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推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常  作者: 日夏


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11/15

可愛い嫌がらせと、私の家族

「片付きすぎてないところが良いんだよなあ」


ソファに座らずにソファとテーブルの間に腰をおろしていたなっちゃんは、呟きにしては大きな声を上げて頭をソファに預けた。

そのまま天井を仰ぎ見てから、視線をこちらへと向けてくる。


顔が少しばかり赤い。

量は少なめだったが日本酒だったからか、ほろ酔い状態なのだろう。

壮絶美人のほろ酔い姿は、とてつもなく可愛い。


褒めているんだか、けなしているんだか、分からない感想だ。

まあ、だが遠慮せずに寛げている場所なのだから、これは褒め言葉なのだろう。

その壮絶美人な生き物の横に、壮絶イケメンな生き物が座っているが、こちらはきちんとソファに腰かけている。

二人掛けのソファと足の長さが全くもって釣り合っていないので、申し訳ない気持ちになった。


怜司君が、呆れたようなため息を一つ吐き出すと同時に、なっちゃんのおでこをぺちんと指で弾く。


「痛っ……何だよ、怜司!」

「十分片付いてるだろ」

「や、そうなんだけど。適度に物があるじゃん?怜司の部屋と違って散らかしても許されるっつーか」

「お前の部屋はこれ以上散らかしようがないほど散らかってるけどな」

「うっせ」


対して痛くもないだろうおでこを痛がるなっちゃんと、呆れ気味の怜司君。

うん、私にはただイチャイチャしてるだけに見える、なんとも美味しい光景だ。


「お寿司もう良いの?」

「うん、あ、待った、他はまだ食べる。これ美味い」


姿勢を起こして、箸で一つ漬物を摘まんでポリポリと笑顔で頬張る。

そうか、美味いか、好きなだけ食べるがいい。

お寿司をタッパーへと移し、お茶を入れようと続きのダイニングへと足を向けた。




火曜日に遊びに来たなっちゃんは、本日金曜日の夜にも遊びに来た。

ただし、今度はちゃんと予約を入れて、だ。

火曜日日付を回ってから帰ったなっちゃんは、帰り際に金曜日の来訪を告げてきた。

『飯はこっちで用意する』と言われていたが、金曜日のお昼になって、『寿司の気分』と連絡が入った。

なんでも、出張中の怜司君が美味しいものを食べているので悔しくなった、との理由だった。

それなら、お吸い物とサラダ、それからお酒とおつまみくらいはと提供したところ、いたく気に入ってくれたのだ。


サラダはイカリングを載せたなんちゃってな海鮮サラダだったが、そこにポテトチップスをぶち込んできたのはなっちゃんだ。

高カロリーだとか栄養だとか、そもそもサラダの定義から外れていて邪道だろうが、そんなことはこれぽっちも気にしないようだ。


まあ、『美味いだろ?』と聞かれたら、『美味い』と答えるしかない。

油と糖分と塩分が過剰に加わるものほど美味いのだ。


先ほどなっちゃんが『これ美味い』と言った漬物は、大根のべったら漬けもどきだ。

短冊切りの大根を塩麹に漬けただけである。

市販のべったら漬けよりマイルドな甘さで、身体にも優しく仕上がるので大根消費によく作る一品である。


怜司君は、私となっちゃんがお寿司を半分ほど食べ散らかしたころ、シャツとジーパンというラフな格好で家に訪ねてきた。

イケメンは何を着てもイケメンである。

箸とお皿を渡したところ、『今夜から調整するから』と断られたため、何も口をつけてはいなかった。

明後日の日曜日に撮影があるらしい。


そして、ご丁寧に出張のお土産をいただいた。

小倉のバターサンドクッキーで、お洒落なパッケージだった。

お洒落な人はお土産のチョイスもお洒落だなーなんて思ったが、なっちゃんが『名古屋行くなら買ってこい』と言い張った一つだという。

冷蔵だから、と言われて今は冷蔵庫に眠っている。

