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第56話  皇女の一人だけの夜⑤

「お、お姉ちゃん…お化け?」


男の子の声は震えている。


「お化け?え?ええ。まあ…うふふ…そうよ…」


和子は乗っかてみた。


「ひいい!ぼ…僕を食べるの?」


(食べるって…そんな風に見えるのかしら…)


少々不本意な和子だったが、せっかくなので更に畳みかける。


「そうね…悪い子は食べちゃうかも…ふふ…」


「いやだ!僕…悪い子じゃないもん!助けて…」


そう言って男の子は立ち上がって逃げようとしたが、へなへなとその場にへたり込んでしまう。


「ど、どうしたの?」


和子は彼の様子が少し気になった。


「僕…お腹が空いて…動けない…」


男の子は虚ろな目で力無く答えた。


「お腹が空いたって…ご飯を食べていないの?」


「うん…」


「どのくらい食べていないの?」


「み…三日前から…」


「え!三日!ご両親はどうしたの!」


「寝てる…」


「寝てる…ですって?」


「うん…」


(一体…どういう事?)


和子は言葉を失った。


そして男の子の傍に駆け寄った。


顔色は土気色で頬がこけており、目の周りだけが浮き出ている。


長袖の丸首シャツは薄汚れていて首回りがブカブカである。


服の隙間から胸にあばらが浮いているのが見えた。


明らかに栄養が足りていない。


(欠食孤児だわ!)


和子は身を震わせながらこぶしを握った。



終戦直後の礼和国は、空襲で家族を失い一人ぼっちとなった児童達がいた。


その多くは満足に食事も取れず栄養不足に陥り、次々と餓死していった。


このような子供たちは《欠食孤児》と呼ばれた。


進駐軍による占領時代、皇女は路上で倒れて動かなくなっている子供たちを見るたびに唇を噛んだ。


彼女には当時の子供達と目の前の少年が重なって見えた。


(滋養を取らせなくては!)


和子は強く決意し少年に向かって言った。


「わたくしが美味しい食事を作って差しあげます!」


「え…首の無いお姉ちゃんが?」


「そうです」


「お化けなのに?」


「はい。お化けだけどメイドですから」

 

「メイド…」


男の子は無言のまま、ジト目で首のない制服の白い襟を見つめていたが、不意にお腹が大きな音を鳴らした。


「ほら。お腹が悲鳴を上げていますわよ。はい!」


そう言って和子は左手を差し出した。


男の子はおずおずしながらも汚れた手で和子の手を掴んだ。




男の子はおぼつかない足取りではあったが、和子に手を引かれる事によって何とか歩く事は出来た。


「ねえ…僕…どこに行くの?」


男の子はまだ不安が隠しきれない。


「いいところ。記念館の中よ」


「え…中に入れるの?」


「そうですわよ。はい、着きました」


通用口のドアを開けて2人は中に入った。


男の子は不安そうに周りをキョロキョロ見渡す。



そして忠国レストランに入ってから、和子は男の子を厨房の出入り口に近いテーブルに座らせた。


備付の布巾で男の子の両手を丁寧に拭いてあげる。


「ここで待っていて下さいね。今から御台所でお食事を作りますから」


「うん…」


男の子はこくりと頷く。



しかし厨房に入って中を見渡しながら和子はため息をついた。


「さて…どうしたものかしらね…」


『メイドですから』と嘘吹いては見たものの彼女はほとんど料理の経験がない。


学生時代に家庭科の実習をした程度である。


彼女にとって料理とは、作るものではなく出されて食べる物であった。


「まあ…やるしかありませんわ…これは邪魔ね」


和子は自分の首をキッチンのステンレスの水切り棚の上に置いて、食器棚や 冷蔵庫を次々と開けた。


魚や 肉、野菜などの食材は豊富に揃えてあったが どう調理して良いか見当がつかない。


う―んと唸りながら色々な扉を開けまくっていると

ビニール袋に入った5枚切りの《大山崎の食パン》を見つけた。


(あっ!これいいかも。タカシさん…確か『食パンに物を挟めば大概のものは美味しく食べられる』って言ってたっけ…後は具材ね)


和子はさらに厨房をあさり、生卵のパックとボンレスハムの塊をゲットした。


「いい感じ!これならわたくしでも何か作れそう」


彼女はそう言うと小型のフライパンを壁から外してコンロに乗せた。


次にボールに数個の生卵を割って入れたが、全部黄身を潰してしまった。


(あちゃー!目玉焼きは無理ね…)


和子は仕方なしにかき混ぜてからフライパンに投入してコンロに点火した。


次に包丁でボンレスハムを切ったが、加減がわからず2cm 厚ぐらいの極太の切り身となった。


(う…ま、まあいいわ…これも焦げ目がつくぐらい焼きましょう)


もう一つのフライパンに乗せて火にかける。



卵がスクランブルエッグ状態になってきたので、ぎこちない手つきでヘラを操り、あらかじめ皿に用意していた一枚目の食パンの上に乗せた。


卵がはみ出して皿の上にこぼれている。


そしてその上に熱々の極太のハムの切り身を乗せた。


(仕上げはこれよ!)


彼女は調理台の横に置いてあったデルモンテのトマトケチャップをむにゅうと絞り、上からパンを重ねて押さえた。


ハムとパンの間からケチャップがはみ出している。


(出来ましたわ!タカシさんは確かご自身の料理を《たかしスペシャル》と呼んでいましたわね。じゃあ《これはかずこスペシャル》ですわ!)


和子はにっこり微笑むと《かずこスペシャル》と自分の首をトレイ《大》に乗せて男の子が待つテーブルまで運んだ。




男の子は、最初はパンからはみ出るケチャップをジト目で見つめていたが、恐る恐る一口かぶりついた。


「お、おいし―!」


男の子は目を輝かせるとガツガツむしゃむしゃとすごい勢いで食べ始めた。


「おいし―!むぐむぐ!おいし―!」


口の周りをケチャップだらけにして夢中で食べ続ける男の子。


和子は、食べ盛りの男の子の勢いに圧倒されていた。


《かずこスペシャル》はあっという間に無くなり、男の子は空の皿を悲しそうに見つめている。


「ふう…判りましたわ。もう1枚作ります」


和子は再び厨房に戻りフライパンに火をつけた。


(お飲み物もいるわね…)


冷蔵庫に《北海道特選ミルク》があったので大きなマグカップになみなみ注ぐ。


「お待たせしました」


トレイを再び男の子の前に置くと今度は瞬間的にパンにかぶりつく。


2枚目も少しペースダウンしたものの綺麗に無くなった。


そしてマグカップのミルクをゴクリゴクリと一気に飲み干すと「げぷ!」と言って椅子の背に頭をもたれかけた。


土気色だった肌に赤みがさしている。


「どう?美味しかった?」


和子は微笑みながら男の子に尋ねた。


「うん!すごくおいしかった!」


「そう…」


「僕、今まで…こんな美味しいもの食べたことない…」


「ええ!?」


和子はその言葉に一瞬言葉を詰まらせた。





次回  皇女 男の子の境遇に涙する






























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