第57話 皇女の一人だけの夜⑥
「わたくしの…こんな料理が?」
「うん!」
和子はケチャップが少しこびりついた皿を持って 目を輝かしている男の子を見て胸がキュッとなった。
「そういえば…お名前…まだ聞いてませんでしたわね」
「僕…みつはし…ゆうま」
「ゆうま君ね」
「うん!そうだよ。お化けのお姉ちゃんはたかはしさんって言うんだね」
「え!」
(しまった!名札付けたままだった…ごめんなさい 真由さん…)
心の中で謝りながら首の無い襟でうなずく和子。
「あの…ゆうま君はどんなご家庭だったの?」
和子は優しく尋ねてみた。
ゆうまは少し言葉を詰まらせていたが徐々に口を開き始めた。
「引っ越し…いっぱいした」
「引っ越し?」
「おうち…追い出されたりして」
「追い出される!なぜ?」
「おじいちゃんがセンパンだからって…」
(センパン…戦犯!)
和子は息を飲んだ。
「おじいちゃん…お名前はおぼえてる?」
「うん…へいたろう…」
「へいたろう…え!兵太郎中将!」
和子は愕然とした。
陸軍中将三橋兵太郎。
彼は軍略に明るく、若くして中将に任じられた優秀な軍人であった。
和子は皇城で行われた皇前軍議の場で兵太郎が作戦説明するのを聞いて舌を巻いた覚えがある。
理路整然とした弁舌に意志の強さが伺える凛とした目が忘れられない。
彼の采配でアメリアナは沖島攻略戦で大打撃を受けている。
しかし後に行われた帝都裁判により彼は A 級戦犯の汚名を着せられ死刑判決を受けた。
享年38歳。
裁判は和子の死後に行われたため彼女はその経過を長く知ることはできなかった。
展示物として過ごしていた彼女は浦島太郎状態にあったのである。
しかし近年タカシが赴任してから戦後の様々な情報を得ることができるようになった。
その中で裁判で多くの優れた軍人や愛国者達が死刑判決を受け処刑されたことを知った。
(三橋中将…誠に優れた方でした。それをA級戦犯などと……)
唇を噛む和子。
そして同時に次のことに思い至った。
(そういえば中将はご子息がおられたはず…ゆうま君はその方のお子さんね)
「ゆうま君。その…おじいちゃんが戦犯っていわれて…いじめられたりしたの?」
「うん…恐い人も来た。」
「恐い人?」
「『お前ら出て行け』とか言われた」
「そ、そう…」
「おとうさん…働けないって言ってた。おかあさん泣いてた」
「う…」
(きっと戦犯の家族という事で迫害を受けたのね…)
和子の意識は暗く深い穴に引きこまれていた。
「……ご飯は…どうしてたの?」
「オカラとか残飯貰った…」
「残飯…」
「あとカエルとかザリガニとって食べた」
「カエル…」
あどけないゆうまの顔を見ながら唇が震える和子。
「その…ご両親は…どうなったの?」
「お母さん病気になって布団の中で動かなくなった」
「ええ!おとうさんは!」
「おとうさんもいっしょにに布団で寝て…お母さんを抱いて…動かなくなった…」
「ひ…」
「僕、一生懸命起こしたよ。でも起きなかった…」
「ひく…うう」
「あれ?たかはしさんお化けなのに泣くの?」
「あう…あううう…ゆうま君…」
和子はついにこらえきれず嗚咽を漏らした。
生首の顔は滂沱にまみれ、トレイ《大》の上を濡らした。
「そ…それで…ひく…どうして…記念館に居たの?ひく…」
「おとうさん、こうじょさまの話をよくしてた。おくにをすくったえらい人だって。おじいちゃんもこうじょさまのしゃしんに毎日手を合わせていたんだって…」
「皇女!?」
「うん。僕…どうしていいか分からなくて…えらいこうじょさまのおはなし思い出してここにきたんだ。でもお腹が空いて動けなくなっちゃった…」
「ゆうま君。お家を出たのはいつ?」
「ふつか前…」
(そんな…ゆうま君…救いを求めてきたんだわ。きっとここが分からなくて歩き回ったのね)
和子はわなわな震える拳をぎゅっと握ると決然として立ち上がった。
「え、たかはしさんどうしたの?」
和子は自分の生首の涙と鼻汁を布巾でババッと拭くと頭髪を乱暴に摘み上げた。
「ゆうま君!少しここで待っててくれる!」
ゆうまは皇女の勢いに気押されながらもコクンと頷いた。
皇女は足早に事務室に向うと、書棚を慌ただしく物色し始めた。
そして《帝都タウンガイド》の黄色い背表紙を見つけて引っ張りだし、怒涛の勢いでページをめくる。
「有った!」
《桜花愛児園》の文字を見てにんまりする和子。
桜花愛児園は国立の孤児院である。
大洋戦争が激化する中、和子が先代久仁海皇に強く開園を進言して実現した。
敗戦時戦災孤児が大量に発生したが、愛児園はその受皿となり多くの子供達の命を救った。
和子は更に掲載ページに目を踊らせる。
『園長:西郷 守之助』と紹介されている。
「よし!守之助がまだ園長しているわ!」
和子は思わず快哉を叫んだ。
そして文房具入れから便箋と筆ペンを取り出しサラサラと筆を走らせた。
又別紙にはタカシの似顔絵も描く。
仲々上出来である。
「これで良し!」
和子は便箋を折りたたんで封筒に入れて封を閉じた。
和子はそれと似顔絵を持って忠国レストランに戻ると、ゆうまに渡してこう説明した。
「いい。ゆうま君。これを持って朝まで記念館の入り口で待つの。入口前の時計の針が7時ぐらいになるとこの絵の若いお兄ちゃんが来るから。『タカシさんですか?』と声掛けしてからこの手紙を渡してあげて。分かった?」
「う…うん。でも渡してから…僕…どうしたら?」
「後はそのお兄ちゃんの言うことを聞いて」
「分かった…」
「では行きましょう」
和子は優しくゆうまの手を握ると外に連れ出した。
記念館の横を手を繋いで歩く男児と首無しメイド。
「あの…たかはしさん…ボインボインだね」
「ま、まあ!ゆうま君たら!もう!」
耳を真っ赤にする和子。
「でも…又あのサンドイッチ…食べたいなあ…」
「ゆうま君…」
しみじみ語るゆうまの手を和子はぎゅっと握った。
和子は記念館の入口までゆうまを送るとそっと手を離した。
ゆうまは悲しそうな顔で和子の顔を見つめた。
「たかはしさん…もう行っちゃうの?」
和子はその表情に胸が詰まったが、無理やり笑顔を作った。
「うん。わたくしお化けだから…朝まで居られない」
「そうなんだ…そうだよね…」
「ゆうま君。あなた皇女様の話をしたでしょう」
「うん」
「きっと皇女様はあなたの事を守ってくれるわ」
「え…そうなの…分かるの?」
「分かるわよ。わたくしお化けだもの。だから信じて」
「えへへ。分かった」
和子はゆうまを優しく抱き締めた。
「お姉ちゃん…」
ゆうまも涙をこらえて和子に身を委ねた。
東の方角の空が白みかけている。
「お化けはもう行かなくちゃ」
「うん…」
「さようなら…」
「お姉ちゃん…バイバイ」
2人は手を振りながら別れを告げた。
和子は去りつつも何度も振り返ったが、ゆうまはずっと一生懸命両手を振り続けていた。
次回 タカシの奔走