明日のおやつにでも早速いただこうと思う。


電子ケトルのお湯が沸く間、簡単にテーブルの上を片付ける。

箸を持ったままのなっちゃんは、まだ残り物を摘まむ気でいるらしいので、空の物だけを流しへと運んだ。


その間にも、二人のイチャイチャ会話は実に魅力的だった。

いつもこうなのだろう。

怜司君が二つ年下とも、大学の後輩とも聞いているが、全くそんな感じはしないのは彼に包容力があるからだろうか。


「サラダにポテトチップス入れたのお前だろ」

「いーじゃん、美味いんだから」

「飯と菓子を一緒にすんなよ。これじゃ取っておけないだろ」

「食うから良いの。お前今日食わねーじゃん、文句言うな。あー美味」


『食わねーってか食えねーの間違いだろうけど』と笑いながら、サラダボウルから直箸でポテチまみれのトマトをすくい上げて口にする。

楽しそうに笑ってる顔が超絶可愛いが、本当に子供みたいだ。

そんな姿に眉を顰める怜司君は迫力が増してるが、なっちゃんは全然気にしていない。


「寿司とか嫌がらせか?」

「お前名古屋で美味いもん散々食ってたじゃん。ひつまぶしに、手羽先に、味噌カツもだろ?寿司くらい可愛いもんじゃん」


どうやら怜司君はお寿司が好きらしい。

食べ物の恨みは怖い……などと思うも、怜司君はそこまで食い意地が張ってるわけではなさそうだ。

またもや盛大にため息をついて、仕方なさそうになっちゃんを眺めている。

怜司君は怜司君で、なっちゃんの食べる姿を見るのが好きらしい。

や、食べる姿に限らないのだろうけれど。


「明後日の夜寿司行こうぜ」

「良いのか?」

「別に良いけど?一人で行ったらぶっ殺す」


ぶっ殺すと言いながらぐーぱんを繰り出しているなっちゃんの拳を、怜司君は笑いながら受け止める。

仲が良いのは良いことだ。


「わ、ほうじ茶って懐かしい」

「そう?夜だからあんまりカフェイン取りたくなくて」

「ありがとう」

「どういたしまして」


「あ、なんか甘いの食いたくなってきた」


ほうじ茶を一口飲んだなっちゃんが、呟く。

遠慮のなさが逆に嬉しいが、生憎スイーツといえるものは、先ほどお土産で貰ったバターサンドくらいな気がする。


「お前……居酒屋じゃねえんだぞ?ごめんね、ゆっこさん、聞かなくていいから」

「ははっ甘いのかー。あ、アイスならあるけど食べる?」

「マジで?食べる食べる」


お菓子を買うとつい食べてしまうから、普段から甘いものは購入するのを避けていたが、そう言えばアイスがあったと思い出す。

この間遊香ちゃんが来た時に置いていったファミリーパックの高級アイスで、コンビニでも売っているメーカーのそれはちょっとだけリッチな気分になる。

見ると食べてしまうから、冷凍庫の奥に眠らせていた。


怜司君の『居酒屋じゃない』との言葉選びには思わず笑ってしまったが、居酒屋でなくてもできるだけ要望に応えてあげたい、そんな気に自然とさせてくる。

身近でひどく美しいこの生き物の顔を私が残念な顔に変えたくないのだ。


アイスはまだ3つ残っていたはずだ。

遊香ちゃんは来るたびに買ってくるから、消費してしまっていいものだった。


「いちごと、バニラと、クッキークリームがあるよ」

「いちごの気分」

「おっけー」


「はい」

「サンキュー、え、高いやつじゃん。いーのか?」

「貰ったものだから良いよ」

「なら遠慮なく」


なっちゃんは、一度躊躇するも嬉しそうに受け取ってくる。

その顔を見られただけで私はとても満足するのだった。



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  



「那智、再来週の予定聞いたのか?」

「あ!未だだ」


帰り際、玄関まで二人を見送る時間になって、怜司君がドア先でくるりと振り返り尋ねてくる。

しゃがみこんでスニーカーに片足を突っ込んだなっちゃんは、そのまま私を見上げてきた。

再来週に何かあるのだろうか。


「ゆっこさー、再来週の土曜日空いてる?」

