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第50話  タカシの休日⑤

「た…たかし!あの人…なんかすごい目で睨んでるよ…」


(全く…母さんの喋り声でかいから…まる聞こえだよ)


ため息をつくタカシ。


「そこのあなた様!」


「は、はい!」


「無用な私語はお慎み下さいませ!」


「ふえ!すみません…」


「お分かりになれば結構」


美美美はそう言うと満面の笑顔に戻り、観覧者に向かって意気揚々に語り始めた。


「さて、皇女様は誠に尊い方。国に御捧げになられたるその御身は各種の国の指定を受けておられます。主たるものに《特別至高天上国宝》《超特級礼和国遺産》《国の歴史最重要文化財》《忠国模範最高人物認定》《桜華爛漫超絶極上勲章叙勲》…全ては読み上げませんがその他にも50もの栄誉をお持ちなのです」


(わたくし…一体何者なのかしら…まぁいいけど…)


和子は悟りの境地に入りかけている。


「そのような皇女様には様々な素晴らしいエピソードがございます。本日はその中より選りすぐりのものをご紹介して参ります」


そういうと美美美は懐から一冊の革表紙の書物を得意気に取り出した。


「これは皇室の歴史を編纂しました《海皇礼記》でございます。皆様!貴重なお話ですので背筋を正してお聞きくださいませ」


(また海皇礼記!あれって皇室を神格化しようとして嘘や誇張が多いのよね…やめてほしいわ…)


毎度の事に和子は辟易へきえきしていた。



「《皇女伝 第三章》より。皇室で飼われていた秋田犬の五郎は皇女様の前では礼を正し人語を喋ったと伝わります。皇女様が帝国桜華学園学生時代、担任教師の吉田佐吉が個人面談のため皇城を訪れました。その時五郎は吉田に向かって『教員、教員』としゃべり、見事に職業を言い当てたとのことです」



「あの…ちょっといいですか?」


「か、母さん!」


突然手をあげる美枝に慌てるタカシ。


話の腰を折られて不機嫌そうな美美美。


「はあ…何でございましょう」


「それって犬が『キャイン、キャイン』って泣いただけじゃないの?」


「くっ…奥様…この話は海皇礼記にもはっきり明記されております。水を差すのはお慎み下さい!」


「だって変じゃない…犬がしゃべるなんて」


(お母様。ナイスツッコミですわ!)


心の中で喝采を叫ぶ和子。


美美美の眉間の皺が深くなっていく。


「良うございます…ならば近年の例も教えて差し上げましょう。霊長類研究所の類人猿ボノボが皇女様の前で見事な詩吟を披露しております…いかがでございますか!」


「ああ。カンタ君でしょ。あの研究所は旭川にあるんだ。あの子もともと喋れるのよ」


「ぐぬぬ…」


真っ赤な唇の右端が上がり噛みしめた歯が覗く。


「では…次の話に参ります!心してお聞きくださいませ!」


「あいよ」


「《皇女伝 第十七章》より。正和4年11月、アメリアナのジェフ・ゴードン将軍が戦車大隊を引き連れて皇城に攻め寄せました。その時皇女様は名刀《橘》を携えて敵の前に立ち、刀を一振り。ゴードン将軍は戦車ごと真っ二つにされたと伝わります」


「え…ゴードンさんて生きておいでじゃなかったのかい?確か本国で大統領にえらい怒られたとか…」


「そ、それは…アメリアナの救護班の手当が適切だったのでは…」


「ふうん…真っ二つにされてねえ…ゴードンさんもなかなか気合いの入ったお方だねえ…」


(お母様!そのツッコミはわたくしにもダメージが…ぷ!うっふっふ…)


和子は震える腹筋をなだめるのに必死である。



美美美の能面の笑顔がどす黒く染まっていく。


「奥様…海皇礼記を愚弄するおつもりか!」


「いや…そんな気はないけど…ただ将軍凄いなって…もしかして《ゾンビ》みたいな…」


(母さん…それ以上あおっちゃダメ…)


タカシは額の汗が止まらない。


「ぐぎぎ…ば…馬鹿になさっておいでですね!しかし次の話は今回の真打でございます!しかとお聞きになりひれ伏しなさい!」


「はいはい」


「《皇女伝 第九章》より。皇女様はいついかなる時も礼節にかなったお振舞をお忘れになりませんでした。それは御不浄に行かれる時も同じでした」


「御不浄って何なの?」


「かっ!便所のことでございます。それぐらい勉強なさいませ!」


「今時そんな雅な言い方使わないわよ」


「奥様!話の腰を折らないでくださいませ!ハアハア…続けます…」


美美美の体は小刻みに震えていた。


「…皇女様はどのように焦っておられても御不浄の扉の前で立ち止まり、ふくよかな微笑みをたたえられ『国からのめぐみを大地にお返し致します』と仰せられ《二礼二拍手一礼》をなさいました。そのあと必ず和歌を一首詠まれたと伝えられております」


