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第64話  ゲルマニアの首なし麗人②

田端の説明は続く。


「ヴィクトリアさんはブリテンに護送され、《大グレート・ブリテン博物館》に収容され展示物となります。皆さんご存知の世界最大の博物館ですね。しかしその内容はひどいものでした。前回には紹介出来なかったのですが、その当時の状況を写した画像を映します」


映画用巨大スクリーンに画像が投影されどよめきが起きる。


間口が1m 足らずの小さなガラスケースに粗末な椅子が置かれ.そこにネズミ色の開襟シャツの囚人服を着せられた首のないヴィクトリアの胴体が座らせられていた。


両手には手錠がかけられてある。


その隣の小さなガラスケースには高さが1m ほどの 一本足の丸い台が置かれ、その上にヴィクトリアの生首が乗せられていた。


目の位置にだけ二つの穴が穿たれ、額には《war criminal(戦犯)》と朱書きされている白い布の頭巾が首全体にすっぽりとかぶせられている。


「私もここの館長に赴任する前、研究のために現地に行って初めて見ました。これはその時に特別に許可をもらって撮影した写真です。隣の説明板には『悪逆で卑劣なる第1級戦犯』と記されていました。」


「この説明文全部外国語やないか!全く不親切やで…何が書かれてんねん?」


「脱糞さん!これはブリテンの博物館の写真です……そこにはゲルマニアが卑怯な奇襲や騙し討ち、罪のない民衆の虐殺を繰り返し、それが全てヴィクトリアさんの指示によるものと書かれています」


「それは確か…後の研究で全て嘘と誇張であったことが判明していますね」


「タカシ君、その通りだよ。歴史とは常に勝者が都合の良いように上書きするものなんだ。しかし状況は大きく変わっていきます。終戦後二十年目にして 東西に分断されていたゲルマニアは統一を果たします。元々優秀な国民性もあり高い経済力を持つようになります。こうした中でヴィクトリアさんの処遇に唇を噛んでいたゲルマニア全土で彼女の返還運動が沸き起こります。ゲルマニアに対して精密機械や電子部品の依存度が高まっていたブリテンはこの声を徐々に無視できなくなります」


「ゲルマニアの製品は優秀ですものね!」


「高橋さん、よくご存知だね。今や自動車や工場生産機械の部品などは、ゲルマニア製品を抜きにしては成り立ちませんからね。そしてついにブリテンは止むなくヴィクトリアさんの返還に応じます。ただしそれには厳しい条件がつきました。タカシ君、それは何だったかな?」


「はい。彼女を《返還後も展示物として扱う事》が条件だったと思います」


「その通りです。ブリテンはやはり彼女の能力を警戒していました。彼女が公職や軍隊に復帰することを恐れていたのです」


「展示用の人形としてなら、えーちゅうことやな」


「脱糞さん、良い例えですね。ブリテンはそれで彼女の影響力を消せると考えていたのです。しかしゲルマニアはそれを逆手に取りました。彼女が返還されると国力を上げて巨大な記念館を建設し、究極の英雄として奉り上げたのです。その規模はこの皇女記念館をも凌ぎます。世界中から観客が集まり年間の来場者数は500万を超えるようになります。」



そう言うと田端は別の写真をスクリーンに映した。


「凄い!壮麗だ!

「ヴィクトリア様…素敵!」


職員の間で歓声が上がる。


「これは現在の観覧室展示の様子です。ゲルマニア王宮の玉座の間を再現しています。こちらの設計は当記念館が参考にされました。ヴィクトリアさんがお召しになっているのはゲルマニア軍総司令元帥服です。御来館の際は『ヴィクトリア将軍』とお呼びする様お願いします。以上で研修は終わりですが他に質問等は有りますか?」


「あの…最後に宜しいですか?」


「はい、タカシ君。どうぞ。」


「今回の特別展の開催のきっかけを教えてください」


「それはね、将軍が皇女様を大変尊敬されていて、記念館での開催を強く希望されたからと聞いています。以上でよろしいでしょうか?」


「はい。ありがとうございます」


「では今回の研修は終了いたします。皆さんご起立の上唱和下さい『全員が案内係!』」


職員全員が起立して声を合わす。


「『全員が案内係!』」


「では解散致します。お疲れ様でした!」




そして週が変わり、いよいよヴィクトリアの訪礼の朝を迎えた。


 彼女のビジュアルは、大人気少女漫画《フランク王国のチューリップ》の主人公である男装の麗人メスカ―ルのモデルとされ、すでに熱狂的なファンが生まれていた。


帝都空港はテレビ中継され、数千人のファンやカメラを掲げたマスコミが搭乗ロビーにひしめき合い、ただならぬ熱気に支配されている。


ほどなくして朝の雲間からパン・ヨーロピアン航空のジェット機が姿を現し滑走路に到着した。


搭乗階段車が横付けされ搭乗ドアが開く。


カツン…カツン…


礼和国民が固唾を飲んで見守る中、規律正しい足音を鳴らしながらヴィクトリア・フォン・ローゼンベルク将軍が姿を現した。


彼女は胴体に首がなく、美しくウェーブがかかった超ロングの金髪を蓄える生首を左腕に抱えた姿で、威厳と優雅さを保った姿でタラップをゆっくりと降りていく。


生首には黒い制帽が眉の上まで深くかぶられ、前面には侯爵家のシンボルである薔薇の紋章が鈍い光を放っている。


帽子の影よりのぞく青く大きな瞳は冷然とした知性の光を放っていた。


黒の背広ジャケットは縦一列に並ぶ銀ボタンが整然と胸を走っており、高襟の白いワイシャツには、細かい薔薇紋様が施された光沢のあるネクタイが一分の隙もなく締められている。


左腕には薔薇紋様の赤い腕章が巻かれており、黒一色の装いの中でそれだけが鮮烈な存在感を放っていた。


胸元には勲章や記章が幾重にも並び、メダルやリボンバーが、微かな動きに合わせて冷たい金属音を立てる。


右肩から胸へ垂れた銀の飾緒は、黒の制服に一筋の華やかさを添えていた。


腰の革ベルトは固く締められ、そこから吊られた儀礼剣の鞘が脚側にまっすぐ沿っている。


乗馬ズボンは太腿にゆとりを持たせ、膝下で絞られて黒革の光沢のあるロングブーツへと続く。


12cm を超えるピンヒールは床面を歩くたびにカツンカツンと規律のある金属音を響かせた。


そしてゲルマニアの最高指令元帥しか着用が許さない、銀の肩章、両衿に薔薇の紋章がついた漆黒の儀礼用ロングコートを肩にかけており、その長い裾が階段を降りるたびに優雅に揺れる。


彼女が到着ロビーでゲートをくぐった時、テレビのインタビュアーにマイクを傾けられた。


彼女は、軍帽のつばの奥から冷徹な目で、差し出されたマイクを一瞥すると、バラの花びらのような真っ赤な唇を開けて力強く答えた。


「ヴェアテ・アンヴェーゼンデ、ザイエン・ズィー・ゲグリュースト(御集まりの皆様、 ごきげんよう)!」



次回  ヴィクトリアは皇女と対面する

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