「あ、うん。土曜日なら空いてるよ」


再来週の日曜日は、私の誕生会を侑斗と遊香ちゃんが開いてくれるという。

場所は珍しく遊香ちゃん家だ。

遊香ちゃん家は比較的新しいマンションで、ここから電車で一つ行っただけの距離にある。

家からだと徒歩5分のバス停からバスに乗ると、15分程で遊香ちゃんのマンション前のバス停まで行けるのだ。


実家から一番近い場所に住んでいる遊香ちゃんは、二児の母であり、仕事もバリバリこなしている上に、旦那さんとのデートもしてるので、何かと母に子供二人を預けていた。


結婚当初まで色々言っていた母だけれど、やはり孫は可愛いらしい。

大学卒業後に高校時代の教師とデキ婚した遊香ちゃんは、『普通が良い』母からしたら衝撃的だった。

お付き合い自体、家族では私にしか伝えていなかったから、それはそれは色々言われていた。

教師と言えども、遊香ちゃんが三年の春の時、産休の担任に変わり臨時で入った先生だったわけで、旦那さんとの年の差は七つしか変わらない。

ちゃんと卒業してからお付き合いしていたのも知っているし、優しく誠実な人だと思えた。


私からしてみれば、二人とも大人なのだし、本人同士が思い合って決めたことだし、喜ばしいことだと思った。

それに、遊香ちゃんがほんの少しだけ自分のことも周りのことも気にするようになったのは、彼のおかげだろう。


父は問題外だった。

『別れろ』『下ろせ』と平気で口にしてきた。

父が気に入らなかったのは、遊香ちゃんが華やかな容姿なのに対して、旦那さんの容姿が今どきではなかったからのもあると思う。

遊香ちゃんの旦那さんは小柄でふくよかな人だ。

ただ、心も真ん丸な、懐は大きな人だった。


我が妹ながら、良い人を選んだと思う。

それに、掃除洗濯が全くできない上に、料理も苦手な遊香ちゃんをそのまま受け入れてくれているのだ。

はじめから遊香ちゃんの攻撃に折れたのが旦那さんだったわけだから、結婚に至るまで待ったのは遊香ちゃんだった。

勿論、旦那さんは遊香ちゃんが学びたいことやどんな仕事に就きたいかもちゃんとわかった上で諭していたわけだから、本当に凄い人だなと思っている。


父の怒りの飛び火は、長女の私に来た。

私はそのときすでに『自分の子供は要らない』と思うほど父へのトラウマは植え付けられていたし、侑斗が大学に入学したタイミングで一人暮らしを始めるくらいには家が苦手だった。

まあ、計五年間、毎日毎日父親から『お前のせいで金がない』と言われ続け、母親から毎日毎日父親の金遣いの荒さの愚痴を聞かされていたら嫌いにもなるだろう。

同じことを侑斗と遊香ちゃんがされなかっただけ本当に良かったと思っている。


『お前からも別れるように言ってくれ』と言われて、『ノー』を突き返した時の父親の顔と怒鳴り声は今でも覚えている。

母は私と遊香ちゃんの説得に『幸せになる』という条件で折れたけれど、父は最後まで納得せず結婚式にも出席せずだったから、遊香ちゃんは子供が産まれた時も実家には一度も足を運ばなかった。


頑固な性格なのは遊香ちゃんも一緒で、母から『もう許してあげたら?』と言われても『許すわけないでしょ、結婚式も出てくれなかったし、私はあの時珍しく折れたのに。謝罪の一言も無しに許せって意味わかんない。ちっとも自分が悪いと思ってないよね。何より平気で下ろせって言ってきた人に会わせるなんて出来るわけないじゃない!』とまた口論になって『そうね……』としか言いようがなかった母は仕方なくため息をついていたが、母は母で父と遊香ちゃんの板挟みだった。


両親から呼び出された私は『木綿子から言ってあげて』と母から言われたので、流石にブチ切れた。

『孫に会いたいなら誠心誠意謝るのが先でしょう!』と。


そこから、『昔は聞き分けが良かった』だとか『そんなだからお前は結婚出来ないんだ』だとか『お前の歳には母さんは既に結婚して子供がいた』だとか始まったので、『自分の子供がいつまでも大人しく言うことを聞くと思ったら大間違いだよ』と伝え『自分から謝りたいなら話を通す』と伝えたが、怒鳴り散らされて終わった。


娘から言われても父は謝ることもなく、だから当然孫の顔を見ることもなく、その後みるみる体調を崩して亡くなった。

間質性肺炎だった。

何度も病院に行ったほうが良いという母と私の言葉に耳を傾けることなく、仕事を続け、やれ接待やら飲み会やらで連日タクシーで真夜中の帰宅を繰り返し、週末には競馬にパチスロに麻雀にと遊び歩いていたのだ。

これで『お前のせいで金がない』とはよく言ったものだ。

公立の学校に行ってバイトをして、予備校も大学も我慢して食い潰れなくて耳ざわりの良い医療秘書という職を選び、特待で授業料免除の専門に入って職に就いた。

十分親の希望に答えたと思っている。


病気の原因は、十代からずっと喫煙を続けてきた代償だろう。

自業自得と言えばそれまでだが、勘当した息子の手で成仏を促される程には生に執着があった。


うんざりした顔を母に向けた侑斗を今でも覚えている。


『もうこれきりにして』と口にした侑斗に対し、母は何も言わなかった。

言えなかった、の間違いかもしれない。

未だに『育て方を間違えた』と口にするし、私と侑斗が結婚して子供を育てることを望んでいる。


保険にも頑なに入らず貯金も殆どなかった父は、入院費や葬儀代を払ったら殆ど何も残らなかった。

故人のことを悪くいうことが良くないことだと分かってはいるが、全てが終わってほっとしたのは本当のことだ。


ただ、良かったこともある。

とことん家族に迷惑をかけた父が亡くなったことで、ある意味家族として止まっていた歯車が、ゆっくりと回り始めたので、人の死と言うものはそれだけ影響力があるのだとも思う。


何を持って()()と言うのかは、人それぞれだ。

普通をめざして普通に固執した母を、私は普通とは思えない。


だが、ひとりになった母は、ようやく友人とのランチを楽しんだり、地域のヨガ教室等に通ったり、孫と遊んだり、パートにも出て、自身の楽しみを優先出来るようになった。

月一で様子を見に帰っているが、前より明るくなったように思う。


「ゆっこ?なんか予定あるなら無理しなくて───」

「あ、ううん、ごめん、大丈夫。ちょっと昔のことを思い出しただけ」

「ふうん?」

「今度話すよ」


推しを目の前にして、蔑ろにしてしまった自分に反省する。

納得していなさそうな返事を返されて、思わず『今度話す』と伝えてしまった。

話すのは全然いい。

恋愛については既にぶっちゃけていたし、オタクな過去のあれこれも伝えていた。

今更なっちゃんに対して隠すことは何もない。


なっちゃんの家の話は愚痴として結構深くまで聞いていたのだ。

私の家族のことを話すのも、やぶさかではない。

ただ、あまり楽しい話ではないのは事実だ。


「わかった」

「あんまり気分のいい話じゃないよ?」

「そんな顔してたらそうだろーな」

「まあね。で?」

「?」

「再来週の土曜の話」

「あーそうそう。海行こうぜ、海!」


最初の話を忘れてしまったのか、思い出したように告げられた言葉が、海。

や、良いけど、海。

遠くはないし、や、寧ろ近いし。

でも、潮干狩りには遅い気がするし、泳ぐには少しばかり早くないか?


「良いけど、泳ぐにはまだ早いよ?潮干狩りには遅いと思う」

「怜司と同じこと言うなよ、ドライブだよドライブ!」


あ、怜司君も同じこと思ったんだ。

ぷはっと怜司君が笑って、なっちゃんが怜司君のスニーカーに蹴りを入れた。


「そっかそっか、良いよ、了解」

「雨なら水族館なー」

「うん」

「あと、もう一人ドライバー、怜司の幼馴染も呼ぶからよろしく」

「ん?わかった」


怜司君の幼馴染か。

なっちゃんがオッケーを出すくらいだから、二人の関係性は知っていて認めているのだろう。


この時は私は深く考えずに了承し、笑顔で二人を見送ったのだった。

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