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第59話  皇女の手紙②

右足を引きずりながら前を歩く角刈り短髪の男。


(義足なのかな…)


付いて行きながらタカシは思った。


男は《園長室》と書かれた札がかけられた部屋の前で足を止めると引戸に手をかけた。


扉がギギギと不快なきしみ音を立てる。


「ほんのこて、この戸はもういかん。戸車ば替えんとあきもはん」


そう言うと部屋の中に招き入れられた。


入口の戸を閉めたが、隙間から園児たちが覗き見している。


「おはんら!のぞいちょると園母どんに叱られっど!」


「えへへ!」

「キャハハ!」

「一緒に遊ぼ!」


もの珍しそうに子供達が騒いで去りそうにない。


「あの…園長さん…この子を一緒に遊んでもらってもよろしいでしょうか?」


「うん?ああ…よかど。おはん…行くか?」


ゆうまは少しもじもじしていたが「遊ぶ」と小さな声を漏らした。


すると覗き見していた子供達がどっと中に入って ゆうまの手を引いて外に連れ出して行った。


「まっことすんもはん。子どんが騒がしゅうして。ここん園長、西郷守之助ち申します」


西郷は濃紺の着流しに包まれた巨躯を折り曲げて丁重に挨拶をする。


「申し遅れました。国立皇女記念館の山田崇と申します」


「ほう…皇女様の御座所から参られましたか。まあ…腰を下ろしてくいやんせ」


タカシは頭を下げるとあちこちが裂けて下地の綿が飛び出しているソファに腰を下ろした。


「さて、御用ん向きはどげんなもんでございもすか?」


西郷は太い眉の下のギョロ目でタカシを見つめた。


「はい。まずはこの書簡をご覧ください」


そう言ってタカシは和子の手紙を懐から取り出し 西郷に手渡した。


彼は手紙を受け取り『西郷守之助殿』という文字を見た瞬間、ただでさえ大きなギョロ目をさらに見開いて硬直した。


天女てんじょ様!」


西郷はそう絶叫するとソファーを飛び降り、手紙を床に置いてその前に平伏した。



「さ、西郷さん…」


タカシは突然の事態に思わずソファから立ち上がった。


「おはんは…こ、この手紙を…一体どげんして?」


「は…はい。しかし…まずは中身に目を通して頂けませんか」


「お、おう…分かりもした…」

 

西郷は再度平伏すると正座のまま手紙の文面を開いた。




――西郷守之助殿


春寒ようやく和らぎ候ところ、いよいよ御清祥にておわします由、目出度く存じ奉り候。

また、将軍様には愛児園にて御息災におわしますと承り、驚き入り候とともに、悦びひとしおにござ候。

さて、このたびはかくも俄かなる願い事を申し上げ候段、さぞ御怪訝にも思し召され候はんと、恐れ入り奉り候。

この書付を持参仕り候者は、山田崇と申す者にて、私も深く信頼いたし人物にござ候。

また、かの者とともに参り候童は、ゆうまと申し、先の三橋中将様の御孫にあたり申候。

中将様には理不尽なる御裁きにて、さぞ御無念のうちに果てられ候由、今なお痛惜の念やみ申さず候。

また、その御子息にも並々ならぬ艱難辛苦ありし由にて、今はすでに冥土の旅路に赴かれ候ものと存じ候。

されば、童ゆうま儀、久しく満足なる食も得られず、いたくやつれ候ところを、たまたま私これを見出し、助け及び候。

されど、身を寄すべきよすがもなく、頼るべき所は、ただ愛児園あるのみと存じ候。

何卒、かの童をお救い下され候て、これまで不幸のみ重ね参り候幼き身に、生きる歓びを賜り候よう、伏して願い奉り候。

また、この折より、戦の傷いまだ癒え給わぬ将軍様に、かようなる無理なる願いを申し上げ候段、まことに恐れ入り、伏してお詫び申し上げ候。

何卒、幾重にも御高配のほど、偏にお願い奉り候。


恐惶謹言


和子――





《文面訳》


《西郷守之助様 春の冷ややかさも終わり、ますますお元気でお過ごしとのこと、何よりうれしく存じます。


また、将軍様が愛児園でご無事に過ごされていると聞き、驚くとともに大変うれしく思っております。

さて、このたび突然このようなお願いを申し上げますこと、さぞ不審に思われるだろうと恐縮しております。


この手紙を持って参りました者は山田崇と申し、私も深く信頼している人物です。


また、その者と一緒に参りました子どもは、ゆうまと申し、先の三橋中将様のお孫さんにあたります。

中将様は理不尽な裁きを受け、どれほど無念のうちに亡くなられたことかと、今なお痛ましく思っております。


また、そのご子息も大変な苦労をされたと聞いており、今はすでに亡くなられているものと思われます。


そのため、ゆうま君は長い間満足な食事も取れず、ひどくやつれていたところを、たまたま私が見つけて助けました。


しかし、身を寄せる場所もなく、頼れるところは愛児園しかないと思っております。


どうかこの子をお救いくださり、これまで不幸ばかりを重ねてきた幼い身に、生きる喜びを与えてくださいますよう、心よりお願い申し上げます。


また、このような折に、戦の傷がまだ癒えておられない将軍様へ、このような無理なお願いを申し上げますこと、誠に恐縮し、深くお詫び申し上げます。


どうか何卒、ご配慮くださいますよう、ひたすらお願い申し上げます。敬具 和子》




 

西郷は瞬きもせずかしこまった面持ちで手紙に目を通した。


そして読み終わると丁重にたたんで、それを大事に懐にしまい再び平伏した。



顔を上げても正座を崩さず、目を閉じたまま沈黙する西郷に対し、タカシも思わずソファーを降りて正座する。


「あ!おはんはどうぞ…座にかけてくいやんせ」


「い、いや…そういう訳には…あのう…一つお尋ねしてよろしいですか」


「何でごわんそか?」


「先ほどの手紙の中で西郷さんは『将軍殿』と書かれていましたが…これは一体?」


「それは…おいは先の大戦で沖島防衛戦線の司令官を任されておったので天女様にはそう呼ばれておりもした」


「沖島戦線ですか!その…授業では習ったのですが…大変な戦いだったと教わりました」


「あん戦では沖島ば取られては終わいでございましたからな。アメリアナに制空権を渡さぬ為に皆決死の覚悟でおりもした。三橋どんも参謀として軍の指揮にあたられもした」


「え!三橋中将がですか?」


「そいです。まっこと頭の切れる御仁でございましてな。おいは三橋どんの指示に従って軍を動かしておったにすぎもはん」


「そうなのですか…あの戦いではアメリアナ軍は大軍で押し寄せたと聞きました」


「空も海も奴らの軍影で真っ黒になりもした。いなごの襲来かと三橋どんと共にあきれ果てたもんでございもす」


「そんな大軍を前に…一体どのように?」


「参謀は決して無駄な突撃を命じなかった。地下壕に潜り、《一人七殺》にて目標を明確にしてゲリラ戦で奴らの戦力を削いで行ったのでごわす」


「《一人七殺》!?」


「はい。じゃどん日増しに死傷者は増すばかりでしてな。そんな時に慎之助どんの力は本当に助けになりもした」


「慎之助!斑目さんもおられたのですか!」


タカシは思わず声が大きくなった。





次回  西郷の涙









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