第53話 皇女の一人だけの夜②
夜の記念館にカツン、カツンと優雅な旋律でヒールの音が響く。
途中、通路の壁に豪華なデコレーションの彫刻枠がはめられた巨大な鏡が貼ってある。
皇女はその前でふと歩みを止め、自分の姿を映してみた。
人々は和子のことを《典型的な礼和美人》《皇祖以来の麗女》ともてはやす。
又、首が無いのでイメージが湧きにくいが生前は身長が170cmあった。
スラリと伸びたその背丈にストイックな軍服が非常によく似合っている。
(でも…本当のところはどうなのかな…)
和子は体をひねったり足を交差させたりしてポーズを変えてみる。
その度に漆黒の髪が揺れ、桜花刺繍の入った上着の長い裾が翻る。
しかし和子は自分の容姿に確信が持てないでいた。
『ねえ…タカシさん。わたくしって綺麗?』
時々タカシに自分の容姿について聞いてみたが、その返答は要領を得ない。
『ぼ…僕みたいな者には皇女様の容姿を評する事は許されません』
『まあ…タカシさん…平九郎みたいなことを言うのね。いいから答えて!』
『駄目です!お答えできません』
『ふ―ん。は―ん。そうなのですね。タカシさん…ちょっと耳を貸して下さらない…』
『え?は、はい……』
『タカシさん…あのね…』
『はい……』
『カプッ!』
『あ!痛!なぜ耳を噛むのです!』
『うふふ…タカシさんが言うことを聞いてくださらないからですわ。答えないならこの生首はもっと噛みますわよ…』
『和子様…本当…勘弁して下さい…』
(ちょっと いたずらが過ぎちゃったかな…うふふ…)
和子は一昨日のタカシとのやり取りの中で、彼の困惑顔を思い出しながらちょっぴり反省する。
「まあいいわ…美人ということにしておきましょう」
彼女はそう言うと頭髪とティアラを整えてから首を右脇に抱えて非常口に向かって歩き出した。
広いホールに面した停止エスカレーターを降りると、もし階下に人がいた時に身を隠す場所がない。
非常階段のある空間は防火対策のために隔離されているので人の目線にさらされにくいのである。
彼女は念のため足音を殺しながら非常階段を降りると、非常口の扉を少し開けて右手にぶら下げた生首だけを外にそっと出した。
「うふふ…大丈夫みたいね」
彼女は誰もいないことを確認してからエントランスホールに入り事務室に向かった。
事務室のドアをそっと開けて入ると中は真っ暗だったが照明のスイッチを手探りで押すと室内がパッと明るくなる。
(雑誌は…と。有った!)
和子はタカシのデスクの上に首を置くと書棚に駆け寄りノ―ブルとエリザベスを手に取った。
「やった!最新号よ!」
思わず独り言が漏れる。
そしてタカシの椅子に腰かけてから和子は思案した。
(さあ…これをどうして読むか…)
デスクに生首を直接置くと誌面が近すぎて読みづらい上、首の断面が冷たくて気持ち悪い。
和子は普段読書の時はタカシに首を持ってもらっている。
『ちょっとタカシさん。この高さは見づらいですわ。もう少し下です』
『す、すいません…』
こんな感じで我儘を言っていつもタカシを困らせている皇女。
しかし今は彼はいない。
仕方なしに室内を見回すとロッカーの上に置かれている差入れの紀州みかんの箱が目についた。
「うん…これちょうどいいかも」
和子は背伸びして箱を降ろす。
それをタカシのデスクの端に置いてみた。
「あっ!これも使っちゃおう」
ミニキッチンの横に置いてあった花柄模様の白いテーブルクロスも手に取り、それをミカン箱の上に敷いてから生首を乗せた。
さわやかな柑橘系の香りがする。
本の視点もバッチリである。
(このことはタカシさんには内緒ね…)
和子はぺロッと舌を出すとエリザベスを開いた。
彼女が迷わず最初に読み出したのは《フランク王国のチューリップ》である。
これは19世紀のフランク王国を舞台に、男装の麗人メスカ―ルとその幼なじみオンドーレが愛と戦いに翻弄される大人気歴史絵巻である。
今回は王宮の近衛兵でありながら革命軍に身を投じた2人がフランク王宮攻防の前線を駆け巡る。
正に物語全体のクライマックスを迎えていた。
(2人はきっと…きっと生きて幸せになる筈)
和子は高まる胸の鼓動を抑えつつページをめくる。
メスカ―ルとオンド―レは身を寄せあって白馬に跨り敵に銃を放ちまくる。
2人の体は離れ離れにならぬ様にチューリップ柄の大きなリボンでくくられている。
『メスカ―ル!大丈夫か!』
『オンド―レ!あなたこそ!』
お互いに声を掛けながら城壁に突撃する2人。
ダァン!