美枝はそれを聞いてニヤニヤしながら聞いた。


「へえ…便所の前で皇女様がねえ…本当に和歌なんてお詠みになったの?」


「この醍醐の話をお疑いか!」


「だって…ねえ…」


「宜しいでしょう!では一首をご紹介致します!耳をかっぽじってよくお聞きなさいませ!」


そう言うと美美美は深呼吸してから朗々と詠み始めた。




いとやばし


はらのいたみを


しのびつつ


ああまにあわぬ


かたすとろふか




「いかがで御座いますか!」


美美美は会心の笑顔を披露する。


「これってさあ…単に『出そうで漏らしそう』って中身だろ…皇女様がこんな歌作らないでしょ」


(いいですわよ!お母様!もっと言ってあげて!)


心の中でチアダンスを踊る和子。


「ふ…ふおお…」


美美美の本を持つ手がブルブル震え出した。


「どうせあんたが作ったんじゃないの?そんなくだらない歌」


「母さん!もうやばいって!」


「何よタカシ。当たり前の事言ってるだけじゃない」


「違うって!あれを見て!」


2人は美美美を見た。


「フ―!フ―!フ―!」


美美美は顔を完全に下に向けて、肩を上下させながら激しく鼻息を鳴らしていた。


そして彼女はぶつぶつ何か呟いている。



このおんな


わたしのはなしの


じゃまばかり


ほとけのかおも


修羅になるわよ




(あ!醍醐・阿修羅モ―ドだ!)


タカシは血の気が引いた。



はなし言葉がすべて和歌になる時。


これは美美美が完全に切れたサインなのである。


そして面をゆっくり上げた美美美の顔を見て2人は震え上がった。


能面の様な笑顔の瞳は白目を向き、口は耳元まで裂けて(いるみたいに見える)赤灰色の舌が垂れ下がっていた。



びびびのび


びびみのがまん


げんかいよ


おもいしらせて


やるわびびびび



「母さん!逃げて!」


絶叫するタカシ。



美美美は突き出した両手の指をまむしに曲げ、美枝に襲いかかった。


美枝は間一髪で飛び退くとダッシュで逃げる。


その後を阿修羅の様に追いかける美美美。


しかし美枝は学生時代は100メ―トルハ―ドル15秒を切る古強者ふるつわもの


巧みに誘導柵をジャンプしながら逃げる。


その後を美美美は機関車の様に柵を毛散らかしながら追走。


美枝は観覧室の隅の非常口にたどり着き、慌ただしくドアノブをひねる。


「開かない!誰よ!ロックしたの!」


苛立ってドアを無意味に叩いてから振り向くとそこには美美美が口から瘴気を吐きながら立ってた。




おいつめた


にげばはどこにも


ありません


かんねんなさい


むくいうけるの




そう詠んで掴み掛かろうとしたその時、美美美が美枝の表情の異変に気付いた。


彼女は自分でなくその後ろを指差して戦慄しているのである。


振り向くとそこには見上げる様な巨漢がそそり立っていた。


「鵜戸野さん!醍醐さんを抑えて!」


横に居たタカシが叫んだ。


「わがっだ…」


大介は美美美をガバッと羽交い締めにすると、ぎゅっと締め上げた。


「びびび…び…」


彼女は最初手足をバタつかせたが、ガクッと首がしなだれて静かになった。


「鵜戸野さん。事務室で静かに寝かせておいて下さい」


「ばい」


大介は美美美を肩に担いでズシン、ズシンと退出していった。



「はあ…どうなる事かと思ったよ…」


胸を撫でおろす美枝。


「母さんも駄目だよ。素直に聞いておけば何事も無かったのに」


「でも…あたし我慢出来無かったよ…何だか皇女様も聞いておられる気がして」


「え…」


「おかしなことはおかしいって言わなきゃね。きっとその方が皇女様も頷いて下さると思うよ」


(その通りかも…)


ちょっとタカシは頬がゆるんだ。


(?)


皇女はそんな二人の様子を玉座から見つめていた。




次回  美枝 皇女記念館との別れ











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