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第51話  タカシの休日⑥

「よいしょっと」


倒れた防護柵を順番に戻していく美枝。


「母さん。いいって。スタッフとやっとくから」


美枝はタカシの制止にも手を止めない。


「そんなわけにはいかないよ。ご迷惑おかけしたからね」


「全く…律儀なんだから…」



柵を戻し終えてパンパンと手を叩くと美枝は玉座に向かって深く頭を下げた。


(お母様…災難でしたね。でも言いたい事を言って頂きました。ありがとうございます)


和子も心の中でこうべを垂れた。


「さあ、行くよ。たかし」


「え!もう出るの…」


「充分だよ。ご迷惑もおかけしたしね」


「なんだよ…もう少しゆっくり見て行けばいいのに…」


まだブツブツ言っているタカシと笑顔の美枝は観覧室を後にした。




下りのエスカレータ―を降りるとそこは特別展示コ―ナ―の入口である。


「ここでは何が見れるんだい?」


「毎月内容が入れ替わるんだ。今は《大洋戦争で散った英霊達》展。ちなみに前回は《戦前の女性のおしゃれ》がテーマだった」


「なにそれ!あたし…それが見たかったよ!」


「それは残念。又いつかリバイバルするかもだからその時に来なよ」


「そんなのいつになるかわからないじゃない!」


「はいはい。諦めが肝心、肝心…」


タカシは、ぼやく美枝の背中を押しながら展示室に進む。


パネルでは、主に大洋戦争中に戦闘で活躍して最後を遂げた兵士達が取り上げられていた。


各写真に合掌しながら見学していた美枝だが、ある小さなパネルを見た時体が固まった。


美枝の目は大きく見開かれ、体はかすかに震えている。


「か、母さん!どうしたの?」


「勇造さん…」


美枝は前を凝視したままつぶやいた。


パネルには、児童送迎用と思われるデフォルメされた可愛い熊の顔がついたバスと、その横で敬礼する国民服姿の男性の姿が写された白黒写真が掲載されていた。


そして以下の説明書きが記されている。



――《平岩勇造》――


平岩勇造は北海道積丹しゃこたん町の児童送迎用バス《積丹号》の運転手です。


当時、彼は積丹町と中平町の幼稚園児並びに学童の送迎を毎日小樽市まで行っていました。


正和二十年八月十七日 、北方の大国ローデシアは礼ロ不可侵条約を破り北海道の各所に突如軍事侵攻を行います。これは皇女様の大喪の礼の翌日を狙った大変卑怯な行為でした。


北海道の西岸の小さな漁村である積丹町にもロ軍の揚陸艦が押し寄せ、戦車1台と4人の兵士が上陸しました。彼らは町民を次々と襲撃し38人が殺害されました《積丹虐殺事件》。


この時、平岩勇造は児童と学童を積丹号で一旦安全な場所に避難させます。


しかしロ軍が、より人口の多い隣の中平町に向かうのを見てそれを阻止する決心をします。


勇造は児童と学童を避難場所に残しロ軍を追走しました。


そしてロ軍の背後から積丹号で体当りを敢行しバスと共々戦車は大破、この爆発で4人のロ軍戦闘員も死亡します。


彼のこの決死の行動により中平町への進撃は阻止され、更なる惨劇が未然に防がれる事となりました。


彼の墓は現在積丹町の海を見下ろす斜面に祀られています。


――享年四十六歳――





「母さん…どうしちゃったの。この人を知ってるの?」


「あたし…この時の積丹号に救われた学童の一人なの…」


「何だって…」


タカシは一瞬呼吸をすることを忘れた。


「勇造さんは毎日私達を笑顔で送り届けてくれた…板金や塗装もなされる方でね…手作りのクマゴロ―の顔もはっきり覚えてる…」


「母さんが積丹の出身だったのは知っていたけど…詳しく教えてくれた事ってなかったじゃん…」


美枝は目をつぶった。


「あの事件はあまりにも悲しい出来事だったからね…あんたにも話すことができなかったんだ…」


タカシは暫しの沈黙の後、絞り出すように美枝に尋ねた。


「どんな状況だったの?」


「そうだね…その日はいつものように子供達はバスの停留所に集まって積丹号を待っていたんだ。その時に港の方が大騒ぎになって…上陸したロ軍のやつらが片っ端から機銃掃射で町民を殺していった。逃げ遅れた人が何人も戦車の下敷きになったよ」


