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第55話  皇女の一人だけの夜④

皇女はほとんど30年ぶりに外に降り立った。


5月も終わりであるが思ったより夜風は冷たく、思わず首を両腕で抱きしめる。


夜空を見上げると満天の星が広がっていた。


(なんて…綺麗…)


見上げる皇女の瞳に星の光が映っている。


視線を下げると、正面には雄大な皇城の黒いシルエットが広がっている。


(天守閣!そうか…再建されたのね…)


中央の巨大な建造物の影を認めて皇女は目を細める。


かっての皇城は東西南北の四方を《青龍》《白虎》《朱雀》《玄武》の四門で固め、石垣の上には無数のやぐらが建ち、内部には華麗な寝殿や居宮が並び、中央には7層の天守閣がそびえ立っていた。


しかし、正和19年に行われた帝都大空襲でその主要な建築物はほとんどが焼失した。


皇族は地下防空壕に逃れて難を逃れたが、残った建物は数か所の櫓と西側の白虎門だけであった。


だが、近年《礼和歴史的重要建築物再建計画プロジェクト》が発足し、戦災で失われた貴重な建造物の復元が進んでいる。


皇城の天守閣はその第1弾で、次には青龍門と桜の離宮の復元が決まっている。


(少しずつ…かっての姿が戻っていくのね…)


彼女は目をつぶり、家族や家臣、その他大勢の人々と共に皇城で過ごした日々を思い返していた。


和子はプロジェクトの話をタカシから聞かされてはいたが、実際に復元された天守閣を目の前にして万感の思いが尽きなかった。



(そういえば…街並みはどうなったのかしら)


記念館の立地は皇城と共に少しだけ高台になっている。


建物の南側に回れば帝都の街並みが見渡せるはずであった。


(大丈夫かな…でもこの時間だし。人はいないと思うけど…)


和子は逡巡しながら記念館を眺めた。


建物は上部はライトアップされているが、深夜は下側は照明が落とされており、周辺はかなり暗い。


(建物に沿って歩いていけば…見えないわよね…)


彼女は左こぶしをグッと握り決断した。


「よし!行きますわ!」


暗がりに身を潜めるようにして慎重に歩みを進める。


そして記念館の南面に出た時に彼女は大きく目を見開き胸に手を当てた。


彼女の目線の先には帝都の美しい夜景が広がっていた。


碁盤目状の町並が、暖かみのあるオレンジがかった街灯色に統一されて彩られている。


戦前の帝都の夜景は東洋一の宝石箱と言われた。


しかし皇女が今見ている夜景はそれ以上に美しく煌めいている。



灰燼に帰したあの街並みが。




「すっかり…復興したのね…」



彼女はずっとこの夜景を見下ろせる建物にいた。


でも戦後一度も見ることができなかった。



涙が伝い、首を抱える制服の白い袖を濡らした。




その時であった!



「ひっ!な、何!この人!」


背後から声が聞こえた。



和子は硬直した。


(え?誰かいるの…嘘…気のせい…よね…)



「うええ!首が無いよ!」


悲鳴がはっきり聞こえる。



和子は全身の血が逆流し、背筋が伸び上がった。


(嘘嘘嘘!やだやだやだ!)



「首が無いのに立ってる!」


さらに怯える声が響く。



もはや頭がパニック状態になり白目を剥く。


(どうしようどうしよう!ばれちゃうばれちゃう!待って待って!和子!落ち着くのよ!)


和子 は一旦深呼吸をして気を落ち着かせた。


(そうだ…どうするかですわ…まず全速力で逃げる…)


しかし後日《夜の首無し女》の噂は絶対に広がる。


首のない女性など和子しかいない。


(ああ!ダメですわ…人に見られて放置するなんて…絶対にバレますわ!)


苦悩の末、和子はある策にたどり着いた。


(あれしかない…)


皇女の言うあれとは、《怨霊のふり》をすることである。


生首をちらつかせて相手をビビらせ、もし自分のことを他人に喋れば『きつ~く祟りますわよ!』と言って口止めするのである。


以前泥棒に首を盗まれた時にその手でうまく脱出することに成功している。


設定としては《以前記念館で働いていたが、不審者に襲われて非業の死を遂げ、成仏できず毎晩記念館の周りをさまよう首無しブーツメイド》に決まった。


腹をくくった和子は右手で生首の頭髪を掴んで高く差し上げ、髪の毛の端を口にくわえた。


街灯を背にしているので逆光で相手に表情がよく見えないかもしれないが念のためである。


そして「オ―!ホッホッホ!」と高笑いすると、くるっと振り向いて左手を腰に当て右手の生首を突き出した。


「よくも見ましたわね !この私の情けない姿を!あれ…」


和子はポカンとした。


目線の先には誰もいないのである。


「おかしいわね…」


左右を見ても人影が見当たらない。


しかし目線を下に落とすと、記念館の御影石の壁にもたれてうずくまっている小さな影が目に入った。


よく目を凝らしてみると歳の端は10歳にも満たない少年の様である。


しかし和子を見るその目は明らかに怯えていた。




次回  首なしメイド、少年の為に頑張る












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