第58話 皇女の手紙①
まばゆい朝日に照らされる皇女記念館。
エントランスに向かってあくびを噛み殺しながら歩いて行くタカシの姿があった。
「フェリーの出港時間は早すぎるよな…だいぶ早く着いちゃった」
彼は母親を帝都港で見送った後、記念館に直行したのである。
「あれ…なんだあの子?」
タカシは、シャッターで閉じられているエントランスの横の壁にもたれて体育座りし、顔を両腕の隙間にうずめる小さな人影に気づいた。
タカシは不審に思い駆け寄って声をかけた。
「ねえ君、起きて!」
「う…う~ん…」
眠そうに目をこするゆうま。
大あくびをしてからタカシの顔を見て叫んだ。
「はう~。あっ!似顔絵のお兄ちゃん!」
「似顔絵?」
「うん!これ…」
ゆうまは和子の描いた絵を渡した。
「こ、これって!」
そこにはタカシの顔が筆ペンで精緻に描かれていた。
(似ている。でもこの絵の僕はかなり男前だな)
少しニンマリしたタカシはゆうまに尋ねた。
「どうしてここにいるの?」
「タカシお兄ちゃん?」
「う、うん…そうだけど」
「これ…」
ゆうまは、タカシに名を尋ねた後黙って手紙を渡すよう和子に言われている。
差し出された封筒の裏側を見て、タカシの怪訝な眉は驚愕の表情に変わった。
『山田 崇殿』と恐ろしく達筆な字で書かれてある。
タカシにはそれが和子の筆であることがすぐに判った。
慌ただしく封を破る。
中には二通の手紙が入っていた。
一通はタカシ宛て、もう一通は宛名が『西郷守之助殿』となっている。
タカシはまず自分宛ての書状に目を通した。
彼の表情が厳しくなっていく。
読み終えたタカシは手紙を封筒に丁寧にしまい、膝を折り曲げてゆうまに声がけした。
「ゆうま君だね?」
「うん…」
「これから僕はゆうま君を連れて行きたいところがあるんだ 。ついてきてくれるかな?」
「うん…分かった!」
ゆうまは元気よく返事をした。
タカシはそれを聞くとゆうまの手を引いて一旦通用口から事務室に入った。
そこでメモ用紙に『本日急用で昼間の業務は休みます。夜間の清掃は来ます』と記して田端のデスクにおいた。
「館長…すみません」
タカシは頭を下げると、再びゆうまの手を引いて建物を出て地下鉄の入口に向かった。
一方、館内では和子が足早に観覧室に向かっていた。
厨房の片付けや着替えを几帳面に行っていたら、気づくと職員の出勤時間が間近に迫っている。
(早く戻らないと平九郎が来てしまう!)
髪を振り乱して玉座の間に突入する和子。
玉座に跳び乗って首を右腕に抱えて頭髪を手早く直し表情を引き締めた。
ほどなくして平九郎が入室して来た。
(ふ―!ギリギリセ―フね…)
心中肩を撫でおろす和子。
「殿下!おはようござ…ぬぬ…ぐああああ!」
和子を見て絶叫する平九郎。
(え?何……あ!)
和子は顔が青ざめた。
「殿下の!殿下の御首が!ぐぬあああ!」
そうなのだ。
和子はミスを犯していたのだ。
生誕月の習わしは6月初日の開館時間までと決められている。
出勤した職員により「御首降ろしの儀」が行われ、和子の首を丁重に右腕に戻してからの開場となるのである。
いつもこの儀式では平九郎が「殿下!お痛わしゅうございます!」といって号泣するのがお決まりであった。
しかし詰襟の上には首が無い。
「ぐぬぬ!どういう事じゃ?」
湯気を立ち昇らせて怒髪天を突く平九郎。
(しまった!迂闊だったわ!)
嘆いても後の祭りである。
「ふむ…夜間は奴しかおらぬ。さては…山田男の仕業か!?おのれ!殿下の御身をもて遊びよって!」
平九郎はそう呟くと「田端!田端はどこじゃあ!」と館長の名を激しく連呼しながらドカドカと観覧室を出ていった。
(大事になったわ…ごめんなさい…タカシさん)
和子は半泣きで肩の力が抜けてしまった。
タカシとゆうまは電車を乗り継ぎ、帝鉄線西多摩駅で降りた。
そこから更にバスに乗り継いで住宅のまばらな丘陵地帯を走る。
タカシは和子の手紙を改めて広げた。
『まず西多摩の桜花愛児園の園長に会い手紙を渡して欲しい』という趣旨の文面に目を通す。
ゆうまは車外の風景を物珍しそうにじっと見ている。
(和子様は一体この子とは何があったのだろう?いや…今はそれはいい。まずは西郷さんにお会いしなければ…そしてその後には……)
タカシは車窓から外の木々を見つめた。
バス停の終点を降りて林の中を10分ほど歩くと木造の大きな建物が見えてきた。
外壁が横方向のこげ茶の木板で覆われており、色の くすんだ木枠格子のガラス窓が多数はめられている。
中央には玄関だけ小さな切妻屋根が張り出しており、入口ドアの上には《国立桜花愛児園》と墨で書かれた木製の看板がかけられてある。
建物前の園庭では十数人の子供が縄跳びをしたり鬼ごっこしたりして遊んでいる。
タカシは子供達に声をかけた。
「あの…園長先生はいるかな?」
「いる―!」
「いるよ!」
みんな声を揃える。
「どこにおられるの?建物の中かな?」
「うん!呼んでくるよ!」
「案内してあげる!」
子供達はタカシとゆうまに群がり、手をつないで引っ張ってくれる。
「引くな引くな。そげん引かんでくいやい。腕がもげもんそ。わはははは!」
建物の奥から豪快な笑い声が聞こえてくる
玄関に入ると、奥から両手を子供達に手を繋がれて1人の雄大な着流し姿の男がびっこを引きながらこちらに向かって歩いてきた。
彼は二人の姿を見ると分厚い唇に白い歯をのぞかせて笑顔を作った。
浅黒い肌にその白さはくっきり目立つ。
「子どん達がおはんらを歓迎しちょっど。まあ奥に入ってくいやんせ」
ゆうまはぎゅっとタカシの服の袖を握った。
「大丈夫だよ。行こう!」
タカシはゆうまの手を握ると男の後ろについて行った。
次回 西郷守之助との面談