「う…ひどい…」


「奴らの銃口が私たちに向いた時、駆けつけた積丹号が通せんぼしてね。『早く乗れ!』っていう勇造さんの必死の叫びで皆んな慌ててバスに飛び乗ったんだ。奴らの銃弾が何発もバスに穴を開けたよ」


「バスに銃弾が!それで母さん達は無事だったの!」


「ああ。緊急発進してその場を何とか逃げおおせた。全員怪我はなかったよ。でもみんな泣いていた。この中で最年長だった私はみんなを抱きかかえてたけど…体の震えが止まらなかった」


「それでみんな避難出来たんだ。でも、勇造さんは何故…」


「勇造さんは小高い丘の避難場所に私達を降ろした後、海岸沿いの道路を東に向うロ軍の姿を発見したんだ。『あのままでは中平町が…あいつらを止めねば!』と勇造さんは叫んでね。一人バスに飛び乗ったんだ」


「勇造さんは…決心したんだね…」


「そうだよ。あたし達は泣き叫んで勇造さんを止めた。でも勇造さんは笑って『皇女様はお国の為に御身を捧げられた。私も行かねばならぬ。お前たちは生きて国を守れ』と言ってね…」


そう言うと美枝の瞳から大粒の涙が流れ出した。


「その後あたしは函館に嫁いでたかしが生まれた。そのあんたが皇女様の元で働いてる…勇造さんのおかげだよ…」


タカシは何だか胸に熱い物が溢れ、一言も発することができなかった。


美枝は一度だけ深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「御免ね…湿っぽい話をしちゃって…何だ?あんた泣いてるの!」


「泣いてないって!」


タカシは慌てて涙を拭いた。


美枝はもう笑顔になっている。


「さあ!次はお待ちかねのグッズショップよ!母さんこの日の為に頑張ってお金を貯めたんだから。さあ、突撃よ!」


「もう…焦んなって…」


そう言いながらもタカシは玉座の方に顔を向けた。




和子は変わらず穏やかな表情で鎮座していた。





ショップで鬼の様にグッズを買い込む美枝。


「ちょっと母さん!そんなに買ってどうするの!」


「あんたは黙って荷物を持って。佳子ちゃんと源ちゃんのみやげはこれで良し。博信おじさんと健吉君はこのキ―ホルダー喜ぶかな。あっ!このマグカップ可愛い!皇女サブレ!美味しそう!」


「これどうやって持って帰るんだよ!」


「餅と鮭とば包んだ風呂敷があるじゃない」


「誰が運ぶんだよ…」


「もちろんあんたよ」


(まじかよ…)


大量のお土産の山を眺めてげっそりするタカシ。





記念館のエントランスを出ると外は夕闇が迫り、桜並木の街灯が点灯し始めていた。


「ありゃ!もう暗くなってるよ…そんなに長くいたんだね」


驚く美枝。


「記念館は1日では回りきれないよ」


「本当にそうだねえ…」


美枝が振り返ると皇女記念館の建物が荘厳にライトアップされている。


(至らぬ息子ですが今後共々宜しくお願い致します…)


美枝は今一度頭を深く下げた。


特別展示室パネルの勇造とクマゴロ―の顔が少し微笑んだかのようにみえた。




次の日、2人は朝靄がかかる帝都港のフェリー乗り場にいた。


「本当に大丈夫?一人でこんな荷物持てる?」


「馬鹿にするんじゃないわよ。これぐらい余裕よ。」


美枝はそう言うと土産物がいっぱい詰まった2つの風呂敷包みをタカシから受け止った。


「それじゃあ気をつけて」


「うん。あんたもちゃんとしたもの食べてしっかり皇女様の下で頑張るんだよ」


「分かってるって」


美枝はフェリーの昇降階段を登る始めたが、途中で立ち止まって岸壁のタカシの方に振り向いた。


「…ごめんね…たかし。あんたを大学に行かせることができなくて」


「え、何?なにか言った?」


タカシは耳をそばだてたが美枝は答えず黙って手を振った。


そして母の姿は船内に消えていった。



しばらくして汽笛の音が鳴り響き、フェリーは岸壁を離れていく。


タカシは朝靄の中にフェリーの姿が見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。








次回  


和子は誰もいない記念館でタカシにも内緒の愉しみに興じる
















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