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チラシの裏  作者: あきの
22/29

文章のテンポ

ただのボヤキです。


 自分の書いた文章を忘れたころに読み返すと読みづらい……。エッセイ系統は特にそう感じる。これたぶん読者様の感想よね……ウグゥ(苦悩)。


 下手なのは間違いないな!

 今回はジェンダー関係なしです。


 それはともかく読みづらさはどこから来ているのかなって思いながら読んでみた。

(脳内思考を文字に起こして)書くのと、読む(ための文章を綴る)ので、テンポ、もしくはリズムが違う? 書くときの速度と読むときの速度の差……? 他の人の作品は『読む』か『聴く』か、どちらか。あ、オーディオブックとか苦手だな、動画も好まない。疲れる。


 しゃべるの下手です……。頭の中が文語。

 文を書くとき頭の中に湧いてくるのは、口語のための音なのか、文語のための文字なのか。だれかへの反論を頭の中では完璧に文章化できるのに、口から出すとグダグダになる。ってことは文語か。文語から口語への翻訳がうまくできていない。


 でも人の文章は流れがおかしくても誤字誤用あっても補完して読める……自分の文章だと補完しない、もしくはしすぎるのか? いや、他人の文章でも、読んでるのは自分だから自分のペースなのか?

 んん? じゃあなんで自分の文章読むのは読みづらいんだ。

 …………。文章がへただからか……。

 人の書いた作品はわたしが直せるわけじゃないから脳内補完でスルー、自分の文章は自分が書いたのに読みづらい! って羞恥と、自分が直していい(自分しか直せない)自由度と不自由さのせいなのかな?


 そもそも耳からの情報を処理するのが苦手で、聞いたことは即メモしないと忘れるからな……。



 エッセイのほうが顕著だけど、小説でも『主人公の語り、地の文』だとそれが起こる。テンポが読みづらい。

 ってことは、やっぱり「思考が自分語」のせいなのか。


 頭の中も口から出る言葉も同じ日本語なのに翻訳が必要な不思議さよ。でもまあ、だれもが思うままに話したら伝わらないのだから、それはそうなのか。

 ツイッタとかでネタ発して「?」を返されてるのも、似たようなものだよな。ツイッタはつぶやきであって会話ではないから「おしゃべり上の失敗」(コミュニケーションになってない)だけど、エッセイとか小説とかの、まとまった文章による作品だと、これは大いなる欠点だよな……。


 自分語が五七五みたいに、ラップみたいに、万人に心地よいテンポだったなら、『個性』『味』になるけど、そうじゃないなら、作品自体が自己満足なんだよな…………。



 なんで思考が自分語なのか。


 ……。インプット量かなもしかして……。


 もしかしなくてもそうかな……。文章読むのは大好きで、一日中何らかの文字を読んでいるんだけど、一日くらいしゃべらなくても誰の声も聞かなくても、ぜんぜん平気なんだよな……。まあ何日も続くとつらいけど。



 あれ。わたしにとって『コミュニケーションの失敗』より『作品の失敗』のほうがショックなのか。


 人とのおしゃべりは、自分だけではなく他人が関わっているため、『自分の思い描く完璧』はわたしだけの気持ちや努力では作れない。まあうまくいくことの方が稀。『自分の思い描く完璧』を目指すものでもないもんな。双方がそれなりに心地よく、それなりにムリなくガマンと配慮をして、時間を過ごすこと……とかかな。

 でも作品は『自分の思い描く完璧』を追求するもの。「これでよし! 投稿!」ってするのも、「なんか……ここが違う……(から、しばらく寝かせよう)」ってするのも、自分の判断で、自分の責任なんだ。これを口語で表現するのは講演とか演説とか弁論とかスピーチや発表会、になるのか。

 文章読むだけでは落第の発表会……。原稿を上手に発表する、文語から口語への『翻訳』のすごさよ……。

 口語と文語がそこまで乖離している人も多くはなさそうだけど。



 純粋に速度の差ではないよなぁ。

 現実に他人と話す内容を文字に起こしたとして、小説の会話文になるだろうか? いや、ならない。テープ起こしはそれだけじゃ原稿にならない。なぜなら情報量が違うから。

 表情や声のトーンで補完しているから言葉足らずでも通じることはある。小説だと通じないから地の分を使ったり、括弧をつけて思考を表現したりする。じゃあ逆は?

 無表情、抑揚の少ないしゃべりかたでも、話すことはできる。表情などで伝えられない部分は言葉で付け足せばいい。

 と思うんだけど、文字を書かない人にとって、これってもしかしてかなり「変」なのでは……? 話すと聞くがメインの人たちには、思考が文語の人って想像の範囲外かもしれない……。


 そしてたぶん、本人もあんまり気づいてないよね……。

 だって小説とかで会話文、書いてるんだもの。

 現実の会話とは違うけど、会話している風な文章は認識しているし書けている。だからおかしいことに気づきづらい。でもその「考えた会話文」を言葉に出してしゃべってみたら? 会話している相手はきっとぽかーんとする。だってそれはあくまでも小説の一部なんだもの。本人の頭の中で構築されたやり取りであって、現実の会話ではない。他人って、自分にとってかなり想定外。


 つまりおしゃべりにおいて、通じない日本語をしゃべっているのは自分のほうかもしれない? 一拍挟んでわかりやすい言葉を使うし、そもそも聞きやすい話題を選んでいる。


 文語で考える脳みそから出てくるおしゃべりも、そのままではもしかして通じない日本語かもしれない。翻訳がうまくできていなければ、コミュニケーションにならない。自分語りとか説教とかは、これかもしれない。自分だけわかっている話題。



 で。

 文語で考える脳みそが出してくる文章には、『他者とのコミュニケーション』って前提がそもそも形成されていないかもしれない。

 ストレスなく読んでもらえる文章になっていないかもしれない。翻訳や補完や修正が必要かもしれない。

 それが読みづらさなのかもしれない。




 つまり人間関係構築に積極的なほうが、小説づくりにもプラスになる、かも。




 ……。他人を気遣える時間や心の余裕、あったらよかったのにねぇ……。食べていくための労働と、心を生かすための趣味(小説書き)と、自分を生きさせるための家事などをしていたら、精神力枯渇するわ。

 伴侶がいたら無限に湧いてくるんですかね、気力。削られる予感しかないんだけど、恋愛している人たちってそんなこと言うじゃん。推しがいる人も。


 推しを愛する自分の心によるのか。

 一方的に他者を搾取できる厚かましさによるのか。


 恋愛感情……。

 ……。どこから湧いてくるんですかね……?

(恋愛要素、物語を作る上でわりと欠かせないので、常にひっかかる……。恋愛主眼じゃなくてもさ。結婚したり恋人いたりするでしょ……)


全部読みづらいわけではないけどさ〜。思い入れの強い部分というか、冷静に書けていない部分というか。そういうのがあるよね、っていう……。

ラインとかで言葉足らずはしょっちゅうやらかす。相手に申し訳ないけど、会話(やり取り)はノリ、テンポもだいじなため、気をつけてても撲滅はできないんだよなぁ……。うっかりやらかすんだ……。

時間がたってからきづくんだ……。

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