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第54話  皇女の一人だけの夜③

深夜の更衣室。


衣服が擦れる音が静かに響く。


「これでいいのかしら?ここを結んで…こう止めて」


戸惑いつつも気品と優しさに満ちた女性の独り言が聞こえてくる。


数刻後、ロッカーの前に首のないメイド姿が両手を後ろに組んで立っていた。


ベンチからその姿を眺めている生首の頬が紅潮している。


「か、可愛い…」


思わず声を漏らしてしまう皇女。


足を交差させたり、くるっと回転したりしてポーズの変化を楽しんでみる。


(ただ…ちょっと胸がきついかも)


パツンパツンの胸を持ち上げてため息をつく和子。


「真由さんってDカップぐらいあったと思うけど…」


和子はちょっとした想定外の事態に戸惑う。


又、真由のパンプスは足の小さい和子には少しぶかかった為、やむなく白タイツの上からロングブーツを履き直した。


(ちょっと給仕係にはヒ―ルが高すぎるけど…まあいいか)


ピンヒールで床をカチンカチンと2回鳴らした後、気を取り直して和子は頭のティアラをメイドカチューシャに付け替えた。


そしてそっと自分の生首を持ち上げて胸の前で両手に抱え、更衣室の壁に掛けられている縦長の鏡の前に立った。


(これが…わたくし…)


女性服を着たのは何年ぶりであろう。


大洋戦争が始まってからは一度も袖を通したことがなかった。


年頃になってから初めて着用した可憐な衣装に、気恥ずかしさと感動で和子は身の震えが止まらなかった。


(そうだ!この格好なら…あそこに行かなきゃダメですわね!)


そう思い立つと和子は叫んだ。


「わたくしは給仕官でございますわ!」


そしてメイド気分満載で忠国レストランに向かった。


しかしその歩む姿は職業婦人ではなく、格式と高貴さに満ちた貴婦人にしか見えなかった。




レストランに到着した和子は入口から中の様子を伺った。


中央シャンデリアが消され、間接照明によって辛うじて室内が見える。


(よ-し!入りますわよ)


和子は中につかつかと進み、入口近くのテーブルの横に立った。

 

にこりと笑みを浮かべると誰もいない椅子に向かって腰を曲げて恭しく挨拶をする。


「本日は忠国レストランにお越し頂き誠にありがとうございます。ご注文はいかがでしょうか?」


(うん…こんな感じかな。でも昼間にやったら…お客様腰を抜かすだろうけど)


しかし「うふふ…」と笑って益々悪乗りする和子。


「はい!ご注文を承ります。え!わたくしの首がご所望ですか?お客様…大変恐縮ですがそれは受けかねます」


そう言ってから和子は大笑いした。


「あ―可笑しい!タカシさんに聞かれたらものすごく怒られそう…」


笑いすぎて涙を拭きながら、ふとレストランの窓を見た。


忠国レストランの窓は下半分は横格子障子がはめられているが、上半分は透明のガラスとなっている。


そこから夜空に三日月が輝いているのが見える。


「外は…どうなっているんだろう…」


皇女は瞬きもせず月を見つめながらつぶやいた。


記念館に展示されて以来30年以上も外の世界を見ていない。


彼女の中では礼和国の風景は戦後の荒廃した姿で凍結されている。


(もちろん…復興はされているのだろうけど…)


和子は沈思しながらふらふらとレストランを出た。



その後どう歩いたかあまり記憶にない。


気付けば職員の通用口の前に立っていた。


ドアの上に《非常口》と書かれた緑色のランプが点灯している。


(外に出たい!でも…もし見つかったら…)


ドアノブに手を伸ばすも…触るのをためらう。


(でも…少しだけなら…この建物から遠く離れなければ…)


彼女はしばらく目をつぶった。


そして再び開かれた皇女の目は決意を秘めていた。


「行きますわ!」


彼女はそう言うと非常口のサムタ―ンを回してロックを解除してドアノブを回転させた。


ドアが開き外の冷たい夜風が入ってくる。


彼女は自分の生首を右脇にしっかり抱えてゆっくりと外に踏み出した。






次回  ついにメイド皇女外出。


    「え!誰!」


















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