第65話 ゲルマニアの首なし麗人③
ヴィクトリアが来礼したその日、皇女記念館は臨時休館して彼女の受入れ態勢を敷いていた。
エントランスから特別展示室まで通路を挟んで両側に職員がずらりと整列し今か今かと待ち受ける。
予定時間ぴったりに多数のパトカーに先導された黒いリムジンが正面玄関前に到着した。
下車したヴィクトリアに無数のフラッシュが焚かれる。
彼女は凛とした表情を崩さず、護衛や通訳、主催者などの関係者に囲まれて記念館の中に入る。
にこやかに表情を作る田端の先導で通路を歩むヴィクトリアを記念館職員が両側から万雷の拍手で包んだ。
そして彼女は特別展覧会場に入室し、ベルリンの英雄記念館玉座の間を1/5のスケールで再現した展示空間を田端と共に見ながらその説明を受けた。
彼女は玉座に腰掛けて座り心地を確かめ「ヘルリッヒ(素晴らしい)」と言葉を漏らす。
その姿を見て関係者や職員が歓声を上げながら一斉に拍手をした。
この後はマスコミのインタビューや明日からの展示期間中の打ち合わせが行われ、ヴィクトリアが楽しみにしていた記念館内の見学は後日となった。
その日の夜の記念館。
タカシは昼間の喧騒を思い出しながら館内の清掃を進めていた。
(ヴィクトリアさんは本当にかっこよかったな。いかにもゲルマニアの規律正しい軍人って感じで)
そして日付が変わる頃、特別展示室の清掃に入った。
玉座の方に目をやるとガラスの仕切りの向こうでヴィクトリアが足を組んで静かに座っている。
(本当にお美しいな…)
タカシはうっとりしながら床にモップをかけ続けた。
そして作業が終わりに近づいたその時であった。
「山田はん…」
自分を呼ぶ声がした気がした。
「!?…あれ…」
ぎょっとして周辺を見回したが誰もいない。
「山田はん!あんたの後ろや…」
「え!」
慌てて後ろの玉座に振り向くと、何とヴィクトリアが立ち上がってタカシに向かってV サインをしていた。
「ヴィ!ヴィクトリア将軍!」
「そないに驚かんでええやん。ちょっと端っこのドア開けて」
「ド、ドアをですか?」
「そうやで。鍵閉まってるやん。早う早う!」
「わ…分かりました」
タカシは腰に下げている キーリングから1本の鍵を取り出して解除する。
「よっしゃー!出れた出れた!おおきに!」
「は、はい…あのなぜ僕の名前をご存知なのですか?」
「はあ?胸に名札ついてるやん」
「あっ!そうでした」
頭をかくタカシ。
「あんたおもろいな。あっはっはっはっは!」
ヴィクトリアは大きく口を開けて明るく笑った。
(す、凄い関西弁だ…)
呆然としているタカシに対しさらに彼女はたたみかける。
「うちな、姫さんとお会いしたいねん。連れてってくれへん」
「う、うぐ…《姫さん》とは皇女様のことですか?」
「そりゃそうやん。ここで姫さん言うたら皇女はん以外あらへんやろ」
「そ、それはそうですが…しかし…」
「なあ、頼むわ!うち…姫さんの大ファンやねん」
「そ、そうなのですか…でも5日後に館内ご見学のスケジュールが組まれていたはずですが…」
「そんなん待たれへんわ!うち…ずっと姫さんとお会いしたかってん。それにな…」
「それに?」
「関係者もゾロゾロついてくるやろ。主催者に速水っちゅううるさい奴がおんねん。人前で日本語喋るな、言いよんねん。しゃべるとな、うちのイメージがぶち壊しになるらしいで」
「は、はあ…あの、一つお伺いしてもよろしいですか?」
「何や?うちの答えは高いで。一声10万円や!」
「ええ!10万円!」
「その返しは失格や!『そりゃ高い!1円に負けて!』ぐらい言えんと」
「すいません…」
「真面目に謝ってどうすんの…ほんで何が聞きたいん?」
「将軍は礼和国に留学されておられたと聞きましたが、一体どちらの方に?」
「岸輪田や」
「き、岸輪田!」
「あんた!何やその顔は。ほんまにええとこやった…だんじりも曳いたんやで…そんなことはどうでもええねん!早よ行こ!行こ!」
ヴィクトリアはヒールの音を力強く鳴らしながら 出口に向かって歩き出してしまった。
「ああ!将軍!お待ちを!」
彼女はカツン!と立ち止まると、左手に乗せた自分の生首をタカシに突き出した。
眉間にシワを寄せている。
「あんた!『将軍』って固いなあ。『ヴィクやん』もしくは『ロ―ズ姉さん』やろ!」
「そ、そんな…ご無礼な呼び方はできません!」
「あかんでそんなこと言うてたら。さあどっちか選び」
「ヴィ、ヴィク…様」
「あーんもう!固いなあ…もうそれでええわ」
「は、はい」
「ほな行こか 。ついてきて」
彼女は三階行きのエスカレーターに突き進んでいく。
「あっ!待ってください!」
タカシはふうふう言いながら、歩くのが異常に早いヴィクトリアの後を小走りで懸命に追いかける。
先に観覧室に着いた彼女は入口の前で《フライデー・イン・チャイナタウン 》を歌いながらクールなダンスを決めていた。
「どうして迷わずに観覧室まで行けたのですか?」
「館内マップ 見たからや。記念館のレイアウト全部頭に入ってるで。さあ!早よこのドア開けて!」
「は、はうう…」
タカシはヴィクトリアの圧に抗えず何度か鍵穴に差し損ねながら錠を回した。
「あ、あかん!」
急に ヴィクトリアがプルプル震えだした。
「ど、どうなされたのですか!」
「憧れの姫さんと会えると思たら緊張で手が震えてきた…自分の頭を床に落としそうや…」
「ヴィ!ヴィク様…」
「山田はん…一つ…うちの頼みを聞いてくれへん」
「は、はい。何でしょうか?」
「うちの頭を持って」
「えええ!それは無理ですよ!ヴィク様は《ゲルマニア最上級特別国宝》の御身!触れる場合は国家の許可が…」
「そんなんどうでもええねん!生首は意外と重たいねんで。はい!」
まるで八百屋の店主にスイカを渡されるように首を持たされるタカシ。
「よっしゃ!ほな行くで!」
手ぶらになった胴体が観覧室のドアを開けて中に突き進んでいった。
その後ろをヴィクトリアの生首を抱えた半泣き顔のタカシがついていく。
玉座の和子は入室してきた2人の様子を見て驚愕した。
(まあ!タカシさん!何故ヴィクトリアさんの首をお持ちなの!)
皇女は自分の首を持つ手がワナワナと震えた。
(一体…どういうこと!?)
彼女は自分の顔にかかる髪の毛の数本をくわえて二人を睨んだ。
記念館の外には分厚い雲が広がり、帝都の上空に雷鳴が轟いていた。
次回 皇女と将軍の対決




