いくらするかは分からないが、ブランドの名からして、私には手が出ないものだ。
表にロゴがあるわけでもないし、モチーフがあるわけでもない。
言われなければそのブランドだとは分からないが、きっと値は張るものだろう。
『もう可愛すぎて持てないから』という理由で貰ったが、私から見たら『まだいける』と思った。
だが、こういう感覚は自分でしかわからないものだ。
有難く頂いた。
ブティックを経営している叔母は、とてもお洒落好きであり、いかにもおばさまという感じだ。
おばちゃんじゃない、おばさまである。
私が小さな時から既におばさまだった。
品はとても良いのだが、回りくどい毒舌をかますので、母との中は悪かった。
独身を貫いているのも、母と相容れない原因だと思う。
さて、このとても可愛いバッグの難点は、物があまり入らない、という一点である。
入口は巾着になっているし、内側にはポケットもついているし、マチもある。
だが、いかんせん小さい。
持ち物を厳選する必要がある。
その一点を除けば、とても可愛く上品なバッグだった。
首元をより華奢に見せてくれる細い金のネックレスと、大ぶりで揺れる太陽をモチーフにしたピアス、そしてつま先のペディキュアには、なんちゃってジェルネイルのシール。
本当に、私にしてはかなり頑張った。
「晴れて良かったね」
「ほんとな、いつも全く気にしねーのにずっと天気予報ばっか見てたぜ」
「あはは」
家の前まで迎えに来てくれただけでなく、玄関まで迎えに来てくれたなっちゃんは、今日も今日とて大変上品な顔に下品な口調をかましてくる。
これが彼の素であり、通常運転なのだ。
朝からこんな眩しい美人な顔を拝める上に、ギャップに萌えてしまう。
や、家の前まで車で迎えに来てくれて、更に玄関まで来てくれたことにありがたさを感じるのが先だろう。
時刻は朝の九時、ここ数日にしてはとても珍しく快晴である。
「なんか荷物多くね?」
「え?なっちゃんが朝おにぎり食べたいって言うから」
私の手から大きな保冷剤入りのトートバッグを奪いながら、なっちゃんが不思議そうに呟いた。
私としては、『何不思議がってるのだ』だ。
それに、おにぎりだけというわけにはいかないだろう。
だから、ソーセージと唐揚げと玉子焼きというド定番の三品も作り、彩りにブロッコリーとミニトマトを添えた。
そして、それだけでは不安だったので、サンドイッチもプラスしたのだ。
因みにサンドイッチのパンは歩いてすぐのパン屋さんで買った焼きたてだから、不味いはずはない。
こちらも具材はベーコンとチーズとレタスとトマトという定番中の定番だ。
おにぎりは全部で十二個あるが、“ちっさい”と言われたこのおにぎり三個ではたして男性の腹が満たせられるか疑問だったからだ。
それに、おにぎりの苦手な人は一定数いる。
かくいう私も人様のおにぎりは若干苦手だ。
私の場合、素手であってもお店のなら美味しく頂けるので、やはり衛生面の信用性の問題なのだろう。
なっちゃんと怜司君は大丈夫と分かってるが、怜司君の幼馴染が初対面の私のおにぎりを良しとするかはわからない。
あとは、余計かとも思ったがペットボトル4本分のお茶も入っているから、それだけで重さはある。
「え、全員分作ったのか?」
「ん?うん」
「わ、マジごめん! これから普通にコンビニ寄るつもりだった」
「デザートとかお菓子とかアイスはないから寄ったらいいと思うよ?」
「や、うん。それは、うん。えー……怜司に怒られそー」
「そんなに大げさなものは作ってないよ。特別朝早いわけじゃないし」
「や、この時間で十分だって。あーでもちょっとじゃなくて結構楽しみ」
本当に楽しそうに言うから、それだけで作ったかいがあったというものだ。
因みに今日は具入りだ。
梅干しと、さけと、昆布、というこちらも定番っちゃ定番である。
「それに、こないだおにぎりで怜司と喧嘩になってさあ、これで俺の言い分が正しいことを証明できるな」
「ええ?何言ったの?」
「ふふっ内緒ー!あ、ゆっこ俺の後ろ乗って、ほい」
「ありがと」
助手席の後ろのドアを開いて乗車を促される。
ドアを開くと言っても、横へスライドするタイプだったので、ドアの取手を少し引いただけで電子音とともに大きく開き、なっちゃんはそのまま助手席に乗り込んだ。
トートバッグは、そのままなっちゃんの手の中だ。
真っ青な車はなっちゃん家の車で、私にはその車種までは分からなかった。
けれど、ファミリーに人気のタイプで、車高が高くゆったりした車内の作りをしている。
「おはようございます」
「ん、おはよう、ゆっこさん」
「あ、おはようございます。初めまして、立花晴臣です」
「初めまして、平木綿子です。今日はよろしくお願いします」
礼儀正しくぺこりと頭を下げてきた相手を見て、ここで、ああ、これは───、と、ちらりと助手席と運転席の間から顔を覗かせるなっちゃんへ目を向けると、にっと笑われた。
隣に座ったこの立花晴臣という人は、ぱっと人目を引く、小柄でキラキラした容姿だ。
外見はものっそい私の求めていたタイプそのものである。
いやいや、確かにタイプですが、色々いいの?