一発の銃声が鳴り響く。
『裏切り者に…神の裁きを…』
銃口から煙を出しながら、城兵の一人が吐血してくずれ落ちる。
『メ…ス…カ…ル…』
『オン…ド…レ…』
銃弾は2人の胸を貫いていた。
落馬したメスカ―ルとオンド―レは抱き合ってキスをしながら絶命した。
「え!嘘!そんな…」
頭が真っ白になる和子。
ページをめくる手が止まり体が微かに震える。
(メスカ―ル様………オンド―レ………)
大粒の涙が頬を伝いミカン箱の紀州の文字を濡らした。
(うう…駄目…他の漫画なんて見れない…気分を変えなきゃ)
和子は一旦エリザベスを閉じてからノ―ブルを開いた。
清楚系の可愛いらしい、初夏に向けてのファションが並んでいる。
紙面をめくるたびに和子の瞳の輝きが増していく。
「あ!何…これ!すごくいい…」
和子は《ビンテージメイド風愛されコ―デ》のページに釘付けになった。
いわゆるメイド服風デザイン衣装に身を包んたファションモデル達の笑顔が眩しい。
(いいなあ…わたくしも…着てみたい)
溜息をつきながら眺めていた和子は突然はっと目を上げた。
「もしかして…有るかも!」
そう叫んだ和子は慌ただしくミカン箱に乗せていた首を抱き上げると事務室横の女子更衣室のドアを開けた。
薄暗い室内には縦長のロッカーが並んでいる。
その中で《高橋》の名札が掛けられている扉を開けた。
「有りましたわ!」
忠国レストランのウェイトレス制服がハンガーに掛けて吊るされているのを見て思わず声が出る皇女。
黒のワンピースにホワイトカラーとフリル付のエプロン。ウエストは白いベルト留め仕様である。
戦前の皇城の給仕官服を再現したものだが、スカ―トが膝丈上に短く変更されている。
(これ…高橋さんの制服……あの方、確かわたくしと背格好が似ていた筈…)
和子はそっと制服に手を伸ばす。
(やだ!わたくし…何を考えているの!)
しかし、慌てて手を引っ込める。
その時であった。
ミニサキュバス和子が羽をバタつかせながら現れて牙を覗かせた。
『うふふ…ねえ和子。ためらう事ないよ。まずは服を手に取ってごらん。ちょっと見るだけだから』
(そ、そうね…見るだけなら…)
和子は自分の首をベンチに置いてからふらふらと服に近付きハンガーから外して手に取った。
『いいわよ和子。可愛いい服よね。高橋さんはあなたと背丈が近いわ。袖を通してみたら。ぴったりかもよ』
(そ…そうかも!ぴったりかも)
和子は震える手で自分の礼服の詰襟のホックを外した。
『お止めなさい!和子!』
全身を包帯で巻いたミニシスター和子がふらふらになりながら現れた。
『ハァハァ…あなたは一体何を考えているの!従業員の制服に手を出すなんて!恥を知りなさい!』
(は!そうだわ!わたくしとんでもない事を…)
はっと我に返る皇女。
『和子さあ…何をためらってんの。あんな奴の言う事なんて無視すればいいから…』
『うう…体が痛い…お黙りなさい!女狐よ去れ!』
『ふん!この死に損ないが…こうしてやる!』
サキュバス和子はグローブが黒光りする腕を折り曲げてシスター和子にウェスタンラリアットをぶちかました。
またしてもシスターは悲鳴を残して消え去った。
「高橋さん、ごめんなさい!ちょっとだけだから」
和子は謝りながらも上着を脱ぐ手が止まらない。
『いけいけ!和子!いいぞ、いいぞ!』
そんな皇女の様子を見ながらサキュバス和子は手を叩いて大はしゃぎ。
次回
皇女、真由の制服を着て外出してしまう。
「ちょっと胸がきついかも…」