お膳立てしてくれたのは嬉しいが、怜司君の幼馴染で同僚だなんて近すぎるんじゃなかろうか。
駄目になった時にお互い困る───と、思いが過ったが。
───やめた。
一瞬でも色々と考えたが、今日は何も考えずに楽しむことに集中しようと思い直す。
こんな、壮絶美人とイケメンとかっこ可愛い男三人とドライブだなんて、美味しすぎるでしょう。
平々凡々な私とイケメンキャラ人気トップスリーのような三人が一緒なのだ。
これが現実なのだから、“事実は小説より奇なり”だ。
気合いを入れてフル装備した自分自身に、『良くやった』と脳内で褒めたたえた。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「お前は───っゆっこさん、本当ごめん。朝から大変だったでしょ?」
『コンビニ寄るぞー』『おー』でコンビニに着いて、店の中に入ってから『ゆっこに言ったらおにぎり作ってくれた』と、なっちゃんが口を開いた。
私がおにぎりのことを忘れたわけじゃない。
ただ、言い出すタイミングが掴めなかっただけだ。
なんの脈絡もなく『おにぎりを作って来ました』とは言いづらく、かと言って、『なっちゃんに言われたから作って来ましたよ』というのも言い訳がましい気がしたのだ。
や、その通りはその通りなのだけども。
ぎりぎりまで言えないでいたら、なっちゃんから伝えてくれた。
ゆっこに言ったらという前置きをちゃんと付け加えてくれるあたり、私はある意味被害者面ができる立場だ。
まるで子供みたいに正直な彼のこういうところを、私はとても好いている。
怒られるだろう内容だが、店の中に入ってから言うところが、なっちゃんらしい。
車内よりは、怒られる度合いが違うだろう。
ただ、私が言いだすまで待っていてくれたのだとしたら悪いことをしてしまったが、何はともあれおにぎりの存在をごく短い言葉で正確に伝えることが出来た。
「あ、ううん。朝早いわけじゃなかったから。
でも、お菓子もデザートもアイスもないからコンビニは必要かなって」
「よくわかってるね」
怜司君が面白そうに笑う視線の先には、お菓子売り場でタケノコの形をした抹茶味のチョコレート菓子と、カップに入ったスティック型のスナック菓子を嬉しそうに手にする壮絶美人な生き物がある。
ちなみにスナック菓子は、梅塩味だ。
どちらも期間限定である。
限定物に弱いらしい。
あんな美人がコンビニのチープなお菓子で満面の笑みを浮かべるのだ、可愛すぎる。
「車の中、いつも何かしら食べてるって聞いてたから」
「俺は車内で食べるのどっちかっていうと好きじゃないんだけどね、あいつ毎回何かしらこぼすし。でもとっくに慣れた……っていうか諦めた」
そう言いながらペットボトルの緑茶を怜司君が取ろうとしたので、言い忘れていたこともあったと口を開く。
「あ、緑茶もあるの。それと、サンドイッチも」
「え……ありがと」
「ううん。私ペーパー過ぎてとてもじゃないけど運転出来ないから、そのお礼ってことで。ハル君おにぎり大丈夫?」
「うん、平気。寧ろ楽しみ。木綿子ちゃんのおにぎりって、怜司と結城君が痴話げんかに発展したおにぎりでしょ?」
「あー…ね?そうみたい。なんか『これで証明できる』とか自信ありげに言われたけど、ただのおにぎりだからハードル上げないで欲しい」
「あはは」
近くのコンビニによる短い間に敬語が解け、『ハル君』『木綿子ちゃん』と呼び合う仲になったのはこのキラキラな彼のおかげだ。
木綿子ちゃんという呼び方は本当に久しぶりに聞いた気がするし、少しだけこそばゆく、なんだか聞きなれないからか、名前を呼ばれただけでドキッとしてしまう。
にしても、私のおにぎりの話はそこまで話題になってるのか。
「あ、唐揚げ食いたい」
唐突に呟いてお惣菜の紙パックに入った唐揚げを手にしようとしたなっちゃんに、『唐揚げもあるよ』と伝える。
「うっそ、マジで?何でもあんじゃん」
「なんでもは無いよ」
「ゆっこさん、欲しいのあったらなんでもカゴ入れてね」
「ありがと。じゃあ飴買ってもらおうかな」
「あ、飴ならこれが良いー」
そう言って、なっちゃんがキシリトールのいちごミルク味の飴袋をカゴに入れた。
「お前の好きなの入れんな」
「あ、でも、私もこれ好きだからこれで」
「遠慮してない?」
「うん、全然。柑橘系の飴って上顎痛くなるから苦手なんだ。ミルク系の方が好きなんだけど、これね、ミルクなのにすっきりしてるの。舌触りつるつるしてるのも良いし、あと、ちょっと冷たい感じが好き」
「だよな!」
「冬ならキャラメル系が良いなって思うんだけどね」
「わかる!」
「那智、うっさい」
「結城君はどこ行っても子供みたいだねえ」
大人になってもこんなに賑やかなのが、なんだかとてもうきうきしてくる。
コンビニに寄っただけで、学生の小旅行のような気分にさせてくれた。
「相変わらずちっさいけど、うっまい!」
「……確かにうまい」
「うん、美味しい!」
どうやら皆の口にあったみたいだ。
「ほらー」
「なんで那智がドヤるんだよ」
「それでこそ結城君だよねー。でも、ほんと美味しいよ、おにぎり屋さんのおにぎりみたい」
「ありがと。きっと、お米と塩と海苔がちょっと良いやつだからだと思うよ」
「なるほどねー」
なんだかハル君は噛み締めて食べてくれている。
そのことが妙に嬉しい。
「わ、唐揚げも美味しい!」
「俺ゆっこのだし巻き好きー。あ、ソーセージっわかってんじゃん!俺これ以外微妙って思ってる」
「お前ソーセージの種類が違っただけで思いっ切り不機嫌になるもんな」
「だって他の美味くねーんだもん」
その話を聞いていたから、このソーセージを購入したのですよー…とは言わなかったがそのとおりだ。
どちらかと言えば高めだが、最寄り駅前のドラッグストアでは何故か毎日特価で売っているのだ。
特別高いわけじゃない。
皮がパリッとしていて、香辛料が多めだが辛くはないし、とってもジューシーだ。
なっちゃんが言う気持ちも分かる。
次から購入するのはこれにしよう、うん。
けして、この美しい生き物がいつ来ても良いように、という下心からではない。
運転手の怜司君がさくっと食べ終わると、車は安全運転で道路を順調に進んでいた。
進んでいたが、皆が食べ終わり、少ししたところで、はた、と気が付く。
南下している。
思っていた方向と違うのだ。
少し距離があるが、館山まで行くのだろうか?
「ところで、どこに向かってるの?」
「あ、言ってなかったわ、海ほたる」
「え、そっち?」
「また怜司と同じ反応ー」
「いや、お前のテンションからしたら普通そう思うだろ」
「や、悪くないよ?寧ろ良いんだけどね?でも九十九里に向かうと思ってたんだけど南下してるから館山かなって勝手に思っちゃって」
てっきり、外房、九十九里の方へ向かうのかと思っていたのだ。
そして南下してるのが分かった後は、館山だと思った。
まさか、海ほたるに行くとは思ってなかった。
行きは内房を回り木更津から、帰りは品川方面から舞浜に出ると言う。
なんともまあ贅沢な大人のドライブの楽しみ方だ。
都会っぽい。
「なにもわざわざ海渡らなくてもって俺も思うよ」
「いーだろ、一回くらい」
「どうせ、ひまでテレビつけたら限定の食い物特集してたとかそんなんだろ?」
「っうまそうだったから!行きたくもないアウトレット寄るんだからいーだろ」
「どっかで時間潰さないと昼には早いだろ?第一お前のを買うんだ、お前のを」
「はいはい」
なっちゃんと怜司君のやり取りに思わず笑いを吹き出すとハル君の笑い声と重なる。
「まあでも折角アウトレット行くなら俺も靴見たいし、海ほたる行くならカメラの出番もありそうだから楽しみだけれどね」
「わ、本格的なカメラだね」
ハル君の楽しそうな声に、彼の手にしたカメラに目を落とす。
私でも知っているメーカーの一眼レフのカメラだ。
「趣味で撮ってるんだ。風景も好きなんだけれど、人も。あ、見てみる?去年の花火大会のときの───これとか」
「わ、綺麗……」
「でしょ?」
「うん。綺麗だし、これはなかなかにして羨ましいベストショットだね」
「でしょ?俺もこれが撮れた時には奇跡が起きたと思った」
そこには、夜空に満開の花火をバックにした怜司君となっちゃんの浴衣姿があった。